第3話 帰還

「こんなところか……」

「ザインさん……」

「気にするな、トーリ。おまえは本来狩りをしない習性の動物だ」

「父さん、あまりフォローになってないよ」


 小川のそばで肩を狭くしているのはトーリだ。うさぎ、イノシシ、カワセミを捕まえた私たちとは違って、トーリは人間たちが仕掛けた罠に引っかかり、ひとりずっと待機していたのだ。


 ぐすぐすと泣くトーリに、父がぽん、と頭を撫でる。私もそばにいるのに、ジェドだけは小川の岩場に腰掛けて早く帰ろうと催促していた。


 春の訪れが感じられる麗らかな流れに、最近までうにうにした緑のいもむしだったものが美しい蝶になり花に止まっているのが目に入る。

 昔父さんと蝶を追いかけたなぁと思い出した。


「ルーナ?」

「あ、いや……懐かしくて」

「懐かしい……?」

「うん」


 頭に大きくはてなマークを浮かべる父をよそにトーリはぐずぐずと泣き続けた。左の足に罠の痕が残っていて赤く滲んでいた。私がすぐに応急処置をしたものの、傷がすぐ治るわけではない。

 野生ゆえ、治癒力は人間よりあっても、それは「より」あるだけに過ぎない。


「帰ろう。時期に日が落ちる」

「やっとか……トーリの気弱な性格は治らないものかね」

「ジェド……あんた、トーリが嫌いなの?」

「まさか。かわいい弟みたいなものだよ」


 ジェドはそう言うと、さあ行こう、と歩き始める。父ははあいつはあれでも心配している、とトーリに言うと、トーリに肩を貸す形で歩き出した。


 190ほどある父に比べ、トーリは私よりも少し高いだけで30センチほど差があり、むしろひとりで歩いた方が楽なんじゃないかと思える。

 それだけ差があれば歩幅も違うわけで、トーリはつらそうだ。


「父さん、変わるよ」

「いいのか?」

「父さんじゃ大きすぎるって」

「む……」


 私が肩をまわすと真っ赤になるトーリを見て、私は彼の私に対する思いを再認識する。小さいころから喧嘩はしていたが、何かと真っ赤になってプレゼントをしてくれたり、得意なお菓子作りをしては振る舞ってくれていたので嫌でも気づくというものだ。

トーリが初めて捕まえてきた鴨も、最初に私に見せてくれた。


「だいじょうぶですか? ルーナ……」

「平気。あんたこそ左足庇いすぎて右足痛めたら怒るよ」

「うう、わかってますよ……」


 山を数分下ると麓に村の入口が見える。

 人間から襲撃を受けても被害を最小限に抑えるため、入口以外は高い塀で覆われている。


 入口の厳重な護りをしている門をくぐると、村の皆が出迎えてくれる。

 引きずっている大きなイノシシを見て村の皆も嬉しそうに笑っていた。これをおばちゃんたちが柔らかく煮たり、スモークにしたりいろいろな料理にしてくれる。


 明日は音楽祭。

 そして今日は前夜祭がおこなわれる。


「トーリ! 怪我をしているわ」

「だいじょうぶですよ……いた、た」

「早くこっちへ」


 トーリはじゃあね、と手をヒラヒラさせると村のおばちゃんに連れていかれた。

 肩に乗っかっていた重たいものが降りると、凝りをほぐすように肩をまわした。


「ルーナも少し休め」


 父にそう言われ、ジェドとも解散すると家に戻った。


 ▶


 笛や太鼓の音で目が覚めた。

 窓からは月明かりが差し込んでいて、ぱちぱちという音も聞こえた。

 広場でキャンプファイヤーをしている音だろう。


「んん……よく寝た……あ?」

「あ……ルーナ、おきたんですね」

「トーリ……なんでここに」

「へへ、きょうはぜんやさいですから」


 ベッドに上半身を預ける形でトーリが微笑んでいた。ずっとここで起きるのを待っていたのかと思うと少し申し訳なくなったが、まぁトーリだから大丈夫か、なんて思う。

 意味深な発言をしたかと思うと、タコのように赤くなってトーリはかぶりを大きく振ってみせた。


 ――ダンス、誘いたいんだろうな。


 私たちの村では音楽祭の前夜に、キャンプファイヤーのもとで愛を囁くと不滅を約束されると言われている。

 トーリは私より年下だし、見た目も幼い。

 百獣の王と言われる威厳もないし、いつまでも幼いままなのではないかと不安にもなる見た目だ。


 目の前で何かを言いたげにもじもじするトーリの頭をぽんと撫でると、上目遣いが返ってくる。


「ルーナ?」

「……怪我は?」

「しっかりてあてしてもらいました!」


 えっへん、と足を見せてくるが、それは別になにもかっこよくはない、と思いながらホッと胸を撫で下ろす。

 私はこいつのことをずっと恋愛感情では見れないと思う。いつまでも幼なじみだし、いつまでも弟だ。

 けれど、いつかは百獣の王らしく、今は村を治める父だがその跡を継ぐのかもしれない。本当の王になるのかもしれないと思うと、胸の辺りがもやもやするのだ。


「どうかしましたか?」

「なんでもないよ」


 私はぼさっとするトーリに、置いてくよ、と声をかけて先に家を出た。

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