第2話 ウホ(なに言ってんのか分からん)
魔道陣の上に現れた、異世界人。
その姿は、この大陸に住まう人間とは異なるものだった。体中を毛に包まれた、威圧的なまでに凶悪な面相。そして並の人間に比べて大きなその姿は、人間というより魔物に近い存在だと言えるだろう。
本当に異世界人であるのか、それすら分からない。
だが、伝説にも残る『黒の大賢者』が作った召喚の魔道陣を用いて、やってきた存在だ。魔物であるはずがないだろう。
つまり、ここにいる、この毛深い異世界人こそ。
勇者、なのだ――。
「……」
「……」
勇者は、何も言わない。
ただ、不思議そうにキアラを見て、それから勇者は周囲をぐるりと一周見回した。その視線は、まるで自分の文化とは異なる何かを見ているかのように。
一部始終を見ていたオティア一世もまた、ごくりと固唾を呑んで見守る。
「あ、あの、勇者、様……」
「……」
「わ、わたくしは、キアラ・リューズと申します。この聖リューズ王国の第一王女をしております」
「……」
「あ、あの、勇者様の、お名前は、一体……?」
ぎろりと、まるで睨んでいるかのようにこちらを見る勇者。
やや緩慢な動作で勇者はゆっくりと腰を下ろし、それから太い小指を鼻の穴へと入れた。まるで、こちらを馬鹿にして見ているかのように。
その所作の一つ一つが、恐ろしい。
機嫌を損ねれば、すぐにでも襲いかかってきそうな、そんな危うさを持っている。
この勇者は、異世界からやってきた存在だ。
数多に存在する平行世界――そのうちの一つから、魔王を倒すことのできる能力を持つ勇者が選別されて送られてくるのが、この魔術なのだ。そして当然、世界が違うということはその文化も違うということになる。
恐らく、その進化過程が自分たちとは異なる軌跡を歩んできたのが、この勇者のやってきた異世界なのだろう。
「……ウホ」
「う、うほ……?」
「ホッ」
「あ、あの……」
しかし難点は、先程から何度もかけている翻訳の魔術――それが、どれも不発しているということだ。
国が違えば、言語が違うのは当然である。ゆえに、他国との交渉や盟約を交わす際には、基本的に首脳へと翻訳の魔術が施されるのが当然なのだ。そして翻訳の魔術を施された場合、自分には相手の言葉が自国のそれに聞こえ、相手にはその生国のものに聞こえるのである。
ゆえに、それは異世界人にも有効だと思っていたのだが、先程から勇者が言っているのは「ウホッ」「ウホ」「ホッ」くらいのものであり、全くその内容が理解できない。
キアラの言葉が、向こうに伝わっているのか――それすら分からない。
「キアラ」
「は、はいっ、お父様っ……!」
「これは……失敗ということか? 余には、とても勇者とは……」
「お父様っ! そのような失礼なことを……!」
「だが……」
キアラも、薄々はそう感じている。
かつてこの大陸を救った勇者は、高潔な人物であったと記録されているのだ。最初こそ異世界ということで戸惑っていたものの、最後はこの国のために立ち上がり、魔王の討伐に赴いてくれたという。
そして何より、その勇者が持ち得たもの――それは、力。
この大陸の誰よりも強かったがゆえに、かつての勇者は魔王を倒すことができたのだ。
「実際のところ、その男……ええと、男、だよな? どのような力を……」
「は、はい……あ、あの、勇者様」
「ウホ」
「申し訳ありません。勇者様の、ステータスを見せていただいてもよろしいでしょうか?」
「……?」
キアラの言葉に、勇者は首を傾げる。
どうやら、こちらの言葉は理解してくれているようだ。だが、ステータスの概念については理解をしていないらしい。
ステータスとは、この大陸における全ての指針になるものだ。
生まれついての才能、重ねてきた努力――その全てが、ステータスによって示される。筋力や魔力、魔術耐性や武器適正、そして保有レベルを数値化し、所持スキルを示すことができるのが、ステータスであるのだ。
ゆえに、ステータスを勝手に見ることは犯罪とされている。必ず相手に同意を得て、その上で行わねばならないのだ。
「わたくしのステータスを、まずお見せいたします――《
キアラは、自身に《
これは、ステータスを確認するにあたっての等価交換のようなものだ。自分もステータスを見せる。だからあなたもステータスを見せてくれ。一方的に相手だけに情報を開示させるのではなく、自分から先に見せるのが礼儀とされているのだ。
何もない空中に、キアラのステータスが描かれる。
名前:キアラ・リューズ
職業:黒魔術師 レベル12
STR:25
DEF:38
INT:154
RES:102
DEX:88
LUK:21
武器適正
杖 レベル4
棍棒 レベル2
保有スキル
聖魔術 レベル12
召喚魔術 レベル10
白魔術 レベル3
まだ十七歳のキアラにしては、優れたステータスである。
一般的に、レベル10に達することができるのは、若い天才だけとされているのだ。ほとんどの人間は、三十歳までにレベル10に達することができないのである。
天才と称される人間が死ぬ思いで努力を続けて、老人になってようやくレベル50といったところだ。公式の記録においては、レベル55が現在の世界記録だと言われている。勿論、故人だが。
そんなキアラのステータスを、勇者は上から下までじっと見て、それからもう一度首を傾げた。
「これが、わたくしのステータスです。わたくしの……ええと、力の、数値です」
「……ウホ」
「勇者様の、これを……わたくしに、見せていただけませんか?」
「……」
勇者は、そんなキアラの言葉に少しだけ考えて。
それから、犬歯を剥き出しにしてこくり、と頷いた。
これは一応、了承してくれたということだろう。その事実に、ほっと胸を撫で下ろし。
「それでは、失礼します……《
キアラが勇者に、そう魔術をかけると共に。
何もない空間に、勇者の情報――その全てが描かれる。
名前:ドーラ
職業:ゴリラ レベル999
STR:9999
DEF:8954
INT:2546
RES:7034
DEX:8850
LUK:2558
武器適正
拳 レベル999
保有スキル
なし
「……」
「ウホ?」
「……」
そこに描かれた内容に、全く理解が追いつかない。
レベル10で神童、レベル30で天才、レベル50で偉人とされるこの世界において、このような数値など全く見たことがない。
表示されているステータスの数値も、また規格外のものだ。この勇者一人で、国が一つ滅ぼせるほどの代物だと言えばいいだろうか。騎士団が総出で向かっても、傷一つ与えることはできないだろう。
これが、勇者の資質――!
「申し訳、ありませんでしたっ! 勇者様っ!」
「……」
「このようなお力をお持ちの勇者様を、一瞬でも疑ってしまったわたくしを、どうか罵ってくださいませ! そして、どうか! そのお力でどうか、魔王を倒していただきたくっ!」
「……」
レベル999。
その存在感を前にして、ただただキアラは膝をつき、頭を垂れ、懇願した。
一瞬でも疑ってしまった自分が恥ずかしい。これほどの力を持つ人物を前にして、召喚に失敗してしまったのではないかと考えてしまった自分の愚かさに、気が狂いそうになってくる。
この勇者の。
いや、このお方の力があれば。
魔王を、倒すことができる――!
「……」
勇者は、ゆっくりと立ち上がり。
それから、頭を垂れたキアラへと近付いて。
その頭を、ぽん、と叩いた。
「勇者、様……?」
「……」
「お力を、貸していただけるのですか……?」
キアラは、頭を上げて。
それから、じっと勇者の、その凶悪な眼差しを見て。
勇者は、そんなキアラの言葉に、頷いた。
「ウホ」
そして。
やっぱり、何を言っているのかは分からなかった。
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