第6話 決心

「みんな君の味方なんだから。」


僕は、これでいいのかと探り探りで言葉を選んでいたつもりだったが、つい本音が出てしまった。僕の一言で、彼女の人生を変えてしまうわけにはいかない。あくまでこういう考えの人もいるということを伝えたかった。しかし、少し踏み込みすぎたかもしれない。

「私が今ほしい言葉をくださる人ですね、西木さんって。ありがとうございます。意識してなかったけど、確認したかっただけなのかもしれません。これで決心がつきました。納得してもらえるように親とか医師にも話します。事務所とかメンバーにも、ファンの人には少し遅くなっちゃうかもしれないけど…理解してもらえるように話したいな。」

君のファンなら、信頼して大丈夫だよと言いたかったが、あまりに無責任なので辞めた。それはきっと、月日が経てば彼女自身が理解できるだろう。

僕は最後に、推しに少しでも関わることができてよかったと思う。完璧人間ではない僕は、いつか友人についポロッとこの出来事を自慢してしまうかもしれない。しかし、彼女の耳に直接届くことはないだろう。あくまで僕と僕の周りの人の思い出話として終わるだろう。色褪せることはない、永遠の思い出として。

「少しでも役に立てたならよかったです。天宮さんが思っているより、人はあなたのことをちゃんと見ていると思います。出来れば、信用できる人より、信頼できる人を探してください。因果関係なしに、仲良くできる人。もちろん家族もそうだと思います。その人達を、大切にしてあげてください。」

僕は短い人生で培った教訓じみたことを話した。アイドルとヲタクの関係ではきっと言えなかった。職業を盾にした事はずるいか。もう現場に行くことはないから許して欲しい。誰に対して許しを乞うているのかは自分でも分からない。

「…ありがとうございます。そうですね、信頼できる人か…。周りの人がみんな西木さんみたいな人だったら良かったのに。」

「そんな僕みたいな人がたくさんいても困るでしょう。僕の言ったことは母からの受け売りだし。」

「そうだったんですね。お母さん、いい人ですね。」

「うん、そうだね。厳しかったけど優しい人だったな。」

「だった…?」

「昨年亡くなったんだ。」

その時ピッチがなった。3号室の林さんだ、きっとトイレだろう。

「ごめん、行ってきます。」

この謝罪は、話が中途半端に終わってしまったお詫びでしたつもりだったが、果たして戻ってきていいのだろうか。僕の話を推しに聞いてもらっていいのだろうか。

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