第139話 そこは竜の住まう聖域

「見たこと、あるのぉ?」

 あたかもバカにするように、ジュンペイが言うと

「あるわ」

キヨラさんはすぐに答える。

「え~」


 キヨラさんは、竜神につかえる人だ。

あわててジュンペイは、ピョン…と石組みから飛び降りた。

「夜明け前に、竜がこの井戸を通り抜けて、飛んで行くのよ」

じぃっと空を見上げて言う。

 竜が?

「うそだぁ~」

すぐにジュンペイが、口をはさむ。

「あら、そうかしら?」

彼女はジュンペイを見ると

「まぁ、そのうち、わかるわよ」

なぜだか余裕のある表情をする。

そうしておもむろに、裕太に向き直る。

「だからね、あの竜の後を追いかけるのよ!

 竜が行き先を知っているから」

「えっ?」

そんなことをしても、大丈夫なのか?

「竜はいつも同じ時間に、この井戸からあっちの方角へ

 飛んで行くわ」

(どうして、それを?)

キヨラさんは、トオのある方向を指差す。

「この下から、上へ抜けるのが、唯一の通路なのよ」

そう言って、じぃっとその穴を見つめる。

(この穴から?)

「ボクたち、飛ぶの?」

すっとんきょうな声で、ジュンペイが言うと、

「しぃっ!」

キヨラさんが、耳を澄ませた…


 ごぉ~

激しい風が、通り抜ける音がする。

「来るわ!」

キヨラさんは、すぃっと身体をよける。

まるで上昇気流に乗ったかのように、彼女の髪をブワーッと

吹き上げた。

「伏せて!」

キヨラさんの鋭い声が響く。

井戸から飛びのくようにして、地面を這うようにして、身を

ひそめる。

すると…

一陣の激しい風が、穴から吹き出すようにして、黒い固まりが

井戸からブワッと舞い上がる。

周りの木々を激しく揺らして、一気にトオへと吹き抜けた。

「うわぁ~」

目が開けていられないくらい、激しい風だ。

竜巻か、台風のような、とてつもなく激しい風…

「あっ!」

急に思い立ったように、ジュンペイが立ち上がる。

「待ちなさい!」

キヨラさんが飛び掛かるようにして、ジュンペイの

頭を押さえつける。

「ダメよ!

 竜を追いかけたら、ダメ!

 彼を怒らせたら…とんでもないことに、なってしまう!」

さすがのジュンペイも、それには従わざるを得なかった…

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