第14話「それでいい」
ゲーム開始から四日目。詩音は小屋の窓から差し込む光で目が覚めた。起き上がろうとするも、肩に激しい痛みを感じて力が入らない。
「んんっ!」
何とか力を振り絞り、上半身を起こした。美穂に銃で撃たれてから記憶がない。長い間気絶をしていたようだ。既に翌日の朝を迎えている。
「みんな……」
周りには結希、仁、孝之、風紀、愛奈の五人が横たわって眠っていた。いつの間にか修学旅行の自由行動のメンバーが揃っていた。
「そっか、私、結希に助けられて……」
肩に巻かれた包帯を撫で、昨日の出来事を振り返る詩音。薄れゆく視界に見えたのは、詩音を守るために必死に美穂と戦う結希の姿。撃たれる前に身を呈して庇った風紀の勇気。
風紀も同じく肩に包帯を巻いている。自分と相当する程の重症だった。
今回も自分は助けられてしまった。
「んんん……あ、詩音!」
結希も目が覚め、飛び上がって詩音に詰め寄る。
「詩音大丈夫!? 体は平気!? 痛いところはない!?」
「うん、大丈夫」
異常な程に詩音の容態を心配する結希。ゲームが始まってから、結希は詩音に対して家族以上に過保護になりつつある。彼女の大きな声に他のメンバーも起こされる。
「結希、どうした……」
「お、加藤目覚めたか! 薬が早く効いてよかったな」
「無事でよかった……」
詩音が無事に目覚め、ほっと胸を撫で下ろす一同。風紀も薬の効果で早く痛みが惹き、眠気を引きずりながら伸びをした。
「風紀も無事か。よかったな」
「みんなありがとう。詩音も助かってよかったね」
銃で撃ち抜かれながらも、仲間の頑張りで生還した者同士、風紀は詩音に微笑みかける。
「詩音?」
「また……助かっちゃった……何もできずに……」
詩音は突然涙を流した。結希は彼女の涙を見て、どうすればいいかわからず慌てふためく。
「私は何もできないのに……みんなに助けられて平然と生き延びてる……私を助けるために……みんなが危ない目に遭って……」
美琴に襲われた時もそうだった。仁の足に怪我を負わせてしまった。彼は長時間歩行に難を覚えただろう。そして今回は風紀の肩に風穴を開けさせてしまった。結希も美琴や美穂と肉弾で戦った。油断すれば彼女も殺されていたかもしれない。
全てが自分が無力で、何も成し遂げられない臆病者であることで招いてしまった。詩音はそう思い、大粒の涙を溢した。
「こうしてる間にも……きっとみんなどんどん殺されて……でも私だけ無駄に生き残って……やっぱり私……何の役にも立てないのかな……」
あれだけ詩音のことを理解していた結希も、彼女にどんな言葉を送ればいいか思い浮かばなかった。詩音は気弱な性格ながら、運動も苦手で争いを誰よりも拒む。この殺し合いというゲームにおいては、C組の中で最も似つかわしくない生徒と言えるだろう。
「……はぁ、馬鹿だな」
ここで口を開いたのは、仁だった。
「何の役にも立ってない? そんなわけねぇだろ」
仁はそう言って、リュックに入れていた巾着袋を詩音に差し出す。中を見ると、サランラップに包まれたおにぎりが3個入っていた。
「あ、これ……」
それは詩音が仁のために修学旅行の初日に作ってきたものだ。弁当は既に自分で用意しているのに、詩音は仁に個人的に握ってきたのだ。
仁は落ちついた性格に似合わず、かなりの大食らいだった。それを気にした詩音は、いつでも小腹が空いた時に口にできるようにと、丹精を込めて握った。仁は彼女の優しさに感謝し、ありがたく受け取った。
「1個食ったけど、すげぇうまかったよ。今は非常用にとってあるから、むやみに食えねぇけど」
「ありがとう……でもなんで今そのことを……」
おにぎりは自分が勝手に作ったものであり、別に今話題にするような重要なことではことないはず。涙を拭いながら詩音はそう思った。
「お前は十分役に立ってんだよ。結希も何度も言ってただろ。詩音は優しくて思いやりのあるいい子だって」
「仁君……」
「お前の優しさに救われたのは結希だけじゃない。俺だってそうだ。きっとたくさんの仲間が、お前の純粋な心に励まされてきた」
仁は詩音の頭に手を乗せた。肩に力が伝わらないよう、細心の注意を払って優しく撫でた。
「お前はそれでいいんだ。腕っぷしが強くなくても、うまく武器を使えなくてもいい。お前はただ仲間を信じて、自分の純粋な気持ちを貫き通して、みんなに優しさを振り撒いていく。そうするだけでいいんだ」
仁の言葉に感化され、結希達も励ましにかかる。
「そうよ! 戦闘とかは私達に任せときなさい!」
「あぁ、こんな状況でも誰かを信じようとするのが、お前の良さなんだからな」
「誰も詩音のこと役立たずなんて思ってないわよ」
「みんな詩音に助けられたから、こうして必死になって守ろうとするんだよ」
メンバーに励まされ、悲しみの涙が嬉し涙へと変わった。優しい仲間に囲まれて、自分はなんて幸せなのだろう。信じる仲間がいるありがたさを噛み締めた詩音。
「みんな……」
「ほらな、みんなお前のことを思ってる」
詩音仲間の温もりを受け止め、改めて仁の言葉に耳を傾けた。
「俺も同じだ。俺も全力でお前を守る。お前は大切な仲間だからな」
仁は詩音の頬を撫でた。手が触れた辺りから、詩音の頬はほんのりと赤く染まっていった。そして、やけに体が熱を帯びていく。心音がうるさい。胸の奥で今まで抱いたことのない感情がざわめく。
「じ、仁君……///」
「え……あっ! わ、悪い! 男に気安く触られたら嫌だよな……///」
「あ、ううん、そんなことないよ! すごく嬉しい! ありがとね……///」
咄嗟に顔を背ける詩音と仁。その場にいた誰の目にも理解できた。この瞬間、二人は両想いになったと。
「ヒュ~ヒュ~♪」
「なかなかお似合いだな」
「お熱いね~、お二人さん♪」
「ラブラブ~♪」
「ちょっと仁君! 詩音は私のものよ!」
二人の関係に気づいた一同は、ここぞとばかりにからかった。結希だけはブーイングをしているが。詩音も半ば認めていた。自分は仁のことが好きなのだと。もちろん恋愛的な意味で。
“でも、いいのかなぁ……”
仁に恋心を抱いている女子生徒は数多い。目の前にいる結希もその一人かもしれない。内心嫉妬していないか気になった。しかし、親友を取られたことに騒ぎつつも、結希は満更でもなさそうだ。
優しい仲間に励まされた詩音は、とびっきりの笑顔を向けた。
「みんな、ありがとう……」
詩音達はしばらくの間、今が殺人ゲームの最中だということを忘れ、若々しい高校生としての安らぎの時間を楽しんだ。
「……何が優しさよ」
木に縛られていた美琴はいつの間にか目覚めており、扉から漏れる詩音達の会話を聞いていた。醜い歯軋りをしながら。
詩音達が時間を忘れて休む中、早くも正午が近づいてきた。四日目の犠牲者を決める抽選だ。
「こういうのはどうだ? 生存者が俺達だけになったら、剣崎の拠点を奇襲して、アイツを殺して証拠を隠滅するとか」
「剣崎のことだ。無防備でいるとは考えにくい。メールでちょくちょく見る使者って奴をそばに仕えさせてるかもしれん」
「そうか……」
榊、国雄、正木の三人は、ゲームが終了した後の計画を練っていた。このまま生徒の口封じの殺害を繰り返していくと、生存者は自分達三人だけになる。剣崎が生き残った者をどう殺すかはわからないが、こちらも素直にやられるわけにはいかない。
「そもそも使者って何なんだろうな。犯人とは別なんだろうけど」
「そういや毎日どこかしらで銃声聞こえるよな。それって使者がやってることなら、使者は武器を持ってるってことだろ?」
「マジかよ……俺達、余計逃げられなくなるじゃん」
三人はまだ使者の存在を知らなかった。ただひたすら自分達の罪を隠し続けることに集中していたため、詩音達のように犯人や使者についての情報には乏しい。
しかし、犯人は榊であると確信しているため、情報の優位性ではある意味勝っているのかもしれない。
ザッ ザッ ザッ
「おい榊、誰か来るぞ」
「構えろ」
草木を踏む音を感知し、武器の鉄パイプを構える国雄と正木。
「……」
やって来たのは美穂だった。片手にハンドガンを携えている。
「矢口?」
「なんでお前がここに……」
意外な人物が姿を現し、警戒が軽く解ける二人。
「アンタら、メール見てないの?」
「メール?」
美穂に指摘され、榊達はスマフォを開いた。朝から自分の半径5,6メートル圏内に入ってくる敵しか気を配らなかったため、スマフォのバイブにすら気付けなかった。
「なんだよメールって……」
『ようみんな、四日目までよく生き残ったな。今日の抽選の結果が出たぞ。選ばれたのは戸田正木、お前だ。ドンマイ』
「……は?」
バァンッ!
正木がメールの内容を把握した瞬間、美穂は彼のこめかみに弾丸をぶっ放した。
バタッ
「お、おい! 正木!」
国雄は倒れた正木に駆け寄った。正木は目を開きながら、廃れた人形のように死んでいた。
「テメェ!」
キレた国雄は美穂目掛けて走り出した。拳に怒りを込め、最大限の力で鉄パイプを振りかぶった。
バァンッ!
しかし、圧倒的に銃器の方がスピードが早く、国雄のこめかみにも風穴が開いた。
「何だと……」
「あらあら、無駄死にしちゃって」
目の前で仲間が殺され、榊は怯んで動けなかった。美穂はハンドガンをスカートのポケットにしまう。
「……矢口、お前使者か?」
「えぇ、ずっと正体隠してたけど、既に他の生存者にも知られちゃったし、コソコソするのやめたわ」
二人の首筋に手を当て、死んでいることを確認する美穂。榊は何とか冷静さは欠かずにいられた。瞬時に美穂が使者であるという事実に気付いた。
「お前が剣崎の協力者……」
「あ、勘違いしないでよね。犯人ではないから」
美穂は背を向け、再び茂みの中へと入っていく。榊は殺さずに見過ごした。あくまで抽選で選ばれた者を殺しにきただけだった。国雄は逆上して共に犠牲となってしまったが。
「あと、絶対に私の邪魔はしないでよね。もし邪魔をしたら、どうなるかわかるでしょ?」
「……」
そう言って、美穂は森の奥へと消えていった。
《17番 戸田正木、12番 児島国雄 死亡、残り10人》
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生存者 残り10人
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