再び、酒場にて

シンカー・ワン

献杯

 冒険者たちが集う酒場には、雌型フィメールタイプの怪物や魔物に推し活する変態ばかりが居るわけではない。

 ……いや、居ないわけではなく、確実に一握りは存在する。まことに残念ながら。

 変態の有無は横に置くとして、冒険者たちにとって酒場とはただ憩いの場所というだけではなく、出会いと別れを司る場でもあるのだ。


 迷宮保有都市モンタナ。

 いにしえの大魔導士の名を冠し、彼が造ったと言われるこの都市の迷宮は "聖地" と呼ばれ、世界各地から腕試しに冒険者がやって来ることで有名だ。

 未来の成功者を夢見る新人冒険者たちも然り。

 訓練所を出て登録されたばかりの新人の多くが、酒場で仲間を集い一党パーティを組み "聖地" へと挑んでいく。

 ひとつのテーブルを囲い未来あしたの夢を語り合う仲間たち。

 だが、迷宮に潜り同じテーブルに還ってくる一党はそんなに多くない。

 初日で全員未帰還はで、傷ついても生き残って還ってこれた者は強運。

 還ってこれなかった奴らは、不運バッドラック踊ってしダンスっちまった。

 生き残りたちが再び冒険に繰り出すのはで、多くは身体や心に深い傷を抱えたまま人知れず去っていく。


 モンタナに数ある酒場のひとつを柿色の装束――忍びだ――が訪れる。

 定席となったカウンターに腰を下ろし、馴染みの店員に毎度のオーダー。

 食事の前に出された飲み物でのどを潤し、それとなく辺りをうかがう。

 もはや生活の一部となったルーティーン。

 いつもカウンター前のテーブルに陣取って騒ぎまくる熟練者ベテラン一党は不在だった。

 彼らの居ない静かなテーブルを一瞥すると、

「やっこさんたち、吸われ過ぎたらしくて、しばらくは休むみたいですよ」

 察した店員が苦笑交じりで教えてくれた。

 休む理由が実になと、忍びは言葉にはせず小さく笑う。

 飲み物に遅れて出てきた料理に口をつける。代り映えしない味、だがそれがいい。

 食事をしながら店内の様子を見る。

 テーブルと厨房を忙しなく行き交う給仕たち、女給に絡む者それをたしなめる者、様々な形で食事をとり酒を飲む冒険者の面々。

 いつもの喧騒の中、静寂に切り取られたような一角に目がいく。

 視線の先には、ポツンと空いたテーブルがひとつ。

 数日前、新品の装備を身に付けた初々しい一党が、頬を紅潮させながら名を伝えあい夢を語り合っていた卓。

「……還ってきませんでしたよ」

 グラスを磨きながら、ひとりごとのように店員がポツリ。

「――そう」

 顔を合わせずに返し、手にした杯をそっと空っぽのテーブルに掲げる忍び。

 ――明日は我が身――

 今日生き延びれたとしても、明日もそうとは限らない。

 それが冒険者という存在。

 だから彼ら彼女らは今日生きているを喜び、明日もそうであれと願いながらも、この世に未練を残さぬよう食らい飲み騒ぐのだ。


 ここは冒険者たちが集う酒場。

 "初めまして" と "さよなら" が交差する場所。

 空いたテーブルも明日には新しい顔で埋まるだろう。

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