ラグービ祭り

 夜明けの前、ラグ村とグビ村を取り巻く森は静寂に包まれていた。各村の入り口にそれぞれ7体の競技者。裁定者として職神神殿から聖騎士3名が派遣されていた。他の村人や野次馬達は競技区域を一望できる岩山に避難している。

 職業神殿の聖騎士が楕円形の球体を持ち、ラグ村とグビ村のちょうど中心を流れるライン川を渡す木橋に現れた。球体は鍛冶神が練成した軽量合金の周りを火鼠の皮で包んだ特別性だ。腰に下げた袋から灰色の土を掬うと足元に盛り球体を置く。夜明けを見計らって球体に宿らせた魔力体を開放する短い呪文を発した。光の柱が空に一直線に突き抜ける。祭りの始まりだ。すぐさま聖騎士は退避魔法を展開した。眼前には球体を挟んで2対の人影があった。片方の男は郵便屋だ。


「もらったじゃんよ!」


 キャリアーは球体を掴んで後方に投げた。キャリアーは背筋の悪寒に身を翻す。


「ケタ」


 漆黒の鎧を纏った骸骨がキャリアーに錆付いた大剣を振り落とす。


「羊三段!」


 カウは骸骨に体当たりを敢行した。骸骨の胴体を突き破るが、骸骨はすぐさま再生する。体制が崩れているカウに後ろを向いたまま切りかかる。斬撃をカウは素手で防いだ。


「ぬおぉぉっ!」


ラグ村村長がキャリアーから投げれた球体を蹴り上げた。グビ村村長宅へおおよその狙いをつけている。光の残骸が一筋の線を結ぶ、キャリアー前方に駆けた。彼は攻撃手段を持たない。仲間を信じてただ走る。




 森の方向に光が立ち上ったと同時にクラウチの前から4人ぐらいいなくなっていた。


「これを」薬士ユスリハはクラウチに粉薬を差し出した。「これは動けなくなってから動ける薬です。これは一時的に回復力を御伽噺級に飛躍させる薬です。これは胃の調子を整える…」


 幾つもの丸薬や包み薬をクラウチは受け取った。「事前に飲んでくださいね。あなたはすぐ死にそうです」


「…」


 微妙な表情でクラウチは薬を飲み下していく。クラウチは薬士ユスリハと剣士ムカイを置いて森にはいった。敵が通りそうな箇所にはすでに罠を仕掛けている。手ごろな木を見つけ登る。銃にスコープを取り付け敵があらわれるであろう地点に見当をつける。遠くでは爆発したような音が断続的に聞こえてくる。森の音はしない。動物達はみんな逃げたようだ。祭りというより決闘なのではないだろうか。球体の行く末はクラウチにはもはやわからない。クラウチは違和感に対して射撃を行った。3キロの距離だ。外してはいない。すぐさま移動する。カウの件で懲りていた。すぐさっきまでいたところに大人ほどもある火の塊が通り過ぎた。凄まじい熱気と予想外の攻撃にサカイは舌打ちした。スコープの中に現れたのは服の起伏から女性だろう。ただし、肌色が紫で人形のように眼が大きく息を呑むような相貌だった。右手に剣を持っている。クラウチは一射をやめ幾つもの急所を狙う。女性はどうやら剣で弾丸を弾いているようだった。つまり当たりさえすれば有効なのだろう。サカイは身を隠した。




 村人ピピヒは骸骨騎士と相対していた。村人は全ての職業の中で唯一レベルに上限がない。しかし、いくらレベルが上昇しても職権の追加は殆ど無く、長所と言えば転職の幅が比較的広いという点のみという不遇の職業だ。だが、ピピヒのレベルは人類最高峰で最上級職への転職要件を軽く上回る。様々な団体から勧誘があったが、ピピヒには年老いた母親がおり、村人のままであることを選んだ。また、自警団には気になる女性もいる。もし、今日の祭りで勝つことができたら告白をしようと決めていた。

 自警団の支給品である槍を手に骸骨に立ち向かう。村人の技能では”突き”と”払い”しかできないが、それだけで骸骨の五月雨のような剣戟を捌き続けている。


「お前さん。ただの骸骨じゃないね」


 ピピヒの祭りの参加は3回目だが、この骸骨は過去、対峙した中で最も手強かった。骸骨がグビ村の最前衛ならこのまま喰い止めるのも手か。こちらには羊飼いがいるのでキャリアーの補佐は自分じゃなくてもいい。悩んでいると骸骨が唐突に炎を吐き散らした。「!」槍で払うが炎は黒く、槍を伝ってピピヒに迫った。槍を骸骨に投げつけた。骸骨はなんなく掴むと槍は骨の指に包まれたまま黒炎に焼かれ灰となって消失した。


「これは、手強いなんてもんじゃないな」


 骸骨はモトという名前で不死者の中で「死者王」という最上位階級に位置していた。世界の全ての怨嗟を内包している存在で死神の代理者だ。声帯が無いので彼の口から語られることはなにもないが、ラグビ祭りには旅の同行者の意向で参加した助っ人だ。

 村人ピピヒは腰の短剣を抜いた。村人の主武器は短剣だ。水平にし眼前に構える。不死者なら急所はないだろう。指先から順番に削りとって骨粉にしてやろう。不死者の弱点は外的な回復手段がないことだ。最初にピピヒが斬りかかった後は技の応酬ではなく質量と質量のぶつかり合いだった。骸骨の骨は煙となり、ピピヒの耳や指が飛んでいく。薬士の回復薬は血が流れることは許さない。残像が残像を起こす。髑髏から炎が巻き散らかれる。どこからか歯を鳴らす音がする。研ぎ澄まされていく神経が全てを置き去りにしていく。人類最高峰のレベルを持つ男は人類の未知の境界に辿り着いていた。しかし、骸骨モトはその境界の向こうにいるのか、細分化された攻撃が自身の再生能力を超えることを許さない。死者王の恐ろしさは不死性よりも浄化されていない死者の記憶全てを包括していることにある。しかし、眼前の男の粗末な短剣は記憶にない軌道を描いている。負けることは同行者が許さない。己の肉の無い体を深淵に浸す。死神の近くにいこう。死を享受させてやろう。二人を暗闇が包みはじめた。

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羊飼いの歌 @sunameritoaoi

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