第11話「逃れ」
ゲーム開始三日目。生き残った生徒は森の探索を続ける。ゲームは全く進展を見せず、悪戯に犠牲者を増やしていくばかりだった。まもなく正午を迎え、生徒にも緊張が走る。
「うぅ……やっぱり森は怖いよね」
「そうね」
「そんなに冷静に返せるってことは平気なんじゃないの?(笑)」
夏名は途中で出会った美穂と森を歩いていた。どこから飛び出してくるかわからない殺気の恐怖に囚われる夏名と、生徒の中では珍しく少しも焦りや恐怖を抱かず、冷静を保っている美穂。
「ここまで被害者が出てるってことは、抽選で選ばれた人以外に誰かに殺された人がいるってことだよね」
「まぁ誰が犯人か確かめる術なんて、手当たり次第に殺してみることくらいしかないものね。そうすればいつかゲームは終わるはずだから」
恐ろしいことを淡々と口にできる美穂の様子から、彼女が行っているのではないかと思えて恐怖が増すばかりの夏名だった。
「やっぱり怖いよ」
「大丈夫よ。一応武器はあるから」
「ほんと? どんなの?」
「……見たいの?」
「見たい!」
期待の眼差しを向ける夏名。美穂は渋々スカートのポケットからある物を取り出す。
「え? それって……」
「爆弾よ」
「ひいっ!?」
自分から見たいと言い出したとはいえ、夏名は思わず後退りしてしまう。美穂が手に持っているものは小型の手榴弾だった。夏名には、そんな危険物を軽々しいとポケットに入れて持ち歩く美穂の神経が知れなかった。
「え、なんでそんなの持ってるの?」
「途中で見つけた小屋に置いてあった。この島、至る所にゲームに役立つアイテムが置いてある小屋があるみたいね」
美穂はトップスの裾を上げる。スカートと腰にハンドガンが挟まっていた。どうやら島中の小屋から武器をかき集めたようだった。しかし、むしろ頼もしいくらいだ。危ない目に遭った時は、美穂に守ってもらうと夏名は考えた。
「でも、人を殺すのはダメだからね?」
「わかってるわよ。まだ誰も殺してないから安心して」
「ちょっ! これから殺すみたいに聞こえるんですけど!」
ザザッ
「……!?」
前方の草むらが揺れた。美穂は咄嗟にハンドガンを手に取って構える。夏名は美穂の慣れた手つきに驚く。
「矢口さん……?」
「うぉ!? 美穂!」
「なんでそんなの持ってんの!?」
草むらから出てきたのは詩音と孝之、風紀だった。美穂はハンドガンを握る腕を下ろした。
「実はね……」
馴れ合いを好まない美穂の代わりに、夏名が口で説明した。
「残り14人、だいぶ減ったな」
榊がスマフォで生存者の数を確認する。榊の周りには、近づいてくる者を警戒する国雄と正木がいた。二人で榊の罪をひた隠しにする。
「このまま順調に減るといいがな」
「それより、今のうちに俺達が残った場合の対策を考えないと」
「あぁ」
榊は木々の間から差し込む光を見つめる。そして、江波との記憶を思い返す。
「……」
榊は真面目な人間が嫌いだった。真面目な人間を見ると、自分の不甲斐なさが際立たれ、余計に背徳感を覚えるのだ。江波はC組の中でも気持ち悪い程に真面目だった。彼のまっすぐな姿が、一層榊の怒りを駆り立てた。
「榊……君……」
水浸しになった江波は、信じられないものを見るような目で榊を見た。世の中には勝者と敗者が存在する。江波が勝者であり、自分であることが許せなかった。
「……やれ」
榊の仲間は命令を受け、江波に暴力を振るう。榊は自分の不甲斐なさを、江波の惨めな姿を眺めることによって解消させた。江波の顔に傷をつくることで、反対に自分の心に挟まった無力感を取り除くことができるような気がした。
結果、江波はいじめが始まった二ヶ月後に自殺した。当初は罪悪感に苛まれたが、なぜかその感情はすぐに消えてしまった。何と言うか、罪悪感は抱いてはいけないという考えが芽生えた。
自分のしたことに間違いはないと思わなければ、存在しないはずの罪悪感はすぐに姿を成し、自身に襲い掛かる。
「……」
江波を自殺に追い込んだのは間違いなく自分だ。そして、自分は確実にこのゲームの犯人として設定されている。しかし、過去の過ちがクラスメイトに知られれば、それがいずれ世間へと知れ渡り、社会的に抹殺される。
「何としても隠し遠さなければな」
自分の命を守るためならば、クラスメイトを手にかけても構わない。榊は覚悟を決めた。
ザザッ
「榊、誰か来る」
榊は瞬時に音のする方へ顔を向けた。それはすぐに現れた。
「見つけた。まさか三日もかかるとはな」
草木を掻き分けて出てきたのは将太だった。怒りだけをじっくり煮詰めたような瞳を浮かべ、草木をかき分けてやって来た。
「ようやく……見つけた……」
将太は何かを確信したように呟く。対して榊は少しも動じない。
「知ってんだよ、お前が江波をいじめてたことは。自殺に追い込んだのも、どうせお前だろ!」
「……」
怒鳴り散らす将太に、榊は沈黙で応える。自分に向けられた将太の指先をじっと見つめる。
「つまり犯人はお前だ」
「だとしたら?」
「許せねぇ……舞が死んだのはお前のせいだ! 今すぐお前の悪事を剣崎に伝えて、ゲームを終わらせてやる!」
将太の怒りを形成するものは、ほとんどが舞を殺された憎しみだった。恋人を目の前で銃殺され、訳もわからないゲームに翻弄される。こんな目に遭ったのは榊のせいだと、何の疑いもなしに叫んだ。
「うぉぉぉぉ!!!」
将太は榊目掛けて飛びかかった。力ずくで取り押さえ、剣崎先生の元へ連行するつもりらしい。
「……今だ、やれ」
ガッ!
「うっ!?」
鈍い音が響き、地面に血潮が走る。将太はその上に重なるように倒れる。硬いもので殴り付けられたような痛みが、将太の頭を襲う。
「な、あ……」
「悪いな。これ以上俺の悪事を誰かに知られるわけにはいかない」
将太の視界に写ったのは、鉄パイプを握り締めた正木だった。国雄も同じものを持っている。表面にこびりついた赤い血痕が生々しい。
「二人共、トドメを刺せ」
「おう……」
「あぁ……」
正木と国雄は同時に鉄パイプを振り上げた。
グチャッ!
《1番 相生将太 死亡、残り13人》
「もう時間か。早ぇなぁ」
剣崎が腕時計で時刻を確認した。時計の針は11時58分を示していた。いつものように一日一人の犠牲者を決める抽選を行う。そして選ばれた者の殺害を、使者に命ずる。剣崎は慣れた手さばきでタブレットを操作する。
「いい加減この地獄を終わらせられる奴は出てこないのか」
犠牲者に選ばれた生徒の写真に、血痕でバツ印が付けられる。
「……お? ちょうどいいじゃねぇか」
プルルルル……
「わっ!」
風紀は振動するスマフォに驚く。時刻は正午、本日の犠牲者の発表だ。生徒達は恐る恐るメールを開いた。
『よう、お前らそろそろ慣れた頃か? いよいよゲームも残り半分を切った。気合い入れて挑めよ』
ゲームの恐怖にはまだ怯んでばかりいるが、剣崎の腹立だしいメールの文面には慣れた生徒達。誰もが自分は当たらないでくれと願い、抽選の結果を確認する。
『今日の抽選の結果だ。選ばれたのは美空夏名、お前だ。ここまでよく生き残ったが、残念だったな』
「……え? 嘘でしょ……私?」
夏名の背筋に悪寒が走る。数ある生存者の中から、自分が選ばれたことが不条理に感じて驚きを隠せない。自分はこのまま使者に殺されてしまうのか。
「そんな……夏名ちゃん……」
本人と同等か、もしくはそれ以上に詩音も動揺していた。今目の前にいる仲間が、これから使者に殺されるという運命に縛られている。またしても仲間が犠牲になって消えていくなど耐えられない。
「どうしよう、このままじゃ夏名ちゃんが!」
「みんな、美空を守るぞ。剣崎は使者を使って美空を殺しに来る。使者の攻撃を防ぐんだ!」
孝之と風紀、そして詩音は周りを警戒し、これから来るであろう使者の攻撃に備える。
「いいわね。この際、剣崎に協力する裏切り者の面を拝んでやろうじゃないの!」
風紀は念のため、用意していた折り畳み傘を武器として構える。
「みんな……」
「夏名ちゃんは絶対に殺させない!」
詩音は必死に夏名を背中に隠した。
バァン!
「……え?」
凄まじい銃声が耳をつんざく。次の瞬間、詩音の頬を生暖かい液体が触れた。
バタッ
視界には胸を赤く染めた夏名が倒れていた。一声も発することなく、彼女は生き絶えた。
「夏名……ちゃん……?」
夏名の死体を見て、初めて頬に触れた液体が彼女の血渋きであることを理解した詩音。頭では理解していても、体が理解することを拒むようにガチガチに固まっていた。夏名は詩音達の目の前で銃殺された。
《23番 美空夏名 死亡、残り12人》
「……おい」
孝之は情けない声を上げた。夏名が殺されたことではなく、目の前に広がる光景に唖然とした。
「何やってんだよ……矢口……」
詩音は美穂の方へ顔を向けた。彼女は腰にあったハンドガンを握っていた。銃口から微かに煙の臭いがした。彼女は仲間を殺しても尚、冷静に呟いた。
「……私が使者よ」
* * *
生存者 残り12人
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