第18話「託された思い」
「……」
剣崎は腕時計で時刻を確認した。針は12時ジャストを示している。あらかじめ入力されていたメールを送信する。
そう、最後の「犠牲者の抽選」だ。
「詩音、そろそろ休め」
「ダメだよ……集合時までに間に合わせないと……」
「そんな無理する必要もないでしょ」
詩音は仁と結希の制止を振り切り、森を進もうとしている。額に汗が浮かび、足元もおぼつかない。これまでに感じたことのないような疲労が、詩音の体を襲っていた。
「このゲームを終わらせて……みんなを助けなきゃ……」
助けられてばかり、支えられてばかりの自分。何とかその状況を変えたくて、詩音は無理して進み続けた。責任と罪悪感に突き動かされ、鉛のように重い足を引きずる。
「ハァ……ハァ……」
喉の奥に何かがつっかえたように苦しい。一歩進む度に呼吸が荒くなっていく。
プルルルルル
「あっ!」
スカートにしまっていたスマフォのバイブで、全身の力が一気に抜け落ちた。結希は倒れた詩音へ駆け寄る。メールが届いたようだ。
『忘れてる奴がいるかもしれないから、一応言っておくぜ。正午になったから本日の犠牲者の発表を行う』
「え……」
「今日もやるのかよ」
『抽選の結果、選ばれたのは広瀬孝之だ。色々活躍したみたいだが、どうやらここまでだな』
「そんな!」
「孝之!」
詩音は過呼吸をしながらメールの文章を凝視する。孝之は詩音が美琴に殺されかけた時、寸前で救ってくれた。拠点に招き、食料や薬も分け与えてくれた。常にグループを支えた頼れる存在。
「行かなきゃ……広瀬君を……助けなきゃ……」
「おい、待て詩音!」
詩音は再び走り出し、茂みの奥へと消えてしまった。
「ハァ……ハァ……」
よろめきながら森を走る風紀。その制服は所々赤く滲んでおり、背中に切りつけられた跡が残されていた。
「あっ……」
風紀は足を止めた。目の前には10メートル程の崖がそびえ立っていた。鋭く尖った岩肌には、とても登れそうにない。
「鬼ごっこもここで終わりよ」
背後から美琴がゆっくりと歩み寄る。孝之を安全な場所へ逃がす時間を稼ぐため、自らが囮となった風紀。しかし、行き止まりに追い詰められ、包丁の刃先を向けられた。
「そして、あんたの人生もね!」
美琴は包丁を突き出して威嚇した。しかし、風紀は冷静さを欠かず、真っ直ぐと見つめ返す。口元に笑みを浮かべて。
「何笑ってんのよ。これから死ぬっていうのに。怖くないの?」
「えぇそうよ。生き残った誰かが、私の思いを引き継いで、必ずこの事件を解決してくれる。私はそう信じてるから」
「……あっそ」
美琴は風紀の目の前に立つ。
グサッ
「うぐっ!?」
「やっぱり嫌いよ。あんた達のこと」
バタッ
風紀は血を吐いて倒れた。しかし、追い詰められたことを後悔はしていない。死ぬ間際まで笑みを崩さなかったことから、美琴の目にもそれが伺えた。
「どこまでも私をイライラさせるんだから」
《21番 檜山風紀 死亡、残り7人》
「風紀!」
孝之が引き返してやって来た。風紀の安否を心配してのことだ。
「え……」
風紀の遺体から包丁を抜き取る美琴を見て、孝之の体は凍り付いた。
「広瀬孝之……あんたの大切な仲間は死んだわ。次はあんた」
「……」
孝之は瞬時に冷静さを取り戻し、美琴を睨み付ける。包丁の刃先に風紀の肉片がこびりついている。今度は自分が肉片となってしまう番か。
ならば……
「死ね!!!」
ダッ
美琴は包丁を握り締めて駆け出した。
バシッ
「なっ!?」
ガッ
孝之は神がかった速度で突き出された包丁をかわし、美琴の腕を掴む。そのまま地面に倒れ込み、自らの体重で押さえつける。
「ぐっ……重……は、離れろ!」
「させるか!」
広い背中で押し潰し、暴れる美琴の抵抗を封じる。
「こんなことしても無駄よ! あんたは今日の犠牲者に選ばれたんだから。もうすぐあんたは使者に殺されて死ぬ!」
「あぁ、わかってるさ」
このまま美琴を脅威のまま生かしておくわけにもいかない。自分は犠牲者として選ばれ、これ以上の活躍は望めない。使者は銃を所持しているため、自分の運命を覆すことも不可能だ。
ならば、生きている間に最後の希望を残す。
ザッ
崖の上に人影が現れた。ライフルを背負った使者、美穂だ。
「あんた……まさか……」
「あぁ、そのまさかだ」
美穂は冷たい眼差しを浮かべながら、ライフルを構える。その銃口は、孝之の頭部に向けられている。孝之は額を美琴の頭に擦り付けて叫ぶ。
「美穂! 構わずぶちかませ!」
「や、やめ……」
ドォォォォォン!
気高い銃声が森に響き渡る。銃口から発射された弾丸は、一直線に二人へ飛んでいき、頭部を貫通する。
グシャッ
地面に二人の血液が飛び散る。孝之は最後に美琴の殺戮を食い止めるという快挙を残し、勇敢に散った。
《22番 広瀬孝之、16番 辻村美琴 死亡、残り5人》
「風紀ちゃん……広瀬君……」
二人の死亡通達はすぐに届いた。剣崎の拠点の前に用意された運動場で、詩音はひどく悲しみに暮れる。詩音達は広瀬が死闘を繰り広げていた間に、何とか剣崎の拠点にたどり着くことができた。
「美琴も死んでる……孝之達が食い止めてくれたんだろうな」
「こんなことって……」
結希と仁の胸にも、悔しさが不純物のように引っかかる。これで残る生存者は詩音、結希、仁、榊、美穂の五人となった。数々の絶望的事態が、パズルのように重なり、ここまで命を減少させていった。
「流石だわ。まさか犠牲者に選ばれたことを逆手に取り、道連れにして美琴を殺すなんて」
突然茂みから美穂が姿を現した。
「美穂……お前!」
「彼が撃てって言ったから撃った。私の使命は選ばれた犠牲者を殺すことだもの」
美穂も剣崎の提示した条件に溺れて協力者となってしまった。彼の命令に従わなければ、自分も殺されてしまうかもしれない。今更殺害など止められるわけもなかった。
「そういうことだ」
拠点の出入口から剣崎が出てきた。相変わらずの余裕綽々とした態度だ。
「矢口の家は貧乏だからな、大金と引き換えに使者としてゲームの進行に協力してもらった。家を守るためには仕方ないよなぁ」
「ふざけんな! 人の弱味に漬け込みやがって! この悪魔が!」
仁が剣崎に罵声を浴びせる。美穂は彼の後頭部に拳銃を突きつける。
「先生の邪魔をするなら、問答無用で殺すわよ」
「くっ……美穂、お前はいいのかよ! 剣崎の言いなりで殺人なんか犯して!」
このゲームで一番生徒を殺したのは、使者である美穂だ。彼女のその細身の腕で、大量の屍を積み上げてきた。
「仕方ないじゃない。所詮人間なんて、自分のことしか一番に考えてないんだから。いざとなったら他人を蹴落としてまで、自分が生き残る術を探す。私達はね、人間のふりをした悪魔なのよ」
人間は自らの欲求に従い、弱いものを踏み潰して勝利や幸せを掴み取る。自分達は人間の皮を被り、『人間ごっこ』という遊戯をしながら、醜く息をする悪魔のような存在。残虐な精神を宿した非人道的生物。
そんな美穂の考えがでたらめなようで、どこか的を射ているような気がしてならない。詩音達は何も言い返せなかった。
「そういうことだ」
遅れて榊も合流した。彼も余裕の二文字を顔に浮かべ、剣崎の前に並んだ。これで現時点の生存者が全員拠点にたどり着いた。
「人間は醜い生き物だ。現に生存者はここにいる俺達だけ。俺達は疑い合い、殺し合ってしまった。それが俺達が悪魔である何よりの証拠だろ」
「榊……」
榊が過去に江波のいじめに関与していたことは、一部の生徒に認知されている。この最終選考に参加すれば、自分が犯人に指名されてしまう可能性がある。そんな危険を背負っても、彼は平然と顔を出した。
「フッ……全員ここに来たということは、参加する意志があるってことでいいんだな?」
剣崎があざ笑いながら詩音達を見渡す。詩音達は返事をせず、頷くこともせず、ただ黙って剣崎の顔を見つめる。それぞれ迷いを抱えながらも、覚悟を決めようと立ち上がる。
「わかった。それでは始めようか。江波を自殺に追い込んだ犯人は誰なのか、一番の悪魔は誰なのか、運命の最終選考をな!」
詩音は唾を飲み込む。これが仲間を救う最後のチャンスだ。死んでいった仲間の思いを胸に、絶対にゲームを終わらせるという決意を固めた。
* * *
生存者 残り5人
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