第11話 ウホ(むつかしい話してるわ)
『勇者協会』の設立は、キアラの想定よりも素早く始まった。
唯一、大陸首脳会議で反対していた聖リューズ王国ではあるものの、結局のところ各国の首脳が賛成票を投じ、多数決の結果決まったことを覆すほどの権力はない。
だが、かといって各国が聖リューズ王国を見下しているというわけではない。あくまで『勇者協会』に所属している者は、かつて聖リューズ王国が召喚した伝説の勇者、ヤマト・サヤマの血を引く者を中心として構成されているのだ。そのため、『勇者協会』設立の根幹には、どうしても聖リューズ王国が存在する。
それゆえに、そこに忖度が発生した。
それは、『勇者協会』の本部を聖リューズ王国の首都に置くこと。
「……すまんな、キアラ。余には止めることができなんだ」
「仕方ありません……国民も、好意的に受け止めております。家臣からはむしろ、勇者様以外の職業勇者を認定すべきだとの声も上がっておりますし」
「まったく……針の筵とはこういうことを言うのだな。お前にも苦労をかける、キアラ」
「いえ、父上。勇者様の実力を、これから示せばいい話です」
私室で、はぁぁ、と大きく溜息を吐くオティア一世。
それは王と姫の会話ではなく、父と娘の会話だ。他に誰もいない私室の中でだけ、オティア一世――ロミーツ・オティア・リューズとキアラ・リューズは、親子として話す。
ただし――。
「勇者殿も……同じく苦労をかけて、本当にすまない」
「ウホ?」
「本当ならば、余が家臣どもを押さえつけ、勇者殿こそ真の勇者であると示すべきところだ。だが……世論が『勇者協会』の設立に対して好意的に動いており、各国も職業勇者を次々と認定している。勇者殿には面白くない話であろうが、どうか堪えていただきたい」
「……ウホ?」
そこにはオティア一世とキアラ――そして、勇者が同じく座していた。
もっとも、二人が椅子に座っていることと異なり、勇者は地べたに座り込んで首を傾げているだけである。
無論、オティア一世も勇者に言葉が通じないことは知っているため、これはある種の自己満足のようなものだった。
「しかし、勇者殿と随分仲良くなったようだな、キアラ」
「はい。最初こそ全く見向きもされませんでしたが、ようやく信頼関係を築くことができてきたと考えております。ある程度ならば、言葉も通じるようになりました」
「おお、そうか。では、勇者殿の言葉も?」
「いえ……あくまで、わたくしの言葉を理解してくださるだけです。勇者様のお言葉は……やはり、どのような翻訳の魔術をかけても、解読することができない状態です」
「……そうか」
尻を掻きながら、くっちゃくっちゃと何故か咀嚼している勇者。
とても、その姿は勇者とは思えないものだが――。
「勇者殿は、恐らく異世界の王であろう。もしかすると、キアラのことを自身の家臣だと思っているのやもしれぬな」
「まぁ……そうであれば、嬉しく思います」
「余としては、ようやく勇者殿が腰布を巻いてくれたことがありがたい。これで、公式の場にも呼ぶことができる」
「ウホ」
オティア一世が見やる、勇者の腰――そこには、一枚の布が巻かれている。
決して服とも呼べない、貧相な布だ。だが、それでも今まで全裸だったことに比べれば大きな進化である。
「それで、父上」
「うむ」
「ギガンツ王国では、ヤマト・サヤマの血を引いていない者が勇者として認定されたと聞きましたが……」
「うむ……それがまた、頭の痛い話だ」
はぁ、と溜息を吐くオティア一世。
既に、『勇者協会』の設立が決定してから二月――状況は、大きく動いている。
本部は現在、聖リューズ王国首都ギャオ・アンへと建設中であり、そこには各国から職員が配備される予定だ。そして各国から提供される『勇者協会』運営資金の中から、所属している勇者には一定の支給金が与えられるという体制が作られようとしている。
さらに所属している勇者に対し、その貢献度の高さから序列を作っていく形式も検討されているそうだ。序列が高ければ支給金も多く、かつ『勇者協会』への特権も与えられる。その代わり、一定の貢献をしていない者からは勇者の地位を剥奪する形となる。
まさしく、実力主義と言っていいだろう。
「ギガンツ王国が先日認定した勇者は、冒険者として名を馳せていた者であるらしい。だが、王国内に出現した
「もう……誰でもいいから勇者にしてしまえ、という風潮ですね」
「そうだ。特に、ギガンツ王国が顕著に動いておる。既に、認定した勇者は二十数名にのぼるらしい。もはや、勇者の量産だ」
ふぅ、と小さくオティア一世が嘆息する。
低級の魔族を倒したというだけで、簡単に勇者になることができる――それはまさしく、粗製濫造と言っていいだろう。
「そんな粗製濫造勇者たちは……一月後には聖リューズ王国に集まり、『勇者協会』設立の式典に参加するそうだ。余は一応、来賓という形で招待を受けておる」
「……はい。我が国から参列する勇者は、勇者様おひとりだけです」
「まったく……そのような式典を開くなど、愚の骨頂だ」
「しかし……父上」
キアラはそこで、眉を寄せて父――オティア一世を見る。
「最近は……以前に比べて、各国に魔族の出現が頻発するようになったと、伺いました」
「ああ。今のところ我が国には現れていないが、ギガンツでは既に二十数体もの
「しかし、
「うむ……それは、余も不思議に思っていたが……」
「ええ……ですが」
キアラの懸念は、オティア一世も同じく持っている。
むしろ、低級の魔族ばかりが出現している現状に、違和感を抱いていない者などいないだろう。本来ならば、低級の魔族を指揮する上級魔族が出現してもおかしくない。
だというのに、その報告がない理由は――。
「もしかすると……魔王は、この状況を狙っているのかもしれません」
「何……?」
「かつて魔王を撃破した勇者、ヤマト・サヤマ……その血を引く子孫を炙り出し、一網打尽にするために、敢えて下級の魔族ばかりを使役しているのかも……」
「むぅ……」
キアラの言葉に、オティア一世は眉を寄せ。
そして小さな溜息と共に窓の外を見た。
「であらば……もしかすると、式典の際に何者かが現れる可能性があるということか」
「はい。
さらに
オティア一世はキアラのそんな言葉に対して、笑みを浮かべた。
「だが……それであれば、むしろ我が国の面目が保てるというものだ」
「えっ……」
「勇者協会の式典を狙ってくるならば……その中には、我が国の誇る勇者殿がいるのだからな」
オティア一世は、笑みを浮かべながら目の前に座す、最強の勇者を見る。
だが、そう視線を送った最強の勇者は。
どうでもいいとばかりに、鼻をほじっていた。
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