黒い箱

@doumo_gomikuzu

1話目




「やあ、こんにちは」


「…」


「喋れないのかい?」


「…」


「そうか、それは意思疎通が難しいね…。

 にしてもまあ、こんな形状は初めてだよ。」


「…」


「ハロー、ブラックボックス。世界へようこそ。」





彼はおもむろに立ち上がると、

目の前の扉を開け、私をその中に放り込んだ。

光りに包まれた扉の先は、未来そのものを表しているように見えた。






ガタンッ


強い衝撃で目が覚める。

ゴミの山の頂上だった。

どうやら上から落ちてきたらしい。

あの希望そのもののような扉の先が、

こんなゴミ山の上なのか?

にわかには信じがたいが、

どこか納得する自分もいる。

不思議な感覚だった。


そこから何日も、何日も経った。

色々と試したが、動けなかった。喋れなかった。

ただ空腹や苦しみもなく、

傍観者のような気分だった。

ある日、一人の子供がゴミ山へ向かって走ってきた。

大きな調理済みの鶏肉を抱えていた。

七面鳥というやつだろうか。

その後ろから、

大人の男とその息子らしき人間が走ってきた。

最初に走ってきた子供の衣服の汚さから、

その子が捨て子の類だとわかる。

大方、腹を空かして盗んだのだろう。

捨て子は体力尽きたのか、

ゴミ山の目の前で倒れ込む。

追いかけてきた親子は、

捨て子から七面鳥を奪い取る。

まあ、恐らくは本来あの親子のものなのだろう。

親子も攻撃する意志はなく、

捨て子を一瞥して帰っていく。

仕方のないことだ。

善悪で言えば、所有物を取り返した親子が善であり、

盗んだ捨て子は悪だ。

どれだけ腹が空いていようと、

人のものを盗んだら悪だ。

仕方がない。仕方がない。

捨て子はとても腹が空いているらしく、

虚ろな目で浅い呼吸を繰り返している。

仕方がない。仕方がない。

何の罪もないこの子が、

苦しみながら死ぬのも仕方がない。

親にすら見捨てられたのも仕方がない。

この子の目に映る最後の景色が、

こんなゴミ山なのも────




仕方がないのか?




子供が目の前で苦しんでいる。

それを堂々と見捨てるのが正しいことなのか?

子供一人救えない概念に何の価値があるんだ。

違う。違う。違う。違う。

私はこんな価値観を、望んではいない。

私は、秩序を守るより、誰かの幸せを守るより。

恵まれないこの子を救いたい。

「お…ォ…」

声が、出た。

前に出たい、そう思った瞬間、

ゴミ山から転げ落ちる。

手のようなものが私の身体から生え、

足のようなものが生えてきた。

人間と呼ぶには酷く醜いが、

走るには充分な身体だった。

倒れたままの子供が、虚ろな目で私を見て言う。


「たすけて…くれるの…?」


「ォ…ウ」


返答とは言えないかも知れない。

けれど、いま必要なのはそんなものじゃない。

私は、肉を抱えた親子目掛けて駆け出した。

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