ラグ村

 東に一直線に進んでいたカウとクラウチは森に突き当たった。ある境界を堺に急に木々が立ちふさがったかのような森だった。森の奥に向かって道のような裸地が続いていたので誘われるように森に入った。


「あら。犬がいるわ」


 クラウチがカウの視線を追うと血塗れの大きな四足の動物を咥えたさらに大きな犬がいた。短剣のよう牙は獲物の首を捕らえて微動だにしない。クラウチが知っている犬と比べてかなりでかい。大人二人ぐらい騎乗できそうな体躯だ。首にコの字型に湾曲した翡翠色の石をひもで括っていた。


「かわいい!」


 あれをかわいいと思える神経がクラウチには理解できない。クラウチは腰の短銃に利き手を添えた。犬はじーっとしばらくこちらを伺っていたが、踵を返して向こうに音も無く歩き出した。カウ達もなんとなく後をついていった。ほどなくして人の手が加えられた開墾地と木々の切れ目に丸太でできた塀が現れた。門のところに槍を持った女性が立っていた。皮のスカートに上はぴったりとした皮の鎧を着て頭に赤い三角巾を被っている。年齢は40歳前後だろうか。大きな犬の喉元を撫でていた。


「ようこそ!ここはラグ村です!」


 女性は大きな声で言った。クラウチは驚いた。


「どちらからこられたのですか?西側からきた旅人は私が西門の門番になってから初めてです」


 門番は笑顔で槍の切っ先をクラウチに向けた。彼はこの国の勝手がわからないのでカウに視線で助けを求めた。


「私はカウ、羊飼いよ!旅を始めたの!」


 門番の気勢に釣られて大声でカウは言った。羊に逃げられたのは秘密だ。


「羊飼い!?どうして草原から出てこられたのですか?」


「だから、旅を始めたっていってるじゃない」


「そうでしたか。ようこそおいでくださいました。私は自警団のセネルです。今、村は4年に一度のラグービ祭の前夜祭で大賑わいですよ。カウ様も参加してはいかがですか?勝利の栄冠を手に入れたら村外者は賞金1万金貨相当を手に入れる権利が手に入ります!」


 1万金貨?手に入れる権利?


 カウもクラウチもその価値はわからないが魅力的な言葉だった。無いものは欲しくなる。


「そうだ。ここに羊はこなかったかい」


 カウが恥ずかしくて聞けないようなのでクラウチはセネルに聞いた。クラウチは念のため、犬の咥えている動物を近づいて確認したが角の生えた虎のような獣で羊ではないようだった。セネルは首を横に振った。


「私は羊を見たことがありませんので、わからないです」




 村の広場にはいくつもの露天商が並び、石を投げれば誰かにあたるというくらい人で溢れている。肉巻きの屋台をカウは涎を垂らさんばかりに注視していた。クラウチは空腹を我慢する訓練をしているので平気だった。カウとクラウチは門番に場所を聞いた祭りの参加窓口に向かった。


「はいはい、順番にお願いしますね…クラウチ様の職業は自衛隊士?レベルは…あら、おかしいわね。測定できませんね」

 

 片眼鏡の受付嬢がクラウチの申込用紙を片手にまじまじとクラウチを見つめた。「高くて計測不能…という訳ではないわねぇ」受付嬢はサカイを細目で見ながら書類を書き込んでいる。あまり良い対応ではないのでクラウチは受付嬢の豊かな胸のところに付けられた名札を確かめたが読むことができなかった。


「レベルってなんだ?この国は人間をランク付けするのか、感じ悪いな」


 後ろにいるカウにクラウチは小声で尋ねた。


「私もよくわらないのだけど、その職業における権限の範囲を確認するものらしいわよ。お母様がいっていたわ」


 たしかによくわからない。それならレベルじゃなくてレンジとかじゃないのか。


「はい、次の方。カウ様は…羊飼い!?はわわわ!」


 似た反応を先ほど見た気がする。


「唯一職を鑑定できるとは身に余る光栄。私の持てる力を全て注ぎこませていただきます!」受付嬢は指を広げた手を眼前に唸り声を上げた。カウは受けて立つと言うかのごとく、腕組みをして立った。受付嬢の片眼鏡が砕け散った。「鑑定、できない、です」


 受付嬢は力尽きて受付机に塞ぎこんだ。変わった村だな、とクラウチは思った。

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