第4話 ウホ?(変な奴が増えたな。誰だ?)

「勇者様、お話があります」


 王宮の庭園。

 そこに存在する巨大な木――それは、宮廷が建てられた際に共に植えられたとされる樫の木である。長い聖リューズ王国の歴史を見守り、育ち続けてきた樹齢千年を超える巨木だ。ゆえに、誰も傷つけることがないように徹底されており、庭師ですらこの木には触れてはならないとされている、聖リューズ王国天然記念物の一つだ。


 そんな巨木の、枝の上。

 その枝の上に寝転がり、くっちゃくっちゃと咀嚼音を立てながらリンゴを囓っている勇者へと、キアラはその木の根元から声をかけた。

 ぽいっ、とキアラの目の前に周囲を囓られ、芯だけ残ったリンゴが落とされる。


「このたび、勇者様に対して我が国から、失礼があったことをお詫び申し上げます」


「……」


「わたくしは勇者様のステータスを拝見させていただき、凄まじいお強さのあまりに、勇者様お一人だけに魔王を倒していただきたいなどと、そのように誠に失礼なことを申し上げました。勇者様ならば、この世を支配しようと企む魔王を相手にしても戦えるなどと、そう考えてしまいました」


「……」


 もっしゃもっしゃ、と次のリンゴを囓っている勇者。

 ぎろり、と勇者は眼光鋭くキアラを見据え、胸元をぼりぼりと掻く。そして、そんなキアラの後ろに控える二人の姿を見て、再びリンゴの芯を捨てた。

 そう、後ろだ。

 今、キアラの後ろには二人、国内より選定された人物が立っている。


「ですが、我が国は考え方を変えました。勇者様がお強いことは勿論分かっております。しかし、勇者様お一人だけに魔王討伐をお任せすることは、非常に不義理な真似であると。そのため、国内より厳選した勇者様の仲間をお連れしました」


「……」


「ご紹介させていただいても、よろしいでしょうか?」


 嘲笑うかのように、鼻の穴に太い指を突っ込んでほじる勇者。

 しかしキアラは真摯に、真剣な態度を崩さない。キアラは勇者のステータスを知っているし、決してぞんざいに扱ってはならない存在だと考えているのだ。

 それに加えて、キアラは宮廷勤めの学者とも話し合い、勇者への対応を考えた。


 学者が言うには、勇者の文化は非常に低いレベルであるらしい。本人の凄まじいレベルと比べて、その文化は非常に遅れていると言っていいだろう、とのことだった。

 極めて少ない言語。衣服を着用しない習慣。歩行に両手を使用すること――その全てを考えると、現在の聖リューズ王国の研究から導き出された古代の文明と、非常に酷似しているのだとか。

 そして、その時代は強い者こそが偉いという、極めて単純なヒエラルキーを持っていたのが、特徴とされる。

 つまり。

 この勇者は、そんな時代における王であったのではないか、と。


 であるならば、それは世界が違えど他国の王である。

 そして王であるならば、自分より偉い存在などどこにもいない。つまりキアラは、勇者に対して謙り敬う必要があるのだ。それが勇者にとっては当然のことなのだから。

 鼻をほじるのも、胸元を掻くのも、眠そうに欠伸をするのも、こちらを見下して当然の存在であるのならば仕方ないことである。


「まず、国内でも随一の神官をお連れしました。神殿での学びを最年少で修め、まだ二十歳ながら中級の治癒術まで使うことのできる者です。必ずや、勇者様のお力になれると考えます」


「失礼しますぅ」


 後方にいた二人――そのうちの一人が、一歩前に出る。

 神官服に身を包んだ、背の低い女だ。まだ十六歳のキアラに比べて四歳も年上であるが、見た目だけならば少女にも間違われるだろう。この人物こそ、勇者の従者として相応しい神官である。


「私は、神官のモノリー・ステアーズと申しますぅ。このたび、勇者様の従者に選別されたことぉ、心より誇りに思いますぅ」


「……」


「これからぁ、よろしくお願いしますぅ」


 モノリーの間延びした挨拶に対しても、勇者はその姿勢を崩さない。

 勇者は支配階級であり、キアラやモノリーは支配される側なのだ。言うなればこの対面は、他国の傲慢な王への謁見と同じだと考えればいい。

 キアラは事前に、その件について二人に話している。決して怒らせてはならない相手である、と。


「そして魔術師として、わたくしが従軍させていただきたいと思います。キアラ・リューズと申します」


「……」


「まだ若輩者ではありますが、属性魔術は中級まで扱うことができます。勇者様のお力になれるよう、今後も尽力してまいります」


 ふん、と興味なさげに鼻で笑う勇者。

 こちらの言葉は分かっていないだろうけれど、ある程度のニュアンスは理解しているのだと考える。自分に謙っていることも、勿論分かっているのだろう。

 そして同時に、見下しているのだ。

 キアラやモノリーのような弱い者が、どのようにして自分の力になるのだ、と。

 鼻の穴を膨らませ、犬歯を剥き出しにして笑みを浮かべている表情は、言葉が通じずとも小馬鹿にしているようにすら感じる。


「最後に、国内でも随一の戦士をお連れしました。騎士団に所属しており、二十二歳で既に中隊長を任されている実力者です。勿論、その強さは勇者様には到底及ばないものだとは考えますが、僅かにでもそのお力になれるかと思います」


「……」


「さぁ、ではご挨拶を……」


 キアラの促しに対して、一歩前に出るのは細身の女性。

 しかし、細いといえその体は、十分に鍛えられたものだ。鋭い眼光に頬に走った一筋の刀傷――それが、若い女性ながらも歴戦の騎士の風格を醸し出している。

 そんな女性は、その鋭い眼差しで勇者を見て。

 謙るでもなく、敬うでもなく、腕を組んだ。


「アンタが、勇者か」


「――っ!!」


「あたしは騎士団の中隊長、イヴ・アターニャだ。これ以上言葉はいらんだろう。ちょいと、あたしと立ち合ってもらおうか」


「イヴ! 勇者様になんという口の利き方を!」


 キアラの叱責に対しても、全く反省の色を見せない女性――イヴ。

 非常に腕が立つけれど、その代わりにどこか独善的なところがある。そう騎士団の幹部から言われてはいたけれど、まさか突然このようにケンカを売るような真似をするとは。

 そしてイヴは、キアラを睨み付けて。


「あたしは、あたしより弱ぇ奴に従うつもりはないよ」


「えっ……!」


「王族だろうが、敬うつもりはないね、姫様。王族だろうが貴族だろうが、斬られりゃ血が出るし死ぬときゃ死ぬ。殺せる相手なら、敬う必要がないってことさ」


「……」


「だから、アンタの実力をあたしに見せてみろ。アンタがあたしより強いのなら、喜んで従ってやるさ。こっちにおいで」


「イヴ!」


 くい、くい、と手招きをするイヴ。

 そんなイヴの挑発に対して、キアラの言葉に対しても、モノリーの言葉に対しても、どうでもいいとばかりに寝転んでいた勇者が。

 のそりと、立ち上がった。


「あ、あ……!」


 ぺっ、とリンゴの芯を吐いて捨てて。

 怒りをそこに湛えるかのように、眉を寄せて。

 そして、ようやく動いた勇者に対して、イヴもまた笑みを浮かべた。


「いいじゃないか。やる気になったかい?」


「ウホッ」


「アンタが素手なら、あたしも素手だ。条件は五分――心ゆくまでやり合おうじゃないか!」


「あ、あ……」


 キアラはここでようやく、自分の失敗に気付いた。

 イヴを騎士団の幹部から紹介されて、凄まじい腕を持つ戦士だという話は聞いていた。そして、会ったのは今朝が初めてだ。

 決して怒らせてはならない相手だと、口を酸っぱくして言った。他国の王族を相手にしているものだと思えと、何度も言い聞かせた。

 その代わり。


 勇者のレベルは999――それは、伝えていなかった。

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