第51話 新たなサンプル現る?

 人はみな、快適さだけを求めて生きている。

そこまでに至る、ドロをかぶることなど…

誰もしたりはしない。

人は私のことを、サイコパスと呼ぶ。

ただ自分の信念に、まい進しているだけなのに?

 さて!

ドクターバードの研究室にも、何やらきな臭い空気が、

漂ってきた。

誰だ?

私のこの聖域を汚すものは?



「どうした?子供は見つかったか?」

 白衣を着た男性が、次の実験の準備に余念がない。

先ほどから、自分のオフィスと実験室とを、行ったり来たり

している。

 我ながら、うまくやったな!

と自画自賛している。

政府の上層部と、スポンサーをその気にさせて、甘い汁を

ちらつかせた。

何しろ自分の幼なじみが、そこのトップに君臨しているから…

よっぽどのことがなければ、地下の連中が、多少オイタをしても、

正直 痛くも痒くもない。

もはや、怖いものなしなのだ…


 小難しいことを言っても、何だから…平たく言うと、

『人間が、究極の状態に置かれた時に、どのように変化し、

 退化したり、または進化するのか…』

というのが、表面的なテーマ、ということにしている。

お偉いさんは、それだけで満足し

『先生には、期待していますよ!』

と莫大な研究費を予算に計上し、もたらしてくれる。

詳しいデータを言っても、どうせ馬の耳に念仏で…

理解は出来ないだろう。


「それにしても…」

 彼はつぶやく。

「最近、雑音が多いな!」

多少のクレームなどは、さして気にしないのだが…

このところ、少々うるさすぎるきらいがある。

「あのサキアという女…

 ずいぶん生意気なヤツだな」

目の上のタンコブというやつか。

「これ以上、協力は出来ません…と脅してきたからなぁ」

ちょっと目障りになってきた…

彼は、いらだたしい顔をした。


 三度の飯を忘れるくらい、彼は実験が好きなのだ。

初めは動物実験をしていたのだが、最近はそれだけでは

満足できなくなり、ムクムクとある欲望が芽生えてきた。

禁断のアレに…手を出したいものだ…と。

「ここにいれば、とりあえずはサンプルがいくらでも、

 手に入るからなぁ」

思わず笑いがこみ上げてくる。

 大学の実験室では、やたらと倫理上の問題とかで…

うるさくアレコレと横やりが入るからだ。

「やはり、独立して正解だったな!」

そう思うのだ。

 もちろん建前は…国の研究施設だが、ハッキリ言って、

自分を越える研究者はいない、と自負している。

(まぁ、さすがに、臨床データという名目で、人体実験となると…

 世間的には、まずいからなぁ)

みんな、わかっていないのだ!

「これも、医学の進歩のためだ!」

いつの間にか、彼は自分の考えを歪曲して、正当化していた。

 あの女が、トオの実権を握っている限り…

この人類の歴史の1ページを塗り替えるにふさわしい、

偉大な実験を実行する計画も、早晩握りつぶされる危険性がある…

「何としてでも、あそこを手に入れなければ!」

そう強く願うのだった。

「早く…次のサンプルが、手に入れたいものだ」

彼はつぶやく。


 コンコンコン…

 控えめに、ドアをノックする音が聞こえる。

「はい」

「ドクターバード、もうすぐ例の子供が、着くそうです」

部屋の外から、秘書の声がする。

 この部屋には、外に漏れたらまずい、重要なデータが、保管されている。

なので、特別に許可を受けた人しか、立ち入ることが出来ないのだ。

ドアの外には、インターフォンがついており、そこから会話が

出来るようになっている。

彼は机の上のボタンをさわり、カメラを起動させる。

「おっ、そうか」

やった、いよいよだな!

彼はニヤリと頬をゆるませる。

(最近入って来た、若い見習いの男だ)

無口な男だが…余計なことを聞いたりしないのが、好ましい。

「よしよし」とつぶやくと、

「そうか、わかった。

 例の部屋に連れて来るように」

テキパキと指示する。

(ま、サキアもまだ…利用価値があるうちは、せいぜい利用させて

 もらうさ)

そう心の中でつぶやくと、頬をわずかに、緩めるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る