第4話 真っ赤
軽快な音楽にのせて村の人達が跳んだりまわったりを繰り返す。前夜祭、とはいえ、今晩からぶっ通しで祭りが行われる。明日の昼には鴨肉やうさぎの肉、夜には猪肉が出てくる予定だ。もちろん、私たちが狩ってきたものたちだ。
私は広場の隅にある木陰に座り、トーリとジェドと会話をしている。
父は村でいちばんの権力者のため、祭りの仕切りに引っ張りだこになっていた。
「ルーナ、甘酒をもらってきたよ」
「あぁ……ありがとう」
「ぼくにはないんですか? ジェド」
「トーリには、これ」
ジェドがトーリに差し出したのは、乳幼児用の「よちよち」と書かれたミルクだった。それを見たトーリがぷんぷんと怒りだし、ジェドにもう少しで追いつきそうな背丈で弱々しい獣のオーラを際立たせていた。
「ぼくもおとなです! もう16さいなのに」
「俺は23だからもうおとなだなー」
「ぐぐぐ」
ジェドはそういうと、自分だけ手にしている梅酒をこく、と口に含んだ。私もまだ年齢的に甘酒しか飲めないから、ゆっくり口に運ぶと、程よく温まった甘く、そしてお米の風味が口いっぱいに広がった。
「ははは、トーリ。ほら、私の甘酒やるよ」
「いいんですか……じゃ、じゃあ」
トーリはぼふん、と音がしたか。暗くて見えないがおそらく嬉しくて顔を赤くしている。震える手で私から甘酒を受け取ると、トーリはちら、と私を見てから隣に座り、ほんとうにいいの? とふたたび聞いてきた。
空には星が輝いていた。
「あの星たちは、近くに並んでるように見えるけど……ほんとうは何万光年も離れてるんだ」
「え……?」
「そういうこと」
私がトーリの髪をくしゃくしゃと撫でると、ぽかんとした表情で首をかしげた。まだわからないか。
「いらないの?」
「いる!」
トーリは飲み口にそっと口をやる。私はそれを見て、やっとトーリが躊躇っていた理由に気がついた。彼は関節キスになるのをいいんですか? と聞いていたようだ。
――かわいいな。
きっと本人はかわいいよりかっこいいを言われたいのだろうけれど、顔を赤くして甘酒を飲む姿は、やっぱり百獣の王には見えなかった。
「やれやれ。何を見せられているんだか」
「なによ」
「ルーナも素直になったらどうだい」
「だからなにが」
「ふぅ」
ジェドはそういうと手を振りキャンプファイヤーの方へ歩いていってしまった。誰かとダンスの予定もなさそうだから、きっとナンパでもしにいくのだろう。こんな少人数でできた村だ。全員顔見知りだからナンパなんかできっこないのに。
「ルーナは」
「ん?」
「ルーナは……あー、いや……なんでも、ないです」
小さく丸まりながら彼は言う。
そうだ。満天の星空も、いつ消えるかわからないんだ。
あの母と別れた晩だって、昼は空も晴れていたのに、消えたんだ。
「ルーナ?」
「ん?」
「かんがえごとですか?」
「うん……母さんのこと」
「おかあさん……」
トーリがそのあとボソッと何かを呟いたが、音楽にかき消されて聞こえなかった。聞き返しても良かったのだろうけれど、横目で見るトーリは、寂しそうな顔をしていて、なんだか聞く気分にもなれなかった。
私も、トーリも、親や兄弟と離れ離れだ。トーリに関しては一族はみな死んでしまった。
私には父がいるけれど、母は今どこでなにをしているのか、生きているのかも定かではない。
「にいさんや、いもうとにあいたい。ルーナはおかあさんにあいたくなりますか? あいたくなって、さみしくなりますか? ぼくはとてもさみしい」
「うん……寂しいよ」
――すごく。
遠くで花火が鳴る。
この村に花火師はいないし、山の向こうで光っているから、きっと人間たちも祭りをしているのだろう。もしくは、私たちと同じ種族がまだ生き残っていて、どこかで暮らしていたりするのかもしれない。
「いつか」
「ん?」
「いつか、にんげんたちとなかよくくらせるひはくるのですかね」
「どうだろうね……」
遠くでこだまする花火の音に耳を傾けながら。隣にいるトーリはきっと暖かい心の持ち主だ、と嬉しくなりながら。
「ねぇ、ジェドあれ酔っ払ってない?」
「え? ……ほんとうだ、ふらふらしてる」
「酒弱いのに調子に乗るから」
キャンプファイヤーの火の横でよたよたと千鳥足になっているジェドが見える。綺麗な白銀の髪が火に照らされてすこし橙色に光っていた。
こんな日常が続けばいい。
時間が止まればいい。
私とトーリは顔を見合わせてふっと笑った。
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