第5話 告白編


《秋だ 秋が来た

 今年も豊作 さあ皆で祝おうぞ》




*Ⅰ エトランゼ


 朝から街中を歩き回っていて、さすがに足がくたびれて来た。

 道の脇に座り込むと、街中から聞こえくる歌に耳を傾ける。

「数日かけてもまだ周り切れてない…か」

 屋根で区切られ四角くなった空を仰ぐ。

「見付けられっかな……」

 自信なさ気に呟いて、これから進む路を見た。くたびれた猫がこちらを見ていた。

 きっと広場は物が溢れているのだろう。

 きっと皆は浮かれているのだろう。

 きっと皆は気付かないだろう。

 数え切れない物の中から、数個の食物が消えただけでは――。

「管理が甘いね」

 誰に言うでもなく呟いて立ち上がると、彼を見ていた猫も腰を上げた。道案内のように、ピンと尻尾を立てて前を歩いていく。

 行く宛が無い訳じゃない。どちらかというと、今すぐにでも戻らなければならない場所があるのだが……。

 祭で賑わう広場の中、自分を探しに来たらしい二人組を見かけたが、ばつが悪くて逃げて来てしまった。

 前を行く猫は、時折耳をぴくりと動かしては振り返り、また知らん顔をして歩いていく。

 一人でこっそりと戻る事も出来るが、組織的な場所はどうも苦手らしい。

 そんな事を頭の中でぐるぐる考えているうちに、猫はどこかへ行ってしまった。

「困ったな……」

 この街はとても複雑な造りをしている。

 考え事をしながら歩いて来たせいか、路を覚えていない。

「(超巨大立体迷路……)ふー…さっすが王都」

 そんなに歩いていないはずなのに全く知らない所へ来てしまうとは。

 さてどうしたものかと考えていると、近くの建物から悲鳴が聞こえて来た。

 そこは一軒の古本屋だった。



  * * *



「(『Cr…』……こっちか。あれ?)おーい。ラジスト起きろ! この本、メモに書かれている数字と合ってないぞ?」

 アルは、本の中に埋もれて眠りこけているラジストに呼び掛けた。

 本の山が少しだけ動く。

「お前な……人呼んどいて本棚整理させといて、何一人だけ寝てんだよ。もう昼になるんだぞ?」

 そう言われたラジストは少しだけ目を開け、アルを見るとまた閉じた。

「起きろ。タレ目」

 アルは近くにあった分厚い本を、彼の腹目掛けて落とした。

 「ぐぇっ」っという声が聞こえ、ラジストが腹を抱えるのが見えた。

 それでもまだ起きようとしない。

 アルが次の本に手を伸ばし、絶妙なバランスで積み上げられた本の山から一冊、引き抜こうとした。

 危険を察知したラジストが制止の声をあげたが間に合わず。高く積まれた本の山は、二人に向かって雪崩となった。

「「わぁー!!」」

 最初から埋もれていたラジストはもちろん、台の上にいたアルまでもが本の中に埋もれてしまった。

 本の山がごそごそと動いている。

「っぶは!」

 程なくしてアルが山の中から這い出して来た。

「ゲホゲホ…ッ。し、死ぬかと思った……」

 本の中から抜け出して、外に出る準備をする。

 ぼさぼさになった髪を手櫛で直し、剣を差し、そしてラジストに一言。

「お前なんかずっと寝てろ」

 そう言って店を出た。


「(どうせ聞こえてないんだろうけど)……!」

 店を出るなり、見知らぬ青年と目が合った。どうやらずっと店の中を覗いていたらしい。

 役人だろうか? ……にしては若すぎる。

 もしかして客? ……ラジストの店に客が来た事なんてあったか?

「(まあ何にしても)今はこの店閉まってるよ。また今度来た方が賢明だと思うけど?」

 青年は首を傾げ、少し考える素振りを見せてから答えた。

「……ああ。この店に用があって来たんじゃないんだ」

 軽く跳ねた髪、アルよりも年上のように見えるが少年っぽさの残った感じ……そして、赤みの差した青い目に、アルは不思議なものを感じた。

「(何なんだろう。何か他人とは思えないような……)」

 と考えているうちに、自分の手が彼に捉えられてしまった。

「(なななななっ…ん何なんだ)!?」

 動けない。

 突然の出来事に、アルの頭の中はパニックを起こしてしまっていた。

「お嬢さん、良ければオレとデートしない?」

「(へ?)」

 アルは耳を疑った。

「(お…《お嬢さん》だって!?)お前…俺が女に見えるのか?」

「……《男だ》とでも?

 それから、オレは《お前》じゃなくてエ・ト・ラ・ン・ゼ。名前で呼んでよ」

「今会ったばかりの人間に、そんな筋合いは無い」

「つれないなぁ~」

 何だか訳の分からない奴だった。

 髪はこの間短くしたばかりだし、腰には剣を差している。

 髪が伸びていた時でさえ周りに男だと思われていたのに、さらに短くした今、まさか《お嬢さん》と呼ばれるとは思ってもいなかった。

「(……まあ、いっか。急ぐ用事も無いし、まだ日も高い)少しなら付き合ってやってもいいけど」

「ホント!? あぁ~助かった。この街、迷路みたいで困っていたんだ、実のところ」

「…要するに迷子か」

「あはは。ズバリそういうこと。猫の後ついて歩いていたらこんな所に来ちゃって……」

 本当に訳の分からない奴だった。


 広場はいつもに増して賑やかだつた。

「はい」

 目の前に出されたパンを、アルは黙って受け取った。

 二人で露店を見て回る中、ふとアルの足が止まった。

「どうしたの?」

「…いや、別に……」

 エトランゼに声をかけられ、ごまかすように目を逸らす。

 城門のすぐそこ。エルニドがいた。

「(…あんな所で何してるんだ?)」

 その時、人込みの中から聞き覚えのある声が響いた。

「見つけたぁ~!」

 振り向くとそこには、こちらを指差す茶髪の少女と、その後ろを人込みをかき分けて保護者のようについてくる黒髪の少女がいた。

 王都保安部隊のソフィアとクルドだ。

「(やばい)」

 アルはその場から逃げ出そうとした。

 ソフィアはともかく、クルドに捕まると厄介だ。

 ただ、エトランゼに手を握られていて離れることが出来ない。

 焦るアルを見て、エトランゼは聞いた。

「どうしたの?」

 「いや、別に」と言いたい所だったが、今度こそは離れないと危ない。

「大事な用を思い出したんだ。えっと…じゃな!」

「待って! お嬢さん、君の名前は?」

 クルド・ソフィアとの距離はどんどん縮まってきている。

「(こんな時に何言ってんだよ!)その《お嬢さん》ってのやめろ。

 俺は《アル》だ。じゃな」

 エトランゼの手を無理矢理解くと、走り出した。

 アルの姿はすぐに見えなくなった。



 * * *



 店の中は本で埋め尽くされていた。

 ここから悲鳴が聞こえたと思ったんだけど…気のせいか?

 程なくして一人が崩れた本の山から這い出てきた。窓ガラスが曇っているせいで顔までははっきりとは見えないが、大体の形や動きは分かる。

 髪を直し……剣を持って……あ、出て来るのか。

 店から出て来たその人を見て、オレは直感で女だという事に気付いた。

 彼女は、オレを頭のてっぺんから爪先まで見てからこう言った。

「今はこの店閉まってるよ。また来た方が賢明だと思うけど?」

 何の事だろう?

「……ああ(もしかして客と間違えたのかな?)この店に用があって来たんじゃないんだ」

 その時初めて見た彼女の目は綺麗な藤色をしていて、オレは唄の一部を思い出した。

《赤紫は怒りの色 青紫は悲しみの色》

《紫》……

 彼女が今回の捜し人…?


 自分でも無意識のうちに、オレは彼女の手をとっていた。

「お嬢さん、良ければ僕とデートしない?」

 彼女の動きが止まった。

「お前…俺が女に見えるのか?」

 どうやら頭の中を整理していたらしい。

 短い髪、腰には剣、中性的な顔立ち、言葉遣い……まあ、男に見えなくもない。だけど、どこか違う。

「…《男だ》とでも?

 それから、オレは《お前》じゃなくてエ・ト・ラ・ン・ゼ。名前で呼んでよ」

「今会ったばかりの人間にそんな筋合いは無い」

 すっぱり切り返された。

 うーん。仲間にするのはなかなかに難しそうだ。

 まあ、今仲間に出来なくても、オレが知っている場所までは道案内してほしいな。

 そんな事を思っていたら、彼女の口から思いがけない言葉が出てきた。

「少しなら付き合ってやっても良いけど」

「ホント!? あぁ~助かった。何かこの街、迷路みたいで困ってたんだ。実のところ」

「…要するに迷子か」

「あはは。ズバリそういう事。

 猫の後ついて歩いていたらこんな所に来ちゃって…」

 何だか呆れたような顔をされた。


 広場はやっぱり賑やかだった。

「はい」

 オレは彼女にパンを手渡した。

 二人で露店を見て回っている途中、ふと、アルの足が止まった。

「どうしたの?」

「…いや、別に……」

 彼女は城の方を見ていた。本当に何も無かったのか?と聞こうと思って彼女の手を握ったその時、人込みの中から声が響いた。

「見つけたぁ~!」

 振り向くとそこには、こちらを指差す茶髪の少女と、その後ろを人込みをかき分けて保護者のようについてくる黒髪の少女がいた。

 二人とも王都保安部隊の制服を着ている。

「(…見つかっちゃった)」

 オレはただそう思っただけだったけど、アルがその場から逃げ出そうと焦っている。

 分かっていながら、わざと手を強く握っていた。

「(? なんで逃げようとするんだろう?)どうしたの?」

 オレは彼女を見て聞いた。

「大事な用を思い出したんだ。えっと…じゃな!」

「待って!」

 走り出そうとする彼女を呼び止めて、一つだけ尋ねた。

「お嬢さん、君の名前は?」

「その《お嬢さん》ってのやめろ。

 俺は《アル》だ。じゃな」

 オレの手を無理矢理解くと、走り出した。

 アルの姿はすぐに見えなくなった。


 その後すぐにオレは城の宿舎まで連れ戻される事になるんだけど、《紫の目のアル》……彼女にはまたすぐに会える気がした。




 * * *


*Ⅱ 王都保安部隊


「まったく。何でこんな時に…」

 しなやかな黒髪を揺らしながら歩くクルドの口から出て来るのは、さっきから文句ばかり。

 その文句を聞かされているはずのソフィアは、とても楽しそうに周りに立ち並ぶ店を見ながら歩いている。

「こんな祭の日には人探しどころか、ソフィア、あんたがいなくならないように見てなきゃいけないんだから……。余計な仕事増やさないでよね。分かった? ――っていうより聞いてる!?」

「うん」

 野良猫と戯れるソフィアの軽い返事に、また文句がこぼれる。

「……その返事の仕方は聞いてないでしょ」

 やはり、しばらく一緒にいると相棒の行動パターンというものが見えるようになってくるらしい。おかげでここしばらく、眉間に縦線の跡が定着しつつある。

「もー…毎回毎回街に出て来る度、目ざとくかわいい物置いてる店見つけては入って行くし」

「うん。でもさ、その後はクルドも一緒になってかわいいの見てたよぉ~」

「う…」

 そう、連れ戻しに行ったはずのクルドも、ソフィアの見つけた店で一緒になって置いてある品々を見ていたのだった。

「クルドも女の子だねぇ」

 いつかそんな事を言われた記憶がある。


「クルド……」

「ん?」

 ソフィアが指で指し示したのは通りのずっと先。

 目を凝らして見てみると、青年が二人…手を繋いでいる。

「本当にあれなの?」

 クルドがうかがわしげに聞いた。

 対するソフィアは自信あり!といった顔だ。

「うん。ほらこれ、隊長に貰った似顔絵にそっくりぃ~。

 エトランゼ見つけたぁ~!!」

 ソフィアは通りの向こうまで聞こえるように、ありったけの声で叫んだ。

 手を繋いでいた片方が声に気付いて先に振り向いたが、もう片方に何か言うと走って消えてしまった。

 近付いていくと、残された方は二人の探していた人物・エトランゼだった。

「ね、言った通りでしょぉ~」

 ソフィアは自慢気に言った。

 でも、それよりもクルドが気になったのは――。

「今、走ってった方…誰?」

「…《アル》だって」

 エトランゼがこちらも見ずに答える。

 その目は、とっくに姿を消して見えなくなったアルを見続けているように、ずっと遠くを見ていた。


 王都保安部隊宿舎――の食堂。

 呼出しがかかって、十二番隊のほぼ全員が集合していた。

 ただ、隊長のアトラスだけがその場に居なかった。

「……ソフィア、隊長は?」

「うん。部屋にも居なかったの~」

「またか……」

 クルドは近くにあった椅子に座った。

「皆も座っていいよ。隊長が来るまで――自己紹介でもしてもらいましょうか」

 傍らに座っていたエトランゼを皆の前に押し出し自己紹介をするよう促すと、彼は軽い調子で自己紹介を始めた。

「どーもー。副都から来ました。エトランゼでっす!

 今回ここに来た目的は…んーそうだなぁー。あ、君。そこの赤いリボンの……そう君! ちょっとこっちに来て」

「?」

 彼が指名したのはソフィア。

 エトランゼは、近付いて来たソフィアの肩に手を回し、

「かわいい女の子をナンパしに来ました!」

 笑顔で言った。……が、言い終わったちょうどその時、ゴスッという鈍い音がして、彼は頭を押さえてうずくまった。

「ってぇ~!」

「くぉらっ!! オレの部下に手ェ出すな」

 いつの間に来たのかエトランゼの後ろにアトラスが――エトランゼの頭に落とした拳をまだしっかりと握り締めたまま――立っていた。

「第一、そんな理由ならうちで預かったりせん」

「アトラスさん、意外と厳しー」

 アトラスはエトランゼを一睨みしてから皆の方へ向き直り、

「こいつがここへ来たのは、まあ、平たく言や《社会見学》みたいなもんだ。

 こんなひょろい奴だが、ソフィアと同じ位良い目をしている」

 と簡単な説明をした。

「《ひょろい》って、酷いな~」

 エトランゼの呟きも無視して話を進める。

「で、こいつの面倒見んのは……」

 言いかけるとほぼ同時に、隊員達はアトラスから目を逸らした。一人を除いて。

「クルド・ソフィア組だ」

 周りの隊員から安堵の溜め息が漏れる。

「ちょっ…待ってください! なんで――」

「ソフィアだけ目を逸らさなかった。――というより、これはもうとっくに決まってた事だからな。まぁ『頼りにしている』という事さ。仲良くしてやれよ。んじゃ、解散」

 こうして、隊長を待っていた時間の方が長かった召集はさっさと終わってしまった。

 そして、隊長の『頼りにしている』という言葉がどうしても納得いかないクルドに、仕事の項目がまた一つ増えたのだった。





 * * *


Ⅲ*昔話を語りましょう


 狭い通路、小さな空、…簡素な扉。

「…(開かない)」

 謎を謎のままで残しておきたく無くて、今日こそは聞こうと思って来たのに

「留守ならしょうがない。出直すか」

 扉に背を向けると、鍵の開く音がして、

「あらあらまあ。いらっしゃいアルさん」

 この家の女主人・エルニドが顔を出した。

 優しげな目と、緩やかに波打つ髪、両手には大きな布を持っている。

「ちょうど良い所に来てくれたわ。ちょっとこっちに来て下さいな」

 エルニドに言われるがまま家の中へ。

「はい、そこに立って」

 巻尺を取り出してアルの寸法を測り、メモしていく。

「……あの」

「《何をしているのか》って? 貴女に服を作ってあげようと思って……。だってアルさん、いつも男物の服を着て――あ、動かないで下さいね」

 喋っている間もエルニドの手は作業を止めない。

「……あの」

「――はい、どうぞお座り下さいな。

 私としては、時にはアルさんにも女の子らしい恰好をして貰いたいのよ」

 エルニドは広い机いっぱいに布を広げ、印を付けていく。

「男っぽい恰好の方が動きやすい」

「困った子ねぇ」

 ふふっと笑って布を裁っていく彼女の作業を見ながら、アルは呟いた。

「こないだ……教えて貰えなかった事を教えて貰おうと思って来たんだけど……(やっぱまだ無理か)」

 アルの言葉に、エルニドは手を止めて振り向いた。

「この間のこと……?」

「そう。昔の……小さい頃の俺とか、本当の家族のこととか…。教えてもらいに来たんだ」

 エルニドは、真剣な表情でじっと見つめられ、少し困ったように溜め息をついた。

「本当に困った子ねぇ。そうね、そこまでおっしゃられて教えないのは失礼でしょうし――少し、待ってて下さいな」

 それまで手にしていた道具を机の上に置くと、ぱたぱたと隣の部屋から大きな包みを抱えて来た。

 アルと向かい合って座ると、エルニドの知っている……アル自身は知らない過去を簡単に話し始めた。

「そうね……昔々、とはいっても十数年前の事。大きな湖と広大なりんご畑を持つ国に、一人の女の子が生まれました。」

「…それが俺?」

 尋ねるアルに頷いて、エルニドは話を続けていく。

「そうよ…貴女は御両親にとても愛されていたわ。もちろん、周囲の人達からもね。

 ――だけど、貴女が生まれた数ヶ月後…その国は戦火に見舞われました。

 私はその時、貴女を連れて逃げるよう、言われたのです。すぐに捕まってしまいましたが……」

 エルニドは少し俯いて力無く笑った。肩にかかっていた緩やかに波打つ髪がパサリと落ちる。

 辛さを自身の内に押さえ込んだまま、話し続ける。

「捕らえられて数年……ようやく貴女を連れて逃げ出すことが出来た。

 街の中を歩き回り、この家を見つけた――そのすぐ後の事です。貴女が私の目の前から姿を消したのは――


 ――そして、再会を果たした時には、街中を駆け巡る立派な《りんご泥棒》になっていたわね」

 エルニドの話は、そこで一端途切れた。

「俺の親って何してた人? エルニドさんは捕まってから逃げ出すまでの間、何してた? 誰に、何の理由があって俺はっ……」

 息が詰まる。

 知りたい、知らなきゃいけないことはまだまだある。知る権利がある。

 この問いかけに対する答えを持つ人物ではなくても、

「……どうして……俺は、呪われてんだ……」

 生まれて間もない幼子に呪いをかける理由が分からない。

 立て続けにぶつけられたアルの質問に、エルニドはゆっくり、順番に答えていった。


「アルさん――まず、貴女のご両親の事ですが……貴女は、自身の名前を覚えていますか?」

「俺は《アル》……《アルフェリア》だ。自分の名前くらい分かってる!」

「フルネームで言えますか?」

「そんなの……」

 長ったらしくて使わない内に忘れかけていた。

「アルフェリア・ルス・フォルス・コルディア――これが貴女の、本当の名前です」

「なっ……」

 『コルディア』――王族の証。

 子供すら知っている常識。

「……まさか」

「ええ。きっと今思い浮かんだ答えで正解ですわ、元王女・アルフェリア様」

 伝えられた事実はまだ一つ。でも十分動揺している。

「王と王妃は行方不明に。私は捕まってから逃げ出すまでの間、今で言う保安部隊に――その時の鎌がこれです」

 エルニドはさっき持って来た大きな包みを解いて見せた。

 死神を思わせるような大きな鎌がパーツごとに分けられて包まれていた。

「アルさんの次には、あの子達を守らなくてはいけませんから」

 エルニドが包みを元通りに戻しながら話を続ける。

「貴女が呪われた理由としては、あまり根拠の無い事は言えませんが…復讐でも恐れたのでしょうね。

 それなら呪いをかけるよりその場で殺してしまった方が手っ取り早かったでしょうに……どうしてそんな遠回りを? その呪いが逆にアルさんの力を強くしてしまっていることには、気付いていないようですし……」

「へ?(呪いが俺を強くしている? ってかさっきエルニドさん、危ない事言ってなかったか!?)」「ああ、安心してくださいな。私はアルさんを斬るなんて事、考えていませんので」

 エルニドは笑顔でそう言った。


 しばらく黙ってエルニドの作業を後ろから見ていたアルは、突然立ち上がった。勢いで椅子が倒れたが、そんな事には目もくれない。

「エルニドさん……」

「はい?」

 手を止めてアルの方を向く。

「確か、今やってる祭ってさ――」

「そうね。何を考えているのかは聞きません。止めもしません。

 ただ、貴女がそう思っているのなら、思うように進みなさい。相談くらいならいつでも受けますわ」

「うん――ありがと。行ってくる」

 アルは駆け出した。


 陽のあたる路に出て、祭騒ぎの広場についた。

(多分、もうすぐ……)

 アルが周りを見回した時、城の方角にいた人だかりから歓声が上がった。

 広場に集まった民衆に向け、手を振っているのは現国王・ダキア。

「(……あいつか)」

 アルはエルニドに教えてもらった通り、城の裏手へ回った。

 伸びた雑草に埋もれて、かなり古い戸板が据え付けられているのを見つけた。そこはかつての王がお忍びで街に出る時に使っていた場所だという。

 辺りに人の気配は無い。

 中に入ろうと戸板に手をかけた……が、開かない。

 押しても引いても動かず、他に仕掛けもなさそうだった。

「(……仕方ない)」

 アルは足を後方に引き上げ、一気に振り下ろした。

  バコンッ

 ぼろい戸板は見事に吹っ飛び、ついに敷地内に踏み入れる事が出来た。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る