息を吸う ここで吸う 生きてく

【異世界モノ、ちょっと斬ってみた件について】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054895738317

【一編集者の思い】

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054882999287


 この二編を立て続けに読みましてね。私は趣味で書いてる身ですから、物語を書く人間はこうあるべしとか、業界の構造的な問題を上手く的確に述べたりは出来ません。でも、粗製乱造されているタイトルがあらすじになっているライトノベルらしきものの数の、その膨大さに辟易としている者の一人ではあります。そんな訳で、上記二編に書かれている事一つ一つに「そうそう。そうなんだよね」と膝を打っていました。


 流行に乗った異世界転生モノを書くにせよ、別のモノを書くにせよ、モノ書きとして守らなければならない事、守った方がいい事が的確に書いてあって素晴らしいです。是非ご一読頂きたい、なんて思います。


 さて、巷には【コミュ障】なんて言葉がありますね。コミュニケーション障害の略でありますが、この言葉をイコール陰気な人というイメージで使っている人が少なくない。根暗で陰気な人はコミュ障、朗らかで陽気な人はコミュ強(コミュニケーション強者)みたいに捉えるって感じですかね。


 これらはスラングですから、何が正しいとかを論じるのは愚かしい事なのかも知れません。でも、コミュニケーションが成り立っている、成り立っていないという部分に注目すると、【言葉を駆使して他人に自分の考えをしっかり伝えきる】事が出来る人こそ、本来の意味でのコミュ強ですし、それがとことん苦手な人がコミュ障と言えるような気がします。


 そして、小説を書く、というのは、【言葉を駆使して他人に自分の考えをしっかり伝えきる】に他ならないんですよね。ですから、小説を書いている人には論理構成力的にコミュ障はあり得ない。もちろん、性格的に引っ込み思案であるとか、とても大人しいとか、そういう事はあっても、「この人の説明は何がなんだかさっぱり分からない」と他人に思われるような人は、本来なら小説を書いている人の中には極小数しかいないハズだと私は思うんです。


 しかし、あらすじタイトルライトノベルを書いている人には本当の意味でのコミュ障、【言葉を駆使して他人に自分の考えをしっかり伝えきる】事がまるで出来ない人が多いんじゃないかという印象を、私は持ってしまいます。

 あらすじタイトルライトノベルを私はまともに読んだことがありませんが、読んでみようと試みた事は何度かあります。常に目が滑って滑って10行も読めませんでした。


 私も素人ですから、偉そうなことは言えませんが、アニメ化にちょうどいいライトノベルという金鉱脈を手放したくないが故に、小説を書く訓練を続けていれば、それはコミュニケーション能力を磨く事にもなる……という本来ならあるはずの構図が、小説投稿サイト自身の手によって壊されているな、って印象を持ってしまいます。


 読み取る力と、伝え切る力。せっかく文章を書く事が好きであるのなら、そこのトコロを鍛えて伸ばして行くのがいいよな、なんて思っています。


 私もまだまだですが、投稿した一編一編が、自分の力になっていくハズだと、そんな思いを持っています。



 と、いう事で、それでは聴いてください。

 ゆいにしおで【息を吸う ここで吸う 生きてく】

(良かったら、YOUTUBE等で【ゆいにしお「息を吸う ここで吸う 生きてく」】と検索してみてください)

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