第13話「生徒達」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「どきなさい!!!」
結希と美穂は共に声を荒らげる。二人の叫び声が森林をガサガサと激しく揺らした。
「くっ」
結希の腕力には敵わないことを悟った美穂。抵抗していると見せかけ、結希の隙を見計らって腰を左右に振る。スカートのひだがバサバサと揺れる。
コトッ
揺らしたスカートのポケットから、小型の手榴弾が転がり落ちる。美穂が剣崎に提供された武器の一つだ。
「ひっ!?」
結希は思わず美穂から手を離し、後退りする。誰だって手榴弾が目に入れば、爆発を恐れて逃げ出してしまいたくなるだろう。
ザッ
結希の力から逃れた美穂は、手榴弾を拾わずに茂みの奥に飛び込んだ。
「……あれ?」
顔を覆っていた手を下げ、手榴弾を見つめる結希。爆発する様子はなかった。手榴弾が放つのは、恐ろしいほどの静寂だけだった。
「なんだ……」
どうやら起動はさせず、ただ目の前で見せびらかし、恐怖でおののく隙に逃げ出すという算段だったようだ。結希はしてやられた。
美穂の姿を追おうとするも、視界にはただの薄暗い木々しか広がっていない。逃げ出すスピードも桁違いに早い。
「あ、詩音!」
結希は親友の容態を確認した。詩音は仁の腕の中で気を失っていた。肩は彼が巻いたタオルで覆われている。しかし、巻いた上から染み出るほどに出血は多いようだ。
「詩音! 詩音!」
結希は彼女の名前を呼ぶ。しかし、何度耳に声を届かせても、彼女の心は目覚めることはなかった。
「そんな……嫌だ……」
「諦めるな! まだ死んでない。何か助ける方法は……」
仁は必死に結希を励ます。しかし、結希は詩音を命の危機に晒してしまった罪悪感に苛まれ、頭を抱えて泣き叫んでいた。詩音の今にも事切れそうな様子が、彼女の平常心を乱していく。
「仁、相沢」
その時、彼の声が聞こえた。
「孝之……」
「俺の拠点に来い」
孝之が瀕死の風紀を背負い、茂みの中から現れた。
「これで大丈夫なのか?」
「あぁ、しばらく寝かせれば治るはずだ」
孝之は残り少ない薬品を全て使用し、詩音と風紀の傷口を止血した。孝之は風紀の無防備なブラジャーの姿にドキドキしながらも、彼女のセーラー服のボタンを閉じる。
「ありがとう、詩音を助けてくれて。孝之が生き残っていて助かったよ」
「仁もよく生き残ったな。ひとまずグループのみんなが無事でよかった」
詩音と風紀は安心したように眠っていた。仁は孝之に頭を下げた。二人は元々修学旅行の自由行動で同じグループだった。こうして、詩音達のグループは何とか六人全員生き残って合流することができた。
「え、こいつ……美琴じゃない! あの時はよくも!」
「結希ちゃん落ち着いて! 暴力はダメだよ!」
外で結希は愛奈に押さえられていた。結希の拳の矛先には美琴がいた。彼女は孝之の攻撃を受けてから、ずっと気絶したままだ。それから木にロープでくくりつけられ、身動きがとれない状態にされている。
「離して! 詩音を酷い目に逢わせたこと、絶対に許さないんだから!」
結希は愛奈の腕を引き剥がそうと、必死に抵抗する。詩音が美穂に殺されかけたこともそうだが、美琴も詩音を包丁で切りつけるという残虐な行動に出ていた。
自分の大好きな親友が、続々と命の危険に見舞われることに怒りを抑えられない結希。
外で叫びまくる結希を、仁と孝之は呆れながら眺める。本来は女性陣に治療を任せようと考えていたのだが、結希があの様だ。結局孝之が詩音と風紀の服を脱がすことになった。
「美琴はどうなってんだ?」
「わからん。一応あいつも治療はしたんだが、ずっと目を覚まさないんだ」
「重度の
美琴は詩音を包丁で殺そうとしていたところを、孝之の仕掛けたトラップに引っ掛かり、頭にダメージを受けた。
それ以降ずっと意識不明のまま、木にくくりつけられている。森の散策に出ている間、愛奈に美琴の監視を任せているが、美琴は一度も目を覚まさなかった。
「まぁ、あのまま気絶したままでいてくれれば、こっちは助かるんだがな」
「そうだな。また暴れ出したら大変だ」
一日に一人選ばれる犠牲者を除いて、殺された者はほとんど彼女の犯行によるものだ。美琴が再び殺戮に走ることがないよう、孝之は空に祈った。
仁は眠る詩音の髪を優しく撫でた。彼女の寝顔はとても安らかで、天使のように魅惑的だった。このまま事切れてしまいそうで心配だ。
「結希だけじゃない。俺もお前を守る。安心しろ」
結希と愛奈が小屋の中に入ってきた。いつの間にか太陽は沈み、夜が訪れていた。
「とりあえず今日はもう休もう」
「そうだね」
ランプの火を消し、四人は眠りについた。
「もう三日目も終わりか」
榊が夜空に浮かぶ月を眺めて呟く。自分の過去の罪を隠蔽するためとはいえ、三日目にしてついに彼も殺人という悪行に手を染めてしまった。
「俺達の手はもう血に染まった。引き返すことはできないぞ」
「あぁ、そうだな」
「ま、元々染まってたようなもんだろ」
榊、国雄、正木の三人はゲーム開始時から長時間共に行動をしている。三人は江波のいじめに関与していた。自分達の罪をひた隠しにするため、結束して真実を追い求める者の首を狩り取る。
「そんで、どうすんだ? もう四日目になるぞ。流石にゲームが終了した時のことを考えた方がいいだろ」
「とりあえずクラスメイトの
榊はスマフォで残りの生存者を確認する。今まで江波のいじめに関与していた事実を必死に隠蔽してきたが、数人のクラスメイトには既に発覚してしまっていると思っているようだ。
「それって、奴らが俺達の罪を知ってるってことか?」
「まぁ、今までセンコーや生徒にバレないように尽力してきたが、流石に全員には隠しきれねぇか」
榊やその不良仲間は何かと黒い噂が絶えない。江波のいじめの件も、剣崎や数名の生徒にはその事実を認知されてしまっている。生徒に関してはは認知をした上で、見てみぬふりをしている者ほとんどだが。
「あぁ、剣崎にも恐らくバレてる。やっぱりこのゲーム、俺を犯人と設定してる可能性が高いな」
榊は意味深な表情で顎を撫でる。
「国雄、正木、わかってるな? ここからは本気だ」
「あぁ、どうせ俺達の手は汚れてんだ。死ぬまで力を貸すぜ」
「死んだ後も社会的に殺され続けるのは御免だからな」
三人は覚悟を決めた。
「たとえ俺達が死ぬことになっても、それまでにクラスメイト全員を殺す。俺達の罪が世間に知れ渡るのを防ぐためにな」
「どいつもこいつも……ウザい……」
智江は詩音や榊と違い、一人で行動していた。文夫が剣崎先生に殺され、自身も早矢香を殺した。精神が錯乱状態になり、もはや誰も信じられなくなっていた。
「江波のことも犯人のことも、何もかもどうでもいい。私は生きたい……」
早矢香を手にかけた罪悪感は、彼女の心には存在しなかった。理不尽に消されていくクラスメイトの命に囲まれ、ただ自分が助かりたいという一心で、森の隅でひっそりと過ごしていた。
「私は……生きたい……」
『申し訳ございません。数名のクラスメイトに正体がバレました』
美穂も同じく単独行動をしていた。スマフォで剣崎と通話中だ。彼女のスマフォだけは、剣崎先生と対等に通話ができるよう設定されていた。
「まぁいいさ。知れたところで、奴らに何かメリットがあるわけでもない。ゲームに囚われた状況は変わらないのだからな。これからも引き続き、お前はお前のやるべきことをやれ」
『了解です』
ピッ
剣崎は通話を切り、拠点で大あくびをした。タブレットで犠牲者のチェックを行う。
「三日目に死んだ奴は相生と美空の二人だけか。昨日と比べると物足りねぇなぁ」
二人の顔写真に上書きしたバツ印を見て、ニタニタと笑う剣崎。良い意味でも悪い意味でも、ゲームを心の底から楽しんでいた。
「それにしても、こいつは一体いつになったら名乗り出てくるんだ……」
剣崎は犯人のスマフォに取り付けた盗聴器に耳を澄ます。犯人は呑気にすやすやと寝息を立てていた。剣崎は密かに犯人が自首する可能性にも賭けていた。しかし、今のところは望めそうにない。
「まぁいい。お前のせいで仲間が次々と死んでいく現実を、長々と味わうがいいさ」
剣崎はタブレットを閉じ、眠りについた。こうしてゲーム三日目は終了した。
* * *
生存者 残り12人
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