第三話 フクザツナオトメゴコロなのです!

 住宅街の路地をしばらく歩くと建物が途切れて阻まれていた視界が開けたのです。

 視界が開けているほうが好きなのです。


 今の季節は秋。11番目の実りと豊穣の神様の月で、もうすぐ収穫祭が行われるのです。賑わいがいつもに増しているのです!

 お祭りだといつもと違った出店がたくさん出るから楽しみなのです!


「やっと大通りに出たねー」


「長かったのです!」


 君の家は王都の北側、小高い丘にある高級な居住区の中なのです。

 そこから緩やかな坂を南下していくと、今私たちが辿り着いた、お店が大小さまざま立ち並ぶ商業区の大通りに出るのです。

 大通りは王都の東西を一直線に結んでいて、そこを境に北側と南側に分かれているのです。私は一般市民いっぱんピーポーなので大通りを挟んだ向かい側、南側居住区に住んでいるのです。


 そう、私は南、君は北なのです。分断されているのです。

 君は本当なら手の届かない高値の花なのです!


 君はいつも私にとっての時価最高額、最高値は更新し続け留まるところを知らないのです。

 今もその横顔、その眼差し。長い睫毛息遣い濡れた唇細い指整った爪歩く靴音腕の振り具合ぺたんこのお胸華奢だけど引き締まったボディライン……見ているだけで鼻血が吹き出すのです!

 価格急上昇青天井ストップ高は起こらないのです!




 ……じゃなかった高嶺の花なのです。


「?リコットー?おーい?着いたよー?」

「わわ!私は何処?ここは誰?なのです??」


 気付くと君が私の目の前で手のひらを振っていたのです!

 嗚呼また思い切り妄想トリップしていたのです!妄想している場合ではないのです!君は今ここにいるのです!刮目せよなのです。しかとその目に焼き付けよなのです!



 私が目を見開くと「しっかりしてよー」とくすくす笑う君なのです。その笑顔は尊いのです!


「あれ?ここは……?」


辿り着いたのは真新しい建物の前。



「いらっしゃいませーっ!開店記念セール中!野獣魔獣幻獣一般獣対応用具店『そばにおい亭』にようこそーっ!」

「うひゃぁっ!?な、な、何事なのですっ!」


 妙なテンションの店員が竜巻のごとく回転しながら飛び出てきたのです!その回転何か意味あるのです?開店と回転をかけた洒落なのです??


 びっくりして思わず君の腕を掴んでしまったのです!えへへーうっかりボディタッチ成功なのです!!

 掴んだついでに手のひらでちょっとばかしスリスリするのです。すべすべお肌を堪能するのです。えへへー。いかん、顔が緩みすぎてよだれが垂れてきたのです。慌てて手で拭うのです。


「今日はどの獣の用具をお探しですかーっ?じゃんじゃんご案内致しますよーっ!」


 最近できたという新しい獣用具店なのです。多種多様な需要に対応するべく広い店内には天井から壁から床まで所狭しと商品を並んでいるのです。

 できた噂は聞いていたのです。でも私はいつも通っている昔ながらの用具店のほうが好きなのです。訪れたことも興味も無かったのです。

 それでも百聞は一見に如かずなのです。入ってみると知っているもの知らないもの多彩なものが売られているのです。見ているだけでお勉強になりそうなのです。


 それにしても店員がぐいぐい来るのです。デートの邪魔すんじゃねーよなのです!

 うちのかわいこちゃんに近寄るんじゃねーよなのです。

 百合に挟まるのは重罪なのです!

 

 実はちゃっかり腕に掴まったまま歩いているのです。

 ちょっとオイタしたのに振りほどかれたりさりげなく離されたりしなくてよかったのです!!


 君は平然としてるのです。女の子同士だから照れる必要ないのです?

 ドキドキするのは私だけなのです??気付かれなくてよかったような気付かれたいようなフクザツナオトメゴコロなのです!


「えーと、猫用なんですけど」

「あらまぁ猫ちゃんですか!それなら新入荷商品がこちらに――」


 ずんずんと奥に進んでいく店員なのです。君と私は後に続くのです。

 歩きながら店員は何を探してるのかも聞かずにいきなり商品説明始めたのです。


「こちらの猫砂はバラの香りが施されていておうちに置くだけで華やかな香りに家じゅうが包まれます!」

「猫砂欲しかったんだよねーバラの香りかぁ」」

「猫砂とは何なのです??」

「猫用のトイレだよー」



 と、と、と、と、と、といれー!?!?!?!?!?




 君がトイレだなんて!!!


 きゃー!きみがしーしーしてるところなんて考えちゃダメなのに想像しちゃうのです!!ああ見たいのです……!凝視してこの目に網膜に焼き付けたいのです!根性焼きなのです!なんならその女神の滴の匂い嗅ぎたいの味わいたい飲み干したいのです!!


 ……ダメなのです!今ここお外なのです!こんなところでそんな妄想しちゃいけないのです!気をしっかり持つのですリコット!!!!


 落ち着くのです!餅つくのです!!餅は餅屋竹屋竿竹なのです!!


 頭をぶんぶんと左右に振って邪念を追い払おうとするのです。でも効果ないのです!

 邪念よ邪念よ飛んでけ~!!


 ……って、全然飛んでいかないのです!


 こういう時は落ち着く歌を歌うのです!!!!

 歌……、歌……、歌……、歌……、あ~!もう!こういう時に限って全っ然出てこないのです!!


 もういいドレミの歌なのです!!

 ドはドラゴンのド~


 レはレプラコーンのレ~


 ミ~はミミックのミ~


 ファーはファーストエイドのファ~!


 ソーはソードブレイカ~!!


 ラ~はラストモンスタ~!!!


 シ~は……あああああぁぁぁぁぁぁぁ!!しーしーしてるところまた浮かんできてしまったのです!



「リコット―?なにぶつぶつ言ってるのー??」

「な、な、何でもないのです!しーしーしてるとこ見たいとか決してそういう妄想してたわけではないのです!「え?何?もうそ」それより猫用といれ??猫や犬なんて屋外で済ますのではないです??」


 めちゃくちゃな早口でなんとか乗り切ったのです!あぶねーなのです!

 嫌な汗をかいてしまったので額を腕で拭ったのです。そりゃもうべっとりなのです!


「? それがねー、北地区は規制が厳しくて、景観を保つためとか疫病がどうとかって、飼い犬飼い猫のう○ちは屋外放置するなって。まだ罰則まではいかないんだけど、そのうちそうなるらしいし、進んで綺麗にしようみたいな意識の人が結構いるみたいなんだ。だから早いうちから対応しておこうと思ってー」


 ん??い、今君がうんちって言ったのです?????

 あわわわ!!おい作者!!うんちなんてお下の発言あったのです!!かわいこちゃんがそんなはしたない言葉使ってはいけないのです!!ダメ絶対なのです!!せめて伏字にしとけなのですいいか分かったか!!!!

 私は天に届けるように必死に念じるのです。想いはきっと届くのです!


「私も道端や繁みにあるのを踏んづけたことがあるのです!踏んづけるとショックなのです!ハエがたかったりしてるのです。自然に還るまでには時間かかるし臭いはあるしで考えてみると大変なのです」

 とにかく思いついたことを片っ端から並べ立てて頭の中を悟られないようにしているのです!


「でしょー。そういうの無くしたいんだって。面倒だけどしょうがないよね」


「それからですね、こちらは水飲みの鉢ですがただの鉢ではなく水魔法が込められていて浄化作用があり、いつでも新鮮なお水が供給される水飲み鉢でございます!水がなくなったり汚れたりしても取り換えの手間がかかりません!それからこちらの餌箱は朝昼晩に自動で餌が置かれますので餌やりの手間が無くご不在時でもお腹を空かせることなく過ごせて猫ちゃんも安心です!あとこちらの爪とぎ板は――」


 なにがそれからなのです。まだこっちは猫砂の頭なのです。この店員こっちの会話なんて一切聞かず一方的に話をしてくるのです。

 聞いていると紹介されていくのはどれもこれも機能がどうだ、手間がかからないのがどうだばかりなのです。

 使うはずの生き物の心地よさには一切触れていないのです。なんなのです。生き物を育てたいのではないのです!?どうしてこんな人間本位の手抜くようなことを考えた商品ばかりなのです!?




 ……腹が立ってきたのです。


 便利だからいいのではないのです。ご主人がそばにいてくれ食事や水の用意、ブラッシング、一緒に遊んだり。愛情を注いでくれることお世話をしてくれることが大事なのです!食べ物や水は勝手に出てきてご主人はそっぽを向いている。そんなの嬉しくないのです。

 それで懐くなんて??自分がそんなことされても平気なのです??生き物を侮辱するのもたいがいにしろなのです!!


 私は魔物使いテイマーとして学んでいる身なのです。お父さんもお母さんも魔物使いで物心ついた時からたくさんの生き物に囲まれて育ってきたのです。他所よそでそういう対応をして育てられた生き物がどうなるか、きちんと向き合って愛情かけて育てた子とはどうなるか見てきたのです。


 どうして君はふむふむと頷いて聞いているのです??君の使い魔にする子猫のためのものなのです。いわば相棒、一心同体と言っても過言ではない存在になるのです。


 あの子猫のことはいけ好かないのです。

 かわいい顔をしたあくまなのは間違いないのです。

 

でも……、でも……、家族として迎えられたのにないがしろにされてしまうのを黙って見てられないのです。


「すごいねー。こういう機能があれば便利そうじゃない―?リコットはどう思う?」


「だめなのです、便利なんて……そんなことしたら……」


 君に問いかけられて、いつもなら頼りにされて嬉しいはずなのです。

 でも私は俯いてしまって、絞り出せたのはそれだけだったのです。


「リコット……?」


 ぐず……。



 いけないのです。目の前が滲むのです。考えていたら涙が出てきてしまったのです。

 こんな顔を君に見られたら心配かけてしまうのです。口を開いたらどんなことを言ってしまうか分からないのです。

 感情が溢れてきて体が震えるのです。



 耐えられなくなって……、私はその場から駆け出したのです。


「あっ!?リコット!?」


 君が呼び止めるのも聞こえたけれど私は無視して走って、店から出ていってしまったのです。


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