第3話 ウホ(よく分からんが平和でいいな)

 この世界に魔王が復活し、聖リューズ王国が古の魔術によって異世界人を呼び出し、勇者と認定してから七日。

 聖リューズ王国の宮廷内は、荒れていた。


「一体、どういうことなのですか!」


「早くしなければ、我が国は他国の信用を失いますぞ!」


「うむ……」


 玉座の間。

 高い位置に座する国王――オティア一世と、その隣に侍るキアラ。

 そんな彼らに対して左右に分かれて並ぶのは、聖リューズ王国の重臣たちである。左宰相、右宰相を中心として、大臣や官僚などが勢揃いしている。

 それは全て、蘇った魔王、そして召喚した勇者への対応のため。

 左宰相ダニエル、右宰相ホランドの二人が、詰め寄るようにオティア一斉に向けて声を上げるのを、オティア一世は手を上げて制する。


「我が国は、古の盟約に従い、異世界から勇者を召喚した。それも、『情報開示ステータスオープン』で確認したところ、そのレベルは999……凄まじい以外の言葉が出てこない存在を、キアラは召喚してみせたのだ」


「ですが、陛下! その勇者は……!」


「今もなお、庭の木の上で惰眠を貪っているだけではありませんか!」


「う、うむ……」


 それがキアラの、オティア一世の、ひいては聖リューズ王国の目下の悩みである。

 最強の勇者は、召喚した。《情報開示ステータスオープン》により、それは間違いない事実だと分かった。少なくとも、聖リューズ王国の正規軍全てで掛かったところで、傷一つ負わせることのできない存在である。

 しかし、その勇者。

 召喚したその日に宮廷の庭にある大樹の上に登り、居眠りを始めたのである。


 まぁ、召喚というのが本人にどのような効果を齎すのかは、よく分かっていない。だから多分、急な召喚で疲れたのだろうと皆が判断した。

 しかし、それが既に七日。

 勇者が飢えないように、木の下にそのままでも食べることのできる果実や、簡単な食事は用意した。勇者はそれに対して全く見向きもしなかったのだが、夜になるとどうやら降りてくるらしく、朝には食べ物がなくなっていた。

 キアラも何度か木の上に向けて話しかけたが、勇者は全くこちらに見向きもしなかったのだ。


「せめて、言葉が通じれば良いのだが……」


「全ての、翻訳の魔術をかけました。しかし、勇者様には何の翻訳も通じず……わたくしには、ウホッ、ホッ、ウホ、以外の何も聞き取ることができません」


「逆に言えば、それだけの単語だけで会話が成り立つ文化だったということだ。我らの言語体系とは、明らかに異なるのだろうな……」


「古代語も試したのですが……それも、不発で」


 何度も何度も、キアラは試した。キアラの扱える限りの、翻訳の魔術を。

 しかし、何度やっても勇者が何を言っているのか、キアラには理解できなかった。そして、キアラが何を言っているのかも勇者には分かっていない様子だったのだ。

 何せ、キアラがこの国がどれほどの逆境に陥っているか説いても、勇者は鼻をほじるだけだったのだから。


「やはり、召喚をやり直すしかありますまい」


「しかし、勇者召喚は一度と『黒の大賢者』は遺しております。そもそも、勇者召喚自体が『黒の大賢者』にしか作ることのできなかった魔道陣です。そのお言葉に逆らうというのは……」


「ならば、あの野蛮人の勇者をどのように御するおつもりだ! 姫!」


「うっ……」


「明らかに、我が国に比べて文化の劣る世界から来たと思われる。恐らく、言語というものも存在しないのだろう」


「……」


 左宰相ダニエル、右宰相ホランドがそれぞれ、そう述べる。

 確かに、毛皮に包まれて服を着ていない姿は、非常に原始的だ。つまり、文明レベルはそれほど高くない――むしろ、非常に低いと考えていいだろう。言語という概念すら生まれていないほどの昔だと、そう言われても納得がいく。

 だが、かといって『黒の大賢者』が遺した手記に、逆らえば何が起こるか――。


「聖リューズは、勇者を召喚いたしました。そしてそのことは、既に各国に触れを出しております」


「ああ……」


「これで聖リューズが動かないとなれば、他国から誹られましょう。勇者を召喚しておきながら、その首に縄すらかけることができないのか、と」


「……」


 ダニエルの正論に、オティア一世が頭を抱える。

 事実、聖リューズ王国の現状はそれだ。聖リューズ王国が、小国ながら他国に認められていることも、大陸首脳会議では中央に座しているのも、聖リューズ王国にしか勇者を召喚することができないからだ。

 しかし、その勇者すら提供できないとなれば、聖リューズ王国のような小国に存在している価値はない。


「いかがでしょう、陛下。ここは、もう一度召喚の儀を行っては?」


「先、キアラも言っただろう。『黒の大賢者』は、手記にて勇者召喚は一度のみ、と書いてあるのだ。二度行えば、何が起こるか分からん」


「私もダニエル殿に賛成ですな。もう一度召喚の儀を行ってくだされば、話の通じる相手が来てくれるかもしれません。少なくとも、会話すらできない野蛮人に比べれば御しやすいでしょう」


「……話を聞いていたのか、ホランド。二度召喚を行ってはならぬ」


 左宰相ダニエル、右宰相ホランドの意見は完全に一致しているらしい。

 野蛮人の勇者ではなく、もっと理知的な勇者を召喚すればいい。もっと御しやすい勇者を呼んだ方がいい。

 しかしそれは、あまりにも自分たちに都合のいい意見――。


「では陛下、どうするおつもりなのですか?」


「……勇者殿に、どうにか力をお貸しいただけるように、尽力する他にあるまい。言葉は通じずとも、心は通じる」


「そのような理想が、本当に叶いますかな……あのような野蛮人に」


「ホランド! 勇者殿に失礼なことを……!」


「いっそのこと、もう聖リューズ王国から追い出してはいかがですか? 本当に勇者であるのならば、勝手に魔王のところに行ってくださるのでは?」


「ホランドっ!!」


「――っ!!」


 ホランドの、失礼極まりない言葉。

 それに対して、キアラははっ、と顔を上げた。


「父う……陛下っ!」


「む……む、どうした、キアラ」


「過去に勇者が召喚された記録を、わたくしは以前に確認いたしました。かなり古い文献ではありましたが……」


「あ、ああ、それが……?」


 キアラは、その内容を一言一句違わず覚えている。

 だけれど、あまりにもあの勇者のステータスが常軌を逸しすぎていて、そこに気付かなかったのだ。

 それこそ、ホランドの言う通り。

 一人で魔王のもとに向かっても、勝手に倒してくれそうな力だったからこそ。


「伝承には、こう残っております。勇者の旅立ちに対して、当時の国王は三人の仲間を与えた、と」


「む……」


「国でも随一の戦士、魔術の腕に長けた姫、そして回復の腕に長けた神官……この三人の仲間を、勇者にお与えになったのです!」


「つ、つまり……?」


「ええ!」


 オティア一世の疑問に、キアラは声高らかに答える。

 これこそが、勇者を動かすための鍵になるのだ。


「勇者様に、相応しい仲間を国内から選別しましょう!」


「……」


 キアラのそんな言葉に。

 オティア一世は少しだけ考えて。


「良かろう。試してみる価値はある」


「では、すぐに国内の腕の立つ者を集めましょう!」


 キアラは、そうオティア一世が頷くと共に。

 誰かが、「え、あの勇者に仲間って必要……?」と極めて常識的なことを呟いた声は、聞こえなかった。

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