3日目 薔薇色の剣士
イル姉との共同生活が始まって7日が過ぎた。
最初はどうなるのかと思ったが、案外普通だ。
家族というものがいなかった俺にとっては、寧ろ本当の姉ができたようで、結構嬉しい。
とは言っても、今までの生活とあまり変化がない。
家事を分担して、負担が少し減ったぐらいだろうか。
俺が半永久的にコックへと就任したため、洗濯をイル姉にお願いすることになった。
暇なときは俺も手伝うようにしている。
昼間俺が仕事をしている間、イル姉は村の診療所へと顔を出しているらしい。
どうやら、修道院で学んだ治癒魔法を使い、怪我や病気の治療の手助けをしているようだ。
少しずつだが、この村に馴染んで来ている。
ギューッ! ギューッ!
剣の刃を研ぐ音が作業場に響き渡る。
もうすぐ剣士の冒険者がこの剣を取りにくる予定だ。
正直、少し会うのに憂鬱な人物だが、仕事だ。
余計なことを考えずに急がなければ。
そう思ったのも束の間、入口の扉が開き、外から全身白い装備で統一した男が入ってきた。
本人いわく、これが1番薔薇に合うとのことだ。
「ご機嫌ようレオン君、調子はどうだい?」
「いつもと変わらないよ」
こいつは苦手だ。
この男は自分のことを絶世の美男子だと信じて疑わないナルシストだ。
確かに顔も整っているし、身体のバランスもいい。
だが、薔薇をくわえるのはやり過ぎではないだろうか。
そして極めつけは彼の
彼の周りには常に赤い薔薇たちが咲き誇って見える。
──非常に鬱陶しい。
「そうかいそうかい、それはよかった。この僕もね、いつも通り最高の1日をおくっているよ。この素晴らしい気分を君にも分けてあげたいくらいさ!」
「いえ、結構です」
「またまた、そんな連れないことを言わないでくれたまえ」
──あ~、鬱陶しい!さっさと剣を渡してお帰り願いたい!
「えーっと、ゴードン、もう少しで君の剣を研ぎ終わるから、そこにかけて待って欲しいんだが」
「おっと、ゴードンだなんて、そんなカッコ悪い名前で僕を呼ばないでくれたまえ。今の僕の名前はアーサーだ」
──名前を捨ててしまった俺が言うのも何だが、お前はゴードンだろ!もっと親からもらった名前を大事にしろ! あ~もう、イライラする~!
「とにかく、そこに座って待っててくれ、
「わかったよ、それじゃあ僕はそこで君の姿を見つめて待っているね」
──本当にやめて欲しい。
無駄にクルクルと回ってから、
そして、脚を組みながらくわえていた薔薇の匂いを嗅ぎつつ俺に話しかけてきた。
「そういえば、君は聞いたかい?」
「え、なにが?」
作業中に突然話しかけないで欲しい。
「例の勇者様のことさ」
俺は思わず作業の手を止めてしまった。
「何でも今度は、新しい領地をもらえるようになったらしいよ」
5年前、たった一人で魔王軍の幹部を一人ずつ各個撃破した
その功績を讃えられた
今は伯爵を名乗っている。
「またか、今度はどことの戦争で活躍したんだ?」
俺は研いでる最中の剣を持ったまま、
「やはり、君は勇者様の話になると妙に食いついてくるみたいだね」
──くっそ、勿体振りやがって。
その考えが伝わったのか、
「いいだろう、この僕が教えて差し上げよう。今度は東のグランデ帝国らしいよ」
「なに? あの帝国を?!」
「何でも、帝国史上最強と言われていた、あの女帝アリアナを倒した様だよ」
グランデ帝国とは、実力史上主義の古くからこの世界に君臨する大国の一つだ。
10年に一度、国中から男女問わずに戦いに自信のあるものが集められ、帝王選抜大会を開き戦わせる。
そして、その中で1番強かったものが以降10年、男なら帝王、女なら女帝として帝国のトップとして君臨することができる。
女帝アリアナは昨年、規格外の強者が多数集まり、史上最も熾烈で過酷を極めると言われた大会を無傷で優勝した化物だ。
「──女帝は死んだのか?」
「いや、どうやらそこまではしていないらしい。でも、どうやら新しく13人目の妻として迎えるみたいだね」
わざとらしく、
有名な話だが、
魔王軍討伐の旅をしていた際も、パーティメンバーを自分の好みの女だけを集めて、夜な夜な楽しんでいたらしい。
そして、魔王軍討伐後にはパーティメンバー全員と結婚し、更にその後も気に入った女性がいると次々に結婚を迫るとのことだ。
まさにやりたい放題である。
「相変わらずだな。それにしても、いつから帝国とこの国は戦争なんてしていたんだ? 聞いてないぞ」
この国は、西のスウィフト王国と北のガガ連邦国の2つの国とよく戦争をしている。
特に、スウィフト王国とこの国は非常に仲が悪い。
だが、東のグランデ帝国との戦争は初耳だ。
「国としては、機密情報を盗んだ帝国のスパイを勇者が一人で追いかけて、その結果戦争に発展したと言っているんだ。でもね、」
急に
そして、小声で続きを話しはじめた。
「どうやら今回の戦争は裏があったらしくてね。どうも女帝アリアナに一目惚れした勇者様が単独で帝国に攻め込んだらしいんだ」
──おいおい、どこの世界に惚れた女を落とすために、一国を攻める馬鹿がいるんだよ。力を持った
声のトーンと目つきを元に戻した
「それでさ、帝国は今後、アイリッシュ王国グランデ領になるみたいだよ」
──帝国がかわいそう。
たったそれだけの理由で、国としての尊厳を失うことになったのだ。
やってることは規模の大きな盗賊と同じだ。
「ということは、そこが新しい勇者の領地になるのか?」
もはや、俺は剣を研ぐことも忘れて話だけを聞いている。
だが、そんなことよりも話の顛末が気になっていた。
「いいや、違うみたいだよ。さすがに広すぎるらしく勇者様本人が辞退したのさ」
「え、じゃあどこが増えたんだよ」
「グランデ領はここの領主様を含めた5人の貴族様方が共同で管理されるらしい。あそこは資源やら何まで豊富だからね。そのかわりその5人の領地の一部を勇者様へ譲渡したらしいんだ」
「へええ、結構めんどくさいことをしたもんだな」
勇者は飛び地だらけの領地の主にでもなるつもりか?
「そして、この村も勇者様の領地になるみたいなんだ」
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