第1章 ドリトニア王国
第01話 序章 始まりの朝
--< Side:国王リチャード(ドリトニア王国) >------
執務室なので
扉は床から5mほどあるので、視界が狭まることなく、横のバルコニーと王城内を見渡せる。いくつもの塔と遥か先には城壁もあり、更に、その先には、終わりの見えない街並みが朝日の光の帯に照らされながら広がっている。
漸く、朝になった。眠いし、……寝てない。
振り返り、面々を見渡す。
俺のより豪華で上等な椅子には、前宰相ロマネスがスヤスヤと遠慮なく寝ている。その椅子、めっちゃ、フカフカなんだよなー。
教育係でもあったロマネスとは、長い付き合いである。逃げては怒られ、隠れては謀られ、色々あったが一度も勝てたことはないし、怒ったら……めちゃめちゃ恐い。
宰相を退いた後は、ボケ防止のためだと言い、ここに毎日、遊びに来ている。
寝てることに対して誰一人、ツッコまない。俺も含めこの場にいるほとんどの者が、じぃーの教え子である。
左奥で軽食を摘まみながら、テーブルの上に広げた地図で軍事論議をしているのは、手前から時計回りに……近衛騎士団長カステル、大将軍フランコ、同様に軍師長ロッサ、更に、第一王子シードル、第五王子イワン。
今は、イワンの帝国対防衛戦線論について現実的にどれほどの可能性があるのかをを駒を動かしながら確かめているようだ。
そして、少し離れたところにいる第四王女ルビリアが左手でワインを傾けながらがちょこちょこと口を挟んでいる。悲しいかな、少し棘がある。
周辺国の状況は芳しくない。そのためだろう……現実味を帯びた議論が、熱を帯び易くなる。
それもそのはず、敵対国であるバンガディア帝国が半年前に勇者召喚を大成功させてしまったからだ。そのため、帝国と国境を接する国々の緊張が急激に高まっている。
我が国は接していなが……同盟国であるアドニア王国が接している。そのため、『対岸の火事』としてスルー出来ないのが悩ましい。
アドニアが抜かれれば、次の次の次にはやってくる。当然、その間にある国々も同様に同盟関係を結んでいる。
そして、現在進行形で軍事的な支援、援助をしている。更に、第二王子カシオスが勇者を含めた7万を率いて防衛線強化のため出兵している。
「……帝国、かー」
悲嘆と憤りが混ざり合った感情が溢れ……言葉になって零れた。
帝国は、領土拡大を掲げて常時、侵略戦争を他国に仕掛けている。我々も
隣では、人さし指と中指の腹で軽く眉間の皺を引っ張りあげながら
小気味良い音がする。
じぃーの斜め向かいで、ワインを飲みながら、頬袋に種子を溜め込む小動物のように……旨味増しの干しポンポをポリポリと満足げに頬張っている年齢不詳の大魔導士ラビリィと筆頭宮廷魔導士ビアンコのロリ師弟コンビがいる。俺の記憶が正しければ、出会った当初から見た目に変化が見られない。
寛いでいる二人だが、なぜここにいるのか不思議でならない。ここよりは、あっちにいるべきだと切実に思う。
だが師弟で「やるべきことはやった。あとは、運を天に任せ……待つのみ」、「のみ」と言い今に至る。
あとは継続的な魔力補填……分かってはいるが、気が気でない
「……はーー」
深く、そして長くなる溜息。
帝国は、数か月前から我々の方面……南下に積極的になってきている。
我が国も同様に勇者召喚を毎年行っているが、失敗する年もあるので、思ったように増えないのだ。
勇者の数は、国内外で戦力値の一つとして扱われている。そして、残念ながら、帝国に数で……負けている。
「バーバニラティーの……ホット割りで御座います」
俺の心情を察して出してくれたホット割りを筆頭執事ブライから受け取り、グイグイと飲み干す。
「ふーー」
柑橘系のフルーティーな香りが、鼻腔を通り頭の先を突き抜け……頭の凝りが少しずつ
残り香で余韻に浸っているとある言葉が頭をよぎる。大成功……ここ最近、頻繁に飛び交っている。
帝国では今まで最大40人。だが、今年の勇者召喚は違った……諜報部からの報告では、700人越えである。誰もが言葉を失い愕然とした中、じぃーはこれでもかと言うほど目玉を飛び出し、違う意味で周囲を驚かしていた。
召喚を大成功に収めた帝国は、勇者のお披露目と国威発揚も兼ねて成功パレードを大都市から順番に行っているらしい。事実を隠すどころか情報拡散を狙い大っぴらにしている。接している国は、戦々恐々である。
我が国の方は、今まで最大で30人。因みに、直近5年……連続失敗である。
武に於いて、勇者だけが最高戦力ではない。勇者以外にも強者は多々いるが、コスパ的に最高なのである。初期から一般人より遥かに優れたステータス、並びにスキル……そして何より、成長が速い。
勇者召喚には、膨大な量の上位の魔石を用意するため、資金が潤沢に必要である。財政的には定期的に実施したくないが安全保障上、やらざるを得ない。大国、強国と呼ばれる国々は、一様に同じである。
小国でも出来るかもしれないが毎年は出来ない。成功すれば良いが失敗が重なれば国が破綻する。破滅への一歩とも言える。
漸く、勇者召喚の準備が整い……昨日より魔法陣を発動している。それを指揮していたのがロリ子弟コンビのラビリィとビアンコである。ただ単にポリポリと食べてるだけではなく、召喚に関しては我が国の第一人者でもある。
一度、召喚の予行演習を離れたところから見学したことがある。
空間に幾重も展開されいく緻密な魔法陣は、専門家でなくとも凄まじさが十全に伝わり、そして、この世のものとは思えないほど美しかった。更に、本番ではこの20倍の規模となることが伝えられ、驚いたもんだ。
今年も失敗なら、どうしよう。耐性持ちだからストレス障害にはならないと思うが……耐え抜ける自信は、ない。
現在、勇者数で帝国とは圧倒的な差を付けられてしまった。
その影響で戦線が直ぐに崩壊するとは思わないが……次第に戦況が帝国側に傾くのは、
同盟国からも召喚成功の期待が多く寄せられ、よりプレッシャーも強くなっている。ここで、成功させなければ、色んな意味でヤバいかもしれない。
失敗ならば、腹をくくるしかないが、成功なら10人以上であってほしい。数では全く及ばないかもしれないが……。
ふと何かが視界に入る。
じぃーに見事な風船ができていた。気持ち良さそうで何よりで……少しほっこりしてしまう。
――ダダダダ、ダダッダダダッダダ
廊下を何人かが凄い勢いで走ってきている音が聞こえる。
廊下は、「走るのではなく歩くものである」と、じぃーが言ってたのを風船を見ながら思い出しす。
諫める声も聞こえない。
室温が1℃下がったような気がする。
部屋の扉の前で守衛している騎士に
「失礼しますっ!」
先頭の騎士が言い放ち、軽く頭を下げてから姿勢を正す。後ろの2人もそれに倣う。
更に、室温が下がり、空気がより張り詰める。
――パチーン
風船が割れ、じぃーが目を覚ました。
寝ぼけてないようで、自慢の良く手入れされた白い顎髭をナデナデしながら入室してきた騎士を
「……で、どうであった?」
声は大きくないが、心の臓まで伝わる力強さがじぃーにはある。騎士は、応えて良いか、俺に目で確認してきた。
「良い、答えよっ!」
透かさず、許可を出す。気持ち声が大きくなる。
「ハァ!王立魔術研究所地下5階で執り行なわれていた勇者召喚……成功で御座いますっ!……成功ですっ!!」
「「「おおぉおーーっ!!!」」」
「「成功かっ」」
「「やったっ!」」
「よくやった!」
「良かったー」
「やりましたね……お父様」
室内にいた面々からそれぞれの想いを乗せた歓声が上がる。
3℃ほど室温が上がった。
「して、人数は?どうであった?!」
宰相フォズオンが落ち着いた口調で言ってるが、眼光が油断なく光っている。
「100人以上で、依然、魔法陣は展開中でありますっ!!」
嬉しさを隠さず、自信を持って応える騎士。
「「「おおぉおーーっ!!!」」」
「「帝国め、みたかっ!」」
「よし、きたぞっ!」
「王国は負けん!絶対に負けん!」
「王よ、やりましたぞっ!!」
先程よりも大きな歓声があがる。それほど、皆も不安であったのだろう。
「静まれーいっ!……気持ちは分かるが、少し落ち着けっ!」
フォズオンが気を引き締めに掛かる。浮かれ気味の皆を大人の貫禄で
勇者召喚は、全員が一度に現れる訳ではない。時間差があるのだ。魔法陣が輝き展開している間は、まだ終わってないという事である。
「王よ……箝口令を敷くための許可を頂きたいのですが」
変わり身の早さなら他の追随を許さないフォズオンが何食わぬ顔で許可を求めてきた。このような言い回しは、良からぬことを思いついた時だ。
「皆、召喚成功の知らせを待ち望んでいる。箝口令を敷いてどうする気なのだ?」
取り敢えず、悪巧みフォズオンの話を聞くため説明を促す。面々も興味があるようで、注視している。
「はい。正確には、段階的情報公開と言うべきでしょうか……、
まず初めに、共通認識として、箝口令を敷こうが、内外に遅かれ早かれ情報は
面々を見ながら、一度、話を区切るフォズオン。それから、再び、話し始める。
「だたそれでは、旨味が足りない。
そこで、
・第一弾(今から :成功の報のみ、人数は伏せる)
・第二弾(明日 :50人の召喚成功の続報を流す)
・第三弾(明後日 :100人の召喚成功の続報を流す)
・第四弾(明々後日:150人の召喚成功の続報を流す)
:
:
このように、召喚人数を日々、増やしていくだけの情報更新のみで、手の込んだことは一切しない。
後は、情報を入手した者達が勝手に指向性を誤認してくれる。人とは……組織とは……余計なことをあれやこれやと考えてしまう。フッ、……我々も同じ穴の
再度、話を切り、一呼吸するフォズオン。そして最後に、
「実際に召喚した人数は、最終情報更新日に……公式発表すれば宜しいかと」
意図を咀嚼しようとしてる者、理解して今後の展開を思い描きニンマリ笑う者、只々、宰相に感心している者など三者三様だが、異を唱える者はおらず全体的に好評のようだ。
我が国のこと信じてる者達にとっては、朗報であり、日々増え続ける人数にワクワク感が止まらなくなるだろうなー。
市井の話ネタに丁度良いし、巷では、賭けの対象になるかもしれない。当然、酒の肴としては……一級品なること間違いなし。
それ以外の者達……諸々の組織では、日々、さぞや大いに悩むことであろう。
うん、俺も賛成だな。何より、帝国にはちょっとした意趣返しになる。思い描いただけで愉快痛快だ。
「ほー、ほー、国々を含め……内外のあらゆる組織への揺さぶりかのー。面白い」
賛同の意を示してから、ニタリとほくそ笑むじぃー。
花丸回答に俺が訂正をするのもおこがましいので、そのまま許可を出す。
「この件については、フォズオンに一任する。皆の者も良いなっ!」
「「「はっ!!」」」
「直ぐに、箝口令を敷け、徹底するように。それと、情報部は私の下に来るように伝えろ」
フォズオンは、奥で控えていた従者達を呼び寄せ、次々と指示を飛ばしていく。
第二王子カシオス宛の指示も忘れていないようで、人の親としては一安心である。あと、前線の士気に関わるからね。
「さて、ワシは帰って寝るかのー」
じぃーは、満足げにそう言い残して、執務室から去って行った。
他の面々もじぃーに倣い、自分達の職場へそそくさと去って行く。
召喚が終わるには、もうしばらく掛かるだろう。
お陰様で、目は覚め、眠気はない。これから忙しくなることは想像に容易い。今の内に出せる指示は出しておこう。
両肩を軽く回して筋肉をほぐしながら、木目が美しい執務用の机に向かう。更に、腰への負担を軽減する作りの椅子に座る。この押し支える高反発感が良い。
まだ、朝は早いが、城内で人の声が飛び交い始めている。俺も一仕事と行きますかー。
羽ばたく鳥が彫刻されている馴染のペンをとり、各所に指示を飛ばすための書類作成を始めるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます