第四話 弩《クロスボウ》で胸を貫かれたのです!!
動物用具店を飛び出した勢いで大通りをずいぶんと駆け抜けて、王都の中央広場まで来てしまったのです。
広場の中央には泉があって、その真ん中には大神――太陽の女神さまの彫像が立っているのです。
この世界を創造したという13の神様のうち一番最初に生まれた神様なのです。ずいぶんと古くに作られた彫像なのにとても美しく神々しいのです。
走っているうちに止まった涙が、女神さまの像を見ているとまたあふれ出してきたのです。
悔しくって自分が情けなくって、休日のまだお昼にもなってない時間に広場に突っ立って私は涙を流しながら女神さまを見つめているのです。
ただ泣いているだけでも怪しいのに声を上げたりしたらもっと注目の的になってしまうのです。頬を伝う滴は止められないけれど、声は出さないように唇を嚙んでぐっとこらえるのです。あたっ!嚙みすぎたのです。走って乾燥した唇のササクレをちょっと引っ張ったら破れて出血なのです!
とりあえず唇舐め舐めするのです。うへー、口の中が鉄の味でいっぱいなのです。
これは美味しいと思えないのです!吸血鬼は趣味が悪いのです!
出血の痛みと慌てたために涙が引っ込んだのです。最初から泣いてなどいなかったかのように、何食わぬ顔で女神像の立つ泉の周りを鼻歌なんかを鳴らしながらゆっくり、ゆーっくり周るのです。鼻歌はやっぱりドレミの歌なのです。この歌のリズムは落ち着くのです。
♪ど~んなとこにも~
♪レ~ンガ積んで~
それにしてもずいぶん走ってきてしまったのです。
私は気持ちを押さえられなくて逃げてしまったのです。説明なしに出て行ってしまって、走って走ってこんなに遠くに来てしまったのです。君はきっと呆れて帰ってしまうのです。そして私は嫌われてしまうのです。
私は
「はぁ……」
大きなため息なのです。ため息をつくと幸せが逃げると聞いたことがあるのです。むしろ私は自分から幸せを遠ざけたのです。
酷いことをしてしまったのです。私は自分を責めるのです。泣いてしまうのを見られたくないからと黙って飛び出したのです。
こんな時くらい女神さまもそっぽ向いてくれたら気が楽なのに変わらず優しい微笑みを浮かべているのです。
泉の周りをたっぷり5周はした私は泉を囲う石積みに腰かけたのです。こうやって座ってデートの待ち合わせをする子がめちゃくちゃ多いのです。憧れのスポットなのです。
……でも私を迎えに来てくれる人はもういないのです。
「あれ……?」
レンガや石造り、木造などが混ざった街並みに行きかう人々、青空、雲、お日様――広場から見える風景をぼんやり眺めているとゆったりした優しい音色が耳をかすめていったのです。
音のするほうへ視線を移すと、いつの間にか竪琴を奏でる人がいたのです。
それは少し距離があるものの女神さまの、私の真正面だったのです。
いくら離れているとはいえ真向かいに人が来たら気付きそうなものなのに気配が無かったのです。
その演奏者は不思議な人なのです。この世界で人を見分けるポイントになる髪の色が、見分けがつかないのです。黒髪のようでいて、光の加減で緑に見えたり金や銀に見えたりと揺らいでいて一定でないのです。
遠目でもわかるほどの整った顔立ちなのです。お顔も声も体つきも男性のようでも、女性のようでもあるのです。
美しくてボーっと見とれてしまうのです。
君意外の人に見とれてしまうなんて、と罪悪感が生まれるのです。でも、ちょっと疲れてしまっていて抗えないのです。
とても心地いいのです。
不思議なことに、奏でられている音楽は美しく気持ちいい音色なのに足を止める人がほとんどいないのです。
確かに演奏しているのです。歌っているのです。でも異国の言語なのか言葉は聞き取れないのです。
揺らめく水面のように風に撫でられるごとに表情を変える髪色、透き通るような白い肌に華奢な体つき、豪奢すぎない上品な服装、とても映える目を引くいでたちなのに人目に止まらないのです。
まるで存在感が薄く目を凝らさないと見えないような感覚なのです。油断すると消えてしまいそうなのです。まるで、本当はそこに存在していないかのように――。
どれほどの時間、その人のことを見て音楽を聴いていたのか分からないのです。長かったような、短かったような……なのです。呼吸をしてたのかどうかさえ怪しいのです。
不意に視界が遮られたのです。
演者の姿が見えなくなると竪琴の音色も聴こえなくなったのです。
せっかくのひと時を邪魔したのは何かと目線を上げると、そこには君が立っていたのです。
「え……」
私は固まったのです。
目の前の君は息を切らし、こんな時期なのに汗びっしょりで、きれいに櫛を通したはずの空色のサイドテールの髪が乱れ、汗に濡れて顔に張り付いていて、髪と同じ空色の瞳には涙を溜めていて……艶めかしいのです。
その姿に生唾をごくりと飲んでしまったのです。
いるはずのない君なのです。
これは幻なのです。
「ばかっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
聞いたことのない大声だったのです。君が声を張り上げることなんて記憶の限り無くて、度肝抜かれたのです。
周りの注目が一瞬、一斉に集まるのです。
「心ぱ……。心配……したんだから……。急に走ってどっか行っちゃって……」
今度は聞き取るのがやっとなくらいの小声で言うのです。握った拳が震え、大粒の涙が君の瞳からこぼれていくのです。尊い、もったいない、指で掬い取ってあげたいのです。いや、それより直接舐め取ってあげたいのです。
でも、体が硬直して何もできないのです。黙って立ち尽くしている君を見上げるしかできないのです。
「でも、よかった……。見つけられた……」
「――!!」
そう言うと君が抱きついてきたのです!!!!
え?え?え?え?え?え?え?え?え?
私の首に両手を巻き付けて、きつく抱き寄せているのです。
突然の出来事に理解が追い付かず、でもぎゅっとされていることだけが分かりみるみる血が頭に昇っていくのです。目がぐるぐる回るのです。
ちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかい!!!!!
ほんのり汗臭さが混ざってたいい香りすぎるのです!!!!やわらかでなめらかすぎる感触なのです!!!!!
「ダメだよ、勝手にどっか行っちゃ……」
ぐず、と一度鼻をすする音と涙声に、すごく心配させてしまったんだと胸が締め付けられるのです。
耳元で効く君の声はさっきの歌声と竪琴の音色よりもずっと心地よいものなのです。
このまま身を委ねて抱き返して済ませてしまいたいのです。
でも……、今は、今だけはぐっとこらえてきちんと君に話さなくてはいけないのです。
「ごめん……なのです」
まず一言、絞り出すのです。
「あのお店、生き物を育てるのに人間の都合で便利さばかりを求めて、手をかけないで愛情を注がないで飼育する考えが許せなかったのです。……あれでは家族に迎える意味が無いのです。かわいそうなのです。……「そばにおい亭」なんて名前もそばに置いてもらえるだけでいいなんて人間の勝手な考えなのです。……愛情与えてたっぷりたっぷりかわいがらないといけないのです。……そう思ったら、涙が溢れてきていても立ってもいられなかったのです。……私の勝手な意見を、君の家の事情も考えずにずけずけ言ってしまったのです。ごめんなさいなのです……」
感情的になりすぎないように、ゆっくり、ゆっくり、一言ずつ話していくのです。
君はうん、うん、と丁寧に相槌を打ってくれるのです。
「リコットに一緒に来てもらったのはね、僕じゃ生き物のことが分からないから、どういうのがいいか相談したかったんだ。お店の人が言ってきたのもまずは全部聞いてみて、リコットの意見も聞いて、それで決めようって考えていたんだ。でも、そんなに嫌な思いをさせてるとは分からなかった。辛い思いをさせてごめんね」
私は首をふるふると横に振るのです。
君も、落ち着いて話してくれるのです。時々鼻をすすりながら、涙声で、でも泣いてしまわないようにこらえながら懸命に話してくれているのです。
私の早とちりだったのです。こんなに気遣ってもらっていることに気が付かなかった私のバカバカなのです。
「こ、子猫のことは……嫌いなのです。……君のことを奪われてしまいそうなのです。でも、君が大事にする家族だから、好きになる努力をしたいのです。私はこう見えて物分かりがいいのです!君が喜ぶなら、、ううん、小さな尊い命を大切にしたいから子猫にとって極上のものを選んであげたいのです!でも…………やっぱり君が子猫に奪われてしまうのは嫌なのです!!」
言ってしまったのです。
嫌われるかもしれなくて怖いけど、隠したままではいられなかったのです。
「奪う……?」
君がきょとんとするのです。
「あんなかわいい顔をしたあくまが四六時中そばにいたら、君はあの子猫にメロメロになって、私のことなんて目もくれなくなってしまうのです!だから本当は使い魔なんて嫌なのです!私のことをみててほしいのです……」
口にすると急に恥ずかしくなってきたのです。
顔が熱いのです。きっと赤くなっているのです
「え……、もしかして今日ずっとぼんやりしてたり気がそぞろだったのは……」
「そのことが心配でたまらなかったのです!」
「楽しくないのかと、ボクのほうが嫌われているのかと思ってた……」
「嫌うなんて世界がさかさまになってもないのです!」
「全然話聞いてないし、目も合わせてくれないし、僕がいくらリコットのこと読んでも名前呼んでくれないし。一緒にいても楽しくないんだと、僕のことなんて興味が無いんだと、離れていっちゃうんだと思ってた。だから、リコットの気を引きたくて。リコットの得意分野の生き物がいれば離れていく気持ちを繋ぎ留められるんじゃないかって思ったんだ。熟年夫婦で会話が無くても、ペットがいたら会話が生まれるって言うじゃない?だから、子猫飼えば、と思って、さ……」
ずきゅーーーーーーーん!!!!
萌えです!萌えなのです!!そんなことを考えていたなんて思いもよらなかったのです!!
「そんな、そんなことないのです!デートに誘ってもらって一緒に過ごせるなんて天に昇るくらい幸せなのです!!君のことは食べちゃいたいくらい可愛くて愛おしくて尊くて大大大大大好きなのです!!」
「す……?」
はっ!!!!???しまったのです!!
でも逃げ出そうにもがっちりつかまれていて身動き取れないのです。
君は首に回していた腕を緩めたのです。両手を肩に置いて抱き寄せていた私の体を少しだけ離しお互いの顔が見える位置に動いたのです。近いのです。
目は見ひらかれ表情は驚きに満ちているのです。
言ってしまったのです!!また口を滑らせたのです!!!!!!!!
じたばたするけど肩を掴まれてやっぱり抜け出せないのです。
こんな細い腕のどこにそんな力があるのか不思議でたまらないのです。
落ち着くのです!餅つくのです!!尻もちもつくのです!押しくらまんじゅう押されて泣くななのです!
こういう時はお決まりの落ち着く歌を歌うのです!!!!
ドはドワーフのド~!
レは
ミ~はミミックのミ!
ファーはファーストエイドのファ~!
ソーはソードブラウン~
ラ~はラストモンスタ~!!
シ~は屍よ~!!!!
さぁうーたーいーましょーーー!!!!らんらんらん!!
だめなのです!!全然落ち着かないのです!!!!!!
らんらんらんらんらんらんらんらんらん!!!!!
まだどきどきするのです。あたまのなかぐちゃぐちゃなのです。
らんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらんらん!!!!!!!!!!!!
何度言っても変わらないのです!
ウサギが一匹、ウサギが2匹、ウサギが3匹……だぁぁぁぁ!!
焦る一方なのです!!
「あの、この、そのっ、どのっ!」
あああああああああ!!!!嫌われるのです!女の子が女の子のこと好きとかおかしいのです!気持ち悪いと思われるのです!!
今度こそ、今度こそおしまいなのです!!!!
「もー、落ち着きなよ。リコット、全部声に出てるよ……」
君が少し顔を赤らめているのです。珍しいのです!!こんな決定的瞬間この目に焼き付けたいのです! でも失言が恥ずかしすぎて一瞬しかみれないのです!!!!
「恥ずかしいなー。みんなみてるよ……。でも、リコットのそういう真っ直ぐなところ……好きだよ」
え?
ためらいがちに言った言葉に反応が遅れたのです。
すすすうすすすすすすすすうすすすすすすすすすすうすすすすすすすすすすすすすすすすすすすうs
スキー―――――――――――――――――――――――――――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ずきゅーん!!と音より早く君の言葉がかけぬけたのです!!!!!!黄身とは鶏卵の卵黄のことなのです!黄身が卵黄なら私は卵白になりたいのです!卵白になって君を包んであげたいのです!!
「で、で、で、で、でも、女の子が女の子のこと、え、と、その、なんていうか、たぶん、君の好きと私の好きは種類がち「違わないよ」」
「食べられてもいい。いや、僕のほうがリコットを食べちゃいたい」
そんなにはっきり言われるなんて思ってなかったのです!!!
言葉を失うしかないのです!!!!!!!!
「そして、リコットはすっごい勘違いをしてるよね」
「え?」
「僕は……こんな格好してるけど、男だよ?」
「え?」
えーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?!?!?
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