第8話 彼女

「いつまでもこうやって殻に閉じこもって生きていくんだろうな。」

その後彼女から話しかけられることもなく、朝を迎えた。

丁度緊急入院の患者がいたため、仮眠も十分に取れなかったが彼女のことを考えずに済んだ。退院の手続きは夜勤帯の仕事で、送り出すのは日勤帯の仕事だ。これで推しと会うのは最後になる。

「失礼します。」

朝のバイタルサインチェックと同じ時間に退院の説明も行う。彼女の瞳の中に僕が映っているのを感じながらも、僕は見ないふりをしていた。

「あの私、何かしたならごめんなさい。」

僕は子供だ。ここまで自分のことしか考えられずに、盲目的に彼女と接していたことに気がついた。推しに謝らせてしまった。僕の態度で。せめて最後は、正直でありたい。

「違うんです。僕の方こそごめんなさい。自分のことを話すことが苦手で。今まで人の話を聞くのは好きだけど、自分のことを知りたいと思ってくれる感情は嘘だと思うことがあって、素直に話せないんです。天宮さんは僕に自分のことを話してくれたのに。上手く出来なくてごめんなさい。多分自己肯定感が低いんだ。母親との話も、どうしても美談に出来ない部分があるのに、上手く話そうと、美談にしようとする自分もいて余計に話せなかったんだ。」

一気に話した。後悔はしていない。彼女の瞳には相変わらず僕が映っている。

「そうだったんですね。…自分のこと話すのって難しいですよね。私も苦手です。でも、西木さんだから話せたんですよ。看護師さんだからって理由もあるけど、人として認めてくれるだろうなって思ったから。だから最後に西木さんの話がきけて嬉しいです。」

最後に、そう、最後だから素直になれた。タイムリミットが僕の背中を押してくれた。

「天宮さんと出会えてよかった。病院の『またね』は縁起悪いから言わないことにします。」

僕は病院を変えようとしている事は話さなかった。未練がましい別れ方はしたくなかった。

「また会えると思います。この病気と付き合っていくには通院も必要なことは理解しているし、無理しすぎてまた今回みたいな事になる可能性も少なくないし。でも、病院に来れば西木さんがいる。もちろん他の看護師さんも、お医者さんも。そういうのって安心材料だったりするんです。心が休める場所があるって。」

小さい頃からこの疾患と向き合ってきたのだろう。彼女の心構えは芯の強いものだった。「そう言ってもらえると嬉しいです。じゃあ、『またね』。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る