第17話「進め」
私は結希、仁君と共に目覚めた。洞窟には私達を歓迎しているのか、はたまた拒んでいるのか、まぶしい朝日が差し込んでくる。今頃、広瀬君と風紀ちゃんもあの小屋で目覚めているだろう。
「お前ら、準備はいいか?」
「うん」
「いつでもOKよ」
強く相づちを打つ。これから世界をひっくり返してやるくらいの勢いで、私は洞窟を出る。
「じゃあ行くぞ!」
今日、このゲームが終わる。
昨日届いた先生のメールに書かれていた内容はこうだ。
『今からこのゲームのタイムリミットを、明日の午後6時に設定する。そしてもう一つ、午後6時までに生存者は全員俺の拠点まで集まれ』
突然の内容に、私達は困惑した。自由行動が一気に制限された。
『そして全員集まったら、犯人を決める最終選考をやってもらう』
最終選考……?
『お前達で相談し合い、生存者の中から多数決で犯人を決めろ。これが最後のチャンスだ。この選考で犯人を言い当てることができたら、その時点での犯人以外の生存者全員はゲームクリア。晴れてゲームから脱出だ』
犯人候補を多数決で指名して、正解だったら生きてこの島を抜け出すことができるという。
『ただし、間違えたら即座にゲームオーバー。お前達は全員デッドエンドだ』
その条件は安易に想像できた。犯人を指し間違えたら、私達の命はそこで終わり。絶望に叩き落とされ、殺されたみんなのところへ……。
『ちなみに、参加するかしないかはお前達の自由だ。やりたくないなら今まで通り自由に行動してればいいさ。ただし、午後6時までに犯人を突き止められなかったら……そういうことだ』
最終選考は強制ではないらしい。参加も不参加も私達の自由だという。
『それじゃあ、ゲーム最終日、せいぜい頑張るんだな』
先生のメールはそこで終わっていた。
「詩音、大丈夫?」
「うん、ありがとう」
私達は先生の拠点を目指している。もちろん最終選考に参加するためだ。ただし、拠点に向かうまでの道のりは険しい。深くて暗い森を、ひたすら真っ直ぐ進まなければいけない。
「広瀬君達は大丈夫かな」
「大丈夫だ。そう信じよう」
広瀬君と風紀ちゃんは、昨日いた小屋から出発している。対して、私達はゲーム初日に見つけた洞窟から。昨日の夜のうちに洞窟まで戻ったのだ。
「周りの警戒を怠るなよ」
「うん……」
仁君が先頭に立って草木を踏み倒して進む。わざわざ広瀬君達と別行動している理由は、美琴ちゃんの襲撃に備えるためだ。大人数でいては狙われやすいため、二手に別れて拠点を目指している。
パキッ
「あっ!」
足元に落ちていた木の枝を踏んでしまった。静寂が辺りを包み込む。近くに人の気配はない。美琴ちゃんに見つからないように、常に物音一つ立てないように進まなければいけない。
「ふぅ……」
今度こそ静かに歩みを進める。今の一番の障害は美琴ちゃんだ。生徒を見つけ次第、なりふり構わず襲ってくる。今までどれだけの人数が、彼女の刃の犠牲となっただろうか。きっと今も森のどこかで、私達の命を狙っている。
「……」
果たして私達は彼女の魔の手から掻い潜り、先生の拠点にたどり着くことかできるのだろうか……。
* * * * * * *
「……」
榊は国雄と正木と一緒にいた場所から一歩も動かなかった。ただ、彼らが殺された際に残った地面の血痕を、ぼんやりと眺めている。
「クソッ……」
血を見ると、必ず彼の存在を思い出してしまう。
江波の自殺が発覚した日、榊はがむしゃらに駆け出した。江波が飛び降り、体を打ち付けたという校舎裏へ。しかし、たどり着いても、そこには何も残されていなかった。警察が処理を済ませたのか、江波の遺体も、血痕も、全て綺麗に後始末されていた。
江波の生きた証は、もう一つも残されていない。少なくとも、榊の心の中には。
「ハァ……ハァ……」
江波の死を実感したばかりの頃は、息苦しさが病原菌のようにまとわりついた。江波が死んだのは間違いなく自分のせいだ。集団で彼を徹底的に陥れた結果、彼は自殺という逃げ道に足を踏み入れてしまった。
自分は間接的に彼を殺してしまったのだ。
「ぐっ……うぅ……」
後悔しても今更遅い。これから死ぬ前の江波の身の回りの素性が調べ上げられ、その中に自分の名前が浮かび上がる。いじめの主犯格という最悪の形で。後ろ向きな想像だけが前に進んでいく。
だが不思議なことに、いじめの件が明るみに出ることはなかった。何人か認知している生徒がいることも事実だが、俺がいじめの件で問い詰められることはなかった。
そこから俺はすぐに罪悪感を心の底に押し込み、以前と変わらず平然と学校生活に
そして安心しきって修学旅行に臨んだ結果、これだ。いじめの件を知る知らないに関わらず、自分のせいでクラスメイトはかけがえのない命を落とすことになった。
「なんだ、やっぱり俺はただの人殺しじゃないか」
なぜ今更罪の意識が芽生えたのかはわからない。時が経つに連れて、江波のことは完全に忘れたと思っていた。
しかし、こうして彼の存在を痛々しく意識させられる状況にぶちこまれ、腹の底に捨て置いていた罪悪感が目を覚ました。
自分が手を下したわけでもないが、全部自分が悪い。クラスメイトがゲームに巻き込まれたのは、自分のせいなのだから。
「……」
榊はスマフォで地図を開き、剣崎の拠点の位置を探る。
「どうするかは、着いてから決めるか」
自分の罪を告発するかしないかは、クラスメイトに会ってから決めよう。そう思った榊は、ようやく最終日の第一歩を踏み出した。
剣崎の拠点まで残り半分の道のり。孝之と風紀は木陰で休んでいた。いくら小さな島でも、入り組んだ森を進みながらでは、拠点にたどり着くまでに数時間は要してしまう。
「ハァ……ハァ……」
「大丈夫か? ほら、飲め」
「あり……がと……」
風紀に水筒を手渡す孝之。この四日間で食料は完全に底をついた。道中で川で汲んだ水をろ過し、溜めた飲み水をちびちびと口にしている。休憩を重ねる度に、体力が持つ時間が低下していく。
「行けるか?」
「うん、行こう。時間を無駄にするわけにはいかないもんね」
風紀は鉛のように重たくなった足を引っ張り、おぼつかない足取りで進む。
そんな弱った子羊をしぶとく狙う、恐ろしい獣が潜んでいた。
ザッ
「はっ! 風紀! 避けろ!」
ブンッ!
背後から鋭い一撃が飛び出した。美琴が包丁を縦一文字に振り下ろしたのだ。孝之の注意により、風紀はギリギリ回避できた。
「チッ……相変わらずしぶといわね」
「しぶといのはどっちだ」
美琴は二人を鬼の行数で睨み付ける。
「美琴、メール見ただろ。今日の午後6時に最終選考をやる。お前も参加するんだ。もう殺人はやめろ」
「そんなの誰が行くもんですか。剣崎の罠には引っ掛からないわよ。そんなのより、こうして一人ずつぶっ殺してたった方が早いっての!」
美琴は卓越した手裁きで、包丁を振り回す。今までクラスメイトを容赦なく殺めてきただけあって、驚異の殺人鬼と化した。
「クソッ」
歩き続けて溜まった疲労が足かせとなり、思うように動けない。美琴の攻撃は容赦なく続き、孝之は追い込まれていく。
「美琴!」
「あがっ!?」
風紀は背後から石を投げつけ、美琴の後頭部に命中させた。怒りを絶頂に迎え、美琴は折れてしまいそうなほどの歯軋りをする。
「広瀬君! 私が引き付けておくから、今のうちに剣崎の拠点に向かって!」
「おい風紀!」
「この……クソ野郎がぁ……」
風紀は森の奥へと逃げていった。美琴は彼女へとターゲットを変え、彼女の背中を追いかけた。
「フフフ……美琴意外は全員参加するみたいだな」
それぞれの生徒の声を登頂していた剣崎は、モニターの前で薄ら笑いを浮かべていた。コーヒーをすすりながら、ある一枚の紙を眺める。
「さて、犯人が潔く江波に謝ることになるのか、見届けることにしよう」
その紙には大きく『死ね』という文字と共に、江波を貶す内容の文章が書かれている。彼が自殺する前に受け取った手紙だ。飛び降りた屋上に上靴の間に挟まれていた。剣崎がそれを拾ったことが、全ての悪夢の始まりだった。
「江波、今日で復讐が終わるぞ」
手紙の最後に書かれた犯人の名前を睨み付け、天国の江波に告げた。そして、モニターに目を移し、真相へ近付こうと奮闘する生徒達の生死の行方を見物した。
* * *
生存者 残り8人
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