第12話「親友」
「うぅぅ……」
江波は学校の屋上で受け取った手紙を読み返し、涙を溢す。信じていた仲間に裏切られた。手紙には大きく『死ね』という文字と共に、自分を貶す内容の文章が書かれていた。
もう自分に手を差し伸べてくれる者はいない。希望の鎖は絶たれ、生きる意味を見失った。
「もう嫌だ……」
生まれてきたことを後悔した。こんなに辛い思いをするなら、死んだ方がマシだ。生きてる間の苦しみに比べれば、死ですら安らぎに感じた。江波は手紙を靴に挟んで揃える。
そして、フェンスを越えて空を仰ぐ。
「みんな、さよなら……」
江波は屋上から身を投げて自殺した。
「……!」
剣崎は目を覚ました。使者に選ばれた犠牲者の始末を命じた後、午後の暖かい空気に一瞬意識を奪われていた。その一瞬の中で、江波の光る涙を見た。
「江波……」
剣崎はタブレットに意識を戻した。ゲームはまだ進行している。
『矢口さん……なんで……』
生徒のスマフォに仕掛けた盗聴器から声が聞こえる。
「お、なんか面白いことになってんじゃねぇか」
「なんで夏名ちゃんを……」
「使者の役割は抽選で選ばれた者を殺すこと。今まで選ばれた犠牲者は私が殺してたの」
美穂は夏名の首元に触れ、脈拍が無くなったことを確認する。クラスメイトを銃殺したことに何の罪悪感も抱いていない様子に、詩音達は驚愕する。
「本当にお前が使者なのか? お前が剣崎の協力者……」
「えぇ」
孝之の問いに、美穂は冷静に答える。一同は度々森で聞こえる銃声に納得する。全て彼女の銃器で生徒が殺される音だったのだ。
「じゃあ、江波君を自殺に追い込んだのは……」
「それは犯人のことでしょ。私は剣崎の協力者であって、このゲームの要因になった犯人じゃない。江波君のことなんか知らないし、犯人が誰かも知らないわ」
「今さっき仲間を殺した奴のことなんか信じられるかよ」
詩音、孝之、風紀の三人は、銃器を撫でる美穂を睨み付ける。何より仲間を殺して平然としている態度が許せなかった。
「なんで……剣崎先生に協力してるの……」
詩音は声を震わせる。動かなくなったクラスメイトの遺体が視界に映り、涙が溢れそうになる。
「生き残ったら教えてあげるわ」
美穂は空になったハントガンに、弾を補充する。恐ろしいほどに武器の扱いは手慣れているようだ。
「こんなことダメだよ! たとえどんな理由があったとしても、人を殺すなんてダメ!」
詩音は銃声に負けないほどの大声で美穂に叫ぶ。誤った道を歩んでいる彼女を、正気に戻そうとしている。
「矢口さん、もうこんなことやめて! みんなで協力してゲームを終わらせよう!」
「人の気も知らないで……」
美穂の怒りを買ったのか、彼女はハンドガンの銃口を詩音の鼻先へ向ける。
「アンタみたいな奴が一番嫌いなのよ」
「詩音!」
バァン!
「うぁっ!」
風紀の叫び声と銃声が重なった。
「あ……」
弾丸は風紀の肩を貫通した。彼女が発射寸前に立ち上がり、詩音目掛けて飛びかかった。しかし、詩音を庇うと同時に、自分にダメージを受けてしまった。
「風紀ちゃん……」
「大丈夫……早く……逃げて……」
掠れた声で詩音を押し出す風紀。詩音は慌てて立ち上がり、森の奥へと全速力で逃げた。美穂は怒りで我を忘れ、風紀と孝之には目もくれず、詩音を執拗に追った。
「風紀!」
孝之は風紀の肩を持っていたタオルで縛り、出血を止めようとした。気付いた頃には詩音も美穂も姿が見えなくなっていた。
「クソッ!」
バァン!
弾丸が詩音の頬をかすめ、前方の大木に命中する。
「ハァ……ハァ……」
「逃がさない」
美穂はどこまでも詩音を追いかける。使者とはいえ、彼女も一応ゲームの参加者だ。ゲーム時間内では、生徒はどのように行動してもいい。生徒を殺すのも自由だ。
詩音は全速力で森を走る。しかし、美琴にやられた背中の切り傷が痛み、うまく走れない。それに美琴の時とは違い、相手は飛び道具を持っている。一瞬でも気が緩めばお陀仏だ。
バァン!
「ああっ!」
視界が血渋きで埋まる。その瞬間、全身のバランスが保てなくなり、体が前へと倒れる。
「うぅ……あ……」
詩音は肩を撃たれた。包丁で切られた時より比べ物にならない程の痛みだ。銃弾で肉体を抉られている。詩音の血がゆっくりと地面を赤く染める。
「別に私の正体が知られたところでどうってことないけど、アンタはムカつくから殺しておくわ」
「矢口……さん……やめ……て……」
詩音は肩を抑えながら声を絞り出す。自分が殺されそうになる寸前でも、彼女は仲間のことを最後まで信じた。
「みんな……で……協力……しよ……そ……すれ……ば……き……と……」
「うるさい。死ね」
美穂はハンドガンを構えた。
「詩音!」
ガッ!
茂みの中から何者かが飛び出した。美穂は押し倒され、腕を押さえ付けられる。
「アンタ!」
「ゆ……き……」
飛び出してきたのは結希だった。自慢の腕力で、美穂の動きを無効化する。遅れて仁も駆け付け、タオルで詩音の傷口を押さえ付ける。
「詩音、大丈夫?」
「あり……がと……」
美穂は抵抗し、結希の腕を無理やり引き剥がそうとする。結希も負けじと力を入れる。
「どきなさい!」
「どかない! 詩音を危険な目に遭わせる奴は、私が許さない!」
結希は横目で仁に支えられる詩音を見る。無様に傷付きながらも、その目には優しさがこもっていた。
「だって詩音は……」
結希は詩音の優しさに助けられたのだ。
結希は中学卒業後、父親の仕事の都合で遠く離れた町に引っ越した。そこには両親以外に誰一人として知り合いはいなかった。本来なら中学の仲間と共に、地元の高校へ通うはずだった。
結希は自分が人と仲良くなれるとは思えなかった。なぜなら、そもそも幼稚園・小学校・中学校と通して、彼女に友達と呼べる者は存在しなかったからだ。
元々活発な性格ではなく、常に内向的で物静かだった。そんな彼女は誰とも仲良くなることができず、見知らぬ地で高校生となった。
「……」
入学当日、和気あいあいと会話をする生徒達。結希だけが一人自分の席に座って黙り込んでいた。案の定クラスメイトは自分と仲がいい者とだけ話し、一人でいる結希には目もくれない。またもや同じ光景が繰り広げられていた。結希に好意的に接する者は現れなかった。
たった一人を除いて。
「あの……」
「え?」
「私、加藤詩音って言います。あなたは……」
結希は目を疑った。目の前の桃色の長髪の女子生徒は、自分に名前を尋ねてきた。
「……相沢結希」
「結希……ちゃん、いい名前ですね!」
詩音は自分の名前を誉めてくれた。彼女の笑顔はとてつもなく可愛かった。今まで自分がしたことのない笑顔だった。
「えっと……結希ちゃん、私とお友達になりませんか?」
「え、と……友達?」
結希は自分と友達になりたいと願う者に初めて出会った。それは長年憧れていながらも、叶うはずがないと諦めかけていた関係だった。
それが今、彼女のおかげでようやく実現した。
「い、いいよ……」
「やった! ありがとうございます、結希ちゃん!」
「結希でいいよ、あとタメ口で話そ」
「じゃあ私も詩音で。よろしくね、結希!」
結希は思わず涙が溢れた。彼女が生まれて初めて流した嬉し涙だ。
「え……な、泣いてるの? 大丈夫?」
結希の頬をつたう涙を見て慌て出す詩音。彼女の言葉や行動全てから、彼女が本当に優しい人間であることがわかった。
「ううん、嬉しくて泣いただけ。これからよろしくね、詩音!」
詩音は信じられないほどに優しい人間だった。ショートケーキのイチゴは他人に譲り、道端で困っている人を見つけたら迷わず駆け付け、どれだけ迷惑をかけても例外なく許した。もはや超人的なお人好しだ。
「詩音ごめん! 宿題忘れた……」
「もう、仕方ないなぁ」
詩音は宿題のノートを貸して写させてくれた。少しも苛立つ様子もなく、周りの人に優しさを振り撒いていった。彼女の優しさはもはや誰にも真似できず、自分が惨めに思えるほどだった。
「詩音、なんでそんなに優しいの?」
「え?」
「どうしてみんなにそこまで優しくできるの?」
ある日、結希は詩音に尋ねた。いつものように二人で放課後にクレープを食べに行った時のことだ。しかし、お小遣いが足りないことに気付いて結希は絶望した。詩音は自分のお金を足し、結希にクレープを買ってあげた。
結希はついつい気になり、彼女に聞いてしまった。
「だって、人に優しくすると心が温かくなるんだもん」
「心?」
結希は予想外の返答に困惑した。詩音は続けた。
「私、みんなのことが大好きなんだ。今まで私のことを育ててくれたお父さんもお母さんも、優しいお兄ちゃんや可愛い妹も大好き。色々教えてくれる先生も、カッコいい仁君も、面白いクラスメイトのみんなも、大好き」
「詩音……」
「もちろん、結希のことも大好きだよ。一番の親友だから!」
詩音は自慢の可愛い笑顔を見せてくる。彼女の言葉一つ一つが、心に深く浸透する。
「みんなのことが大好きなの。だからみんなに何でもしてあげたくなるし、信じてあげたいなぁって思う。みんなに優しくするとね、心がぽかぽかと温かくなるんだ。すごくいい気分になるの。優しくされた人もそうなるんだよ」
詩音はクレープに添えられた生クリームをペロリと舐める。
「だから私は、大好きなみんなに優しくするんだ。誰かを笑顔にして、心をぽかぽかにしてあげたいの。私だって温かくなれるんだから。誰かのために何かをするのって、すごく気持ちいいんだよ」
「誰かのために……何かを……」
「ふふっ、ねぇ、クレープわけっこしよ♪」
詩音は自分のクレープを差し出した。結希は彼女の優しさに触れると、いつも泣いてしまいそうになる。
そして、不思議と心が温かくなっていくように感じる。
「だって詩音は……私の親友だから!」
結希は最大限の力を振り絞り、美穂の腕を押さえた。彼女に顔を近づけ、思い切り叫ぶ。
「詩音は優しい子なの。一人ぼっちだった私に手を差し伸べてくれた。私の友達に……親友になってくれた。あの子はとても優しくて、思いやりのあるいい子なの。江波君だって助けようとしたくらいなんだから!」
「それが何よ!」
美穂は尚も抵抗を続ける。結希も力を止めることなく美穂を押さえ続ける。二人の力が激しくぶつかり合う。
「だから、詩音は殺させない! 約束したんだから、詩音を守るって。あんなに優しい子が死んでいいはずがない。あの子こそ生き残るべき人よ。誰にも殺させはしないから! 私は詩音を守る! 絶対に守ってみせる!」
「ゆ……き……」
薄れる意識の中で、詩音は結希の死闘を眺める。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
「どきなさい!!!」
結希と美穂は共に声を荒らげる。二人の叫び声が森林をガサガサと激しく揺らした。
* * *
生存者 残り12人
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