第五話 目いっぱいの気持ちを込めて

「お、おと、おと、おととととととととお!!!!!」

「ごめん、リコット。耳痛い」

「男なのです!? うそなのです!こんなに可愛いのです!!!」


 気が動転していて至近距離なのをお構いなしに叫んでしまったのです。

 きっと冗談を言ってからかおうとしているのです!君なりの照れ隠しなのです!


「近いからそんな大声じゃなくても聞こえるよー。耳痛い」

「あ、ごめんなのです」


 いつも、大抵のことは受け止めたり流す君に珍しくとがめられ冷静になったのです。


「ほら、昔一緒にお風呂入ったことあるよね?――覚えてないの?」

「覚えてないのです!……嘘なのです、一緒に入ったのは覚えてるのです!でもでもそんな大事なとこ見たりしないのです!!」


 一緒にお風呂楽しかったのです。確かみんなで温泉の大浴場に行った時なのです。

 ぼんやりと湯けむりに包まれた幼いころの君を思い出したのです。それだけで顔が熱くなるのです。

 あれ。え????

 ってことは……もしかしてなのです??


「もしかして私の裸のこと覚えてるのです??????」

「うん」


 ぷしゅうぅぅぅぅぅ。

 顔が熱くなり茹でダコどころか頭が一気に沸騰したのです。蒸気出てるのです。

 なんで平気な顔……でなかったのです。君も真っ赤になってるのです。


「えっち、なのです」


 顔を背けて口をとがらせ、少しいじけるのです。

 ちっちゃい頃とはいえそんなの覚えてるなんて、きっと成長した今の姿なんかも妄想されてるのです。むっつりすけべなのです!


「うん、ごめん」

あっさり言うのです。


「でも、好きだから」



 

 不意打ちずるいのです!一瞬冷めた熱がまた上がるのです!瞬間湯沸かし器なのです!


「私はずっと悩んでたのです……。女の子同士なのに好きって言って気持ち悪がられたり嫌われたらどうしようと考えてばかりなのです。怖かったのです。だから言い出せずにいたのです――」

「僕も同じだよ……。こんな格好をしてるから、好かれてないんじゃないかって不安だった。いつもリコットから来てくれてるけど、それは昔のよしみで憐れんで一緒にいてくれてるだけなんじゃないかって、実はリコットの好意を疑ってたんだ」

「違うのです!そんなことないのです!」


 躊躇いがちに話す君の言葉、言葉に乗せた不安が伝わってくるのです。

 その不安を吹き飛ばしてあげたくて全力で否定するのです。


「話聞いてないけど」

「君の可愛さで頭がいっぱいなのです!」


「目が合わないけど」

「照れてまともに見れないのです!」


「名前呼んでくれないけど」

「尊すぎて呼べないのです!!」


 即答。早打ち。一瞬でも迷ったら不安にさせてしまうのです!


「なんだよそれー」


 けらけらと君が笑うのです。打ち返しは成功なのです!

 ただし今まで秘めていた気持ちを全部さらけ出すことになってこっちは恥ずかしさで頭が真っ白なのです!

 君のことが好きだという気持ちと、気味から好きだと言われた嬉しさが混ざり合って胸がいっぱいで好き以外何も考えられないのです!

 脳ミソは思考停止し眺めることしかできない私。真昼の太陽に照らされて美しさが増す貌、その目元がきらりと光るのです。


「気に病んでて損したなー。」


 光る滴を君は人差し指ですくうのです。救う役目やりたかったのです。


「ホントはね、わかってるんだ。リコットはどんなことにも一生懸命で、人に偏見持ったりしない優しい心の持ち主だって。服のことも褒めてくれるけど、外見だけじゃなくって僕の中身もちゃんと見てくれてるんだって。女の子の格好を続けていられるのもリコットがいつもそばにいてくれるから、どんな僕でも大丈夫だって勇気をくれていたからなんだ。でも、でも、そんなリコットのこと、僕は信じ切ることができなかった。気持ちを聞くことができなかった」


 首を横に振るしかできなかったのです。

 君が悩んでたことを聞いてこみあげてくるものがあり、言葉が出せなかったのです。


「この関係性が壊れるのが怖かった。中途半端だけど、壊れるくらいならこのままでいいやと思ってた」


 愛おしくなり、今度は私から君を抱きしめるのです。


「そんなこと……思わないで、なのです」


 涙が、鼻水が止まらないのです。君の服に付いちゃってるなぁと思いながらも、君の心に寄り添いたくて、お構いなしに言葉を続けるのです。


「……私はいつも一人で浮かれてて……、ずび。君がそんなに悩んでいたなんて……ずび。微塵も分かっていなかった……ずび。のです」


 止まらない鼻水をすすりながら、必死に言葉を絞り出すのです。


「ずっと近くにいたのに……、気付いてあげられなくて……ずび。……ごめんなさい。なのです……ずび」

「うん……ありがとう」


鼻水と格闘しながら話す私。返事をくれた君の声は震えていたのです。 

君が私の背中にそっと両手を添えたのです。ぎゅっと抱きしめるのではなく、繊細なガラス細工を扱うように指を揃え、優しく、そっとなのです。

 吹き抜けた風に君のサイドテールと私のツインテールが実った穂のようになびくのです。

 抱き合ったまましばらくの静寂が訪れ、段々と周りの喧騒が聞こえるのです。


 ……めちゃくちゃ見られてるかもしれないのです。でも、見られたっていいのです。


 君の君の華奢な体は胸板と呼べるようなものではなく柔らかな膨らみも無いまな板みたいな代物なのです。ほんとに男の娘だったんだなと実感するのです。だからといって何も変わるわけでもなく、大好きな君と触れ合っているぬくもりが心地いいのです。



「ひとつお願い」


 陽だまりのような温かさを堪能していると静寂を破って君の声が聞こえるのです。

 お願い?はて?なのです。


「名前呼んで」

「えっ、あっ……、とっ……、そのっ……」


 言われドギマギしてしまうのです。また顔に熱を帯びるのを自分で感じるのです。

 ずっと口にしたくてもできなかったのです。


 ……でも、ここでためらってはダメなのです!私が名前を呼ばないことで君を不安にさせてしまっていたのです。だから、今度こそ……声に出すのです。

 さぁ、まずは落ち着くのです。


 君にうずめていた顔を上げ、君の顔を、空色の瞳をまっすぐ見つめるのです。

 君の顔の後ろには瞳と髪と同じ色が広がっているのです。



 一度深呼吸するのです。君は黙って待っていてくれるのです。



 愛おしいその名前を、私は目いっぱいの気持ちを込めて、でも君にしか聞こえないささやかな大きさで言葉にするのです。











「大好きだよ、ソラ」















 すれ違っていた二人の心が通じ合った一部始終を

 太陽の女神像は誰よりも優しい瞳で見守っていたのです。

 陽の光というスポットライトで照らしながら。




 dorobouneko!! END

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