第2話 出発

 私たち獣人はきっとで生きている。


 生まれ持った本能には抗えず、小さな獲物にも食いついてしまったときは、ああ、私はやっぱり獣なんだ、と悲観する。


 人間は頭もいいし、要領もいい。

 私たちみたいな獣の匂いもしないし、剥き出しになった牙もなければ耳もない。


 自然に柔軟に対応できるのは私たち獣人なのに、なぜあの大災害からわずかではあるが生き残れた人間がいるのだろう。


 そんなことを思いながら空を見ると、のように龍のような白くて長い雲が泳いでいた。


「ルーナ、おそいですよ!」

「うるさい、トーリ」


 私が集合場所である村の門に行くと、そこで待っていた少年がこちらを指さして言った。彼の名はトーリ。獅子の子であるが、あの大災害で一族を皆失った、唯一の生き残りである。それゆえに、オスでありながら狩りの訓練をさせられ、少々習性がおかしいのかもしれない。


「うるさいだなんて、ひどいです!」

「うるさい」

「うう……」


 私よりふたつ年下で、村に子どもが少ないこともあって私とトーリは幼なじみのように育った。私は狼で、彼は獅子。孤高のプライドを持つもの同士、喧嘩ばかりだった。

 トーリは気弱なため、私がいつも勝つのだけれど。


「こらこら、お前たち。喧嘩はやめろといつも言っているだろう」


 どこかへ行っていたのか、先に出たはずの父さんがやってくる。ああ、きっとジェドを呼びに行ったんだ。


「ザインさん、ジェドですか?」

「ああ。あいつ、また昼寝してやがった」

「相変わらずだね」

「ルーナも寝ていたじゃないか」


 父のその言葉にトーリが「そうなんですか!」と騒ぎ始める。獅子にはドン、と構えていて欲しいのに、こんな無邪気では呆れてしまう。父のザインの方がよっぽど立派な佇まいである。


「これはこれは……みなさんお揃いで」

「お揃いで、って。そりゃあ狩りに行くんだ。遅刻したのはジェドだよ」

「はは、急いだって損するだけさ」

「……」


 銀色に近い透明感のある白く長い髪をなびかせてやってきたのはジェドだ。背が高くて麗しい狐――なのだが、女性に弱く、人間で言うところの「むっつり」である。

 おやおや、と不気味な笑みを浮かべながら私の赤い髪を撫でた。


「何よ」

「今日もかわいいよ、ルーナ」

「はいはい」


 こんな感じにからかってかかる相手と、本気で口説きに行く相手がいて、私は前者だった。ジェドは年上が好みらしく、私は5つほど年下のため眼中にないらしい。そんなの、私だってごめんだね。


「ほらほら……ザインさんがおこってますよ! ふたりとも……ここは、ね? なかなおりー!」

「いや、私たち別に喧嘩はしてないよ……」

「そうなのですか!?」


 ザインを見ると、呆れた顔をしていた。

 村の門に吊るされた時計を見ると、狩りに出る時間を10分ほど押していた。

 ザインはいかんいかん、と指揮をる。


「行くぞ、本日は明日の音楽祭の宴で使われる肉の調達だ。大きければ大きいほど良い。村の皆にうまいもんを食わせたけりゃ、気張るんだな」

「わかってるよ、父さん」

「了解した」

「もちろんです!」


 私たちは皆、息を吸って、吐いて、吸って。

 胸に手を当てて聞いてみれば、獣の魂が響き渡り、鼓動がはやくなる。

 すると、だんだんと全身の毛穴に電流が走ったかのようにビリビリと痺れ、そこから毛が逆立っていく。私はものの数秒で紅色をした狼の姿になった。


 いわゆる私は特別な存在だった。


 なぜ特別なのかはいまだに父からも聞かされていないが、ここにいる狩りのメンバーは皆呼称がついている。


 私で言うところの、「狼薇ろうび」のように、トーリには「獅童しどう」、父のザインには「大狼たいろう」という名前があった。

 ジェドはなんだったか、ジェドは存在自体が神様みたいなもので、人間たちも狐は崇めていると聞いたことがある。


 さて、そんな話はいいとして、大きな筋肉に包まれた紺色の狼のザイン、紅く、耳だけ父譲りの狼の私と、金色の獅子、白銀の狐のジェドと、今日は狩りだ。


 昨日、トーリと猪肉がいいね、なんて話していたっけ。


 よくよく考えると、獣が獣を狩るなんて、共食いのようなものだが、獣の世界だからこそ、弱肉強食のヒエラルキーが強く根付いていたりする。


 私たちは隊列を組んで山を駆けた。

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