今日で推し、卒業します。
工藤 流優空
ありがとう、推し。さようなら、推し。
それは、ある日突然起こった。
日常すべてがすばらしいものに思え、楽しいものになった。
仕事がどんなに辛くても、何とか乗り切れた。
『推し』。巷でそう呼ばれているものが、自分の中にできたからだった。
私の『推し』は、とあるアニメの男性キャラクターだった。
夢中で『推し』のグッズを買い集めた。
『推し』がいるだけで、これだけ生活が華やかになるのだと、嬉しかった。
けれどもそれは、またある日突然に起こった。
今まで大好きだった推し。考えるだけで心ときめいた推し。けれど急に、推しに心がときめかなくなってしまったのだ。
今までなら、ファンシーショップで推しのグッズを見つけるたび、心を高鳴らせてレジに向かったり、手持ちが少なくて、悶々と悩んだりしたりしたものだった。
それが、本当に急に、推しのグッズを見ても心ときめかなくなった。
部屋にあふれる推しグッズが急に、他の雑貨と同じくらいの風景に変わった。
中には、発売されたときに買えずに、いわゆるプレミア価格で手に入れたグッズもある。でも、買った当初はプレミア価格だろうが推しのグッズを手に入れられるのならと何の抵抗もなく買い集めていたはずなのに。
保存用と連れ歩き用の推しのぬいぐるみ。これもまた、なぜ二つも同じものを買ってしまったのかと後悔し始める。
はっと気づく。これは、『推し卒業』なのだと。
大好きだった推しに、サヨナラを告げるときがやってきたのだ。
自分が働いて貯めたお金で心を豊かにしてくれた推し。
仕事で辛いことがあっても、推しのことを考えれば、疲れは吹っ飛んだ。
推しのグッズの発売日やイベントを指折り数えて待っている日々が、幸せだった。
「ありがとう、推し」
そう思いながら、フリーマーケットアプリを開いた。
――
それから数週間、推しがいない日々が続いた。
その間は辛いことがあっても、何かにつぎ込んだりすることがなくて、困っていた。
「ああ、推しのいる生活って、ありがたいものだったんだ……」
そう、呟いた。けれどもまた、すぐに突然その日はやってきた。
「おお、なんて素敵なキャラクター! 推せる!!!」
ふとテレビをつけた時、偶然やっていたテレビアニメ。その中の一人のキャラクターに心惹かれた。
「推し活、再開っ!」
前の推しを卒業した際に、推しグッズを売った売上金がフリマアプリには残っているこれを元手に、新しい推しのグッズを集めよう。
「やっぱり、私の生活には推しがいなくっちゃ!」
ありがとう、そしてさよなら前の推し。そしてこんにちは、新しい推し。
今日で推し、卒業します。 工藤 流優空 @ruku_sousaku
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