第6話 夜会の終わりに


クローディア公爵は思い出す。


そのとき


フィオリナは


笑っていた。


”二つのパーティが迷宮に入ってどちらかだけが、無事で出て来れば、どうしたって、無事に出てきたパーティが犯人よねえ。”


死体は死体の中に隠すのが一番良いの。

だから、ちょっともっともらしい理由をつけてやれば、やつらはこの案に乗ってくる。


「で、ハルト殿下に、それがなにがしかのメリットになるのか?」

「いやあ、ちょっとした混乱を作ってやるだけ。あとはハルトが好きなように掻き回す。

あいつはハルトだから。」

娘はやっと目を伏せた。

ときどき、人を睨む悪いクセがあるだけに、視線を落とすととたんに彼女はひどく幼く見える。


疲れたようだった。


確かに。

突然の婚約破棄が身に心に応えていないわけはない。

類まれなる才能と美貌と、公爵家令嬢の地位はあっても結局、彼女は16歳だった。


それにしても。

と、夜会の会場でクローディア公爵は思う。


話はフィオリナの思惑通りに進んだ。



雑多の冒険者を迷宮に入れさせれば、ある程度の犠牲者を出る。

他にも犠牲者が出たのだから、ハルトの死も単なる偶然である。

決して、エルマートや彼のパーティの作為によるものではない。


ハルトから、衆人の前で面目を潰されるような形で婚約破棄をされ、彼に対して怒り心頭のクローディア公爵を、自らの派閥の集会に招待してみたところ、武術の腕も評判通り、派閥の中でも、キレものと評判のバルゴール伯爵とはかなり打ち解け、しかもエルマートが有利になるような提案をしてくれる・・・


これで少なくともクローディア公爵および、公爵家に対する王家と「夜会派」の評価はかなり上がったことに間違いはない。


“ひょっとすると本当に王妃のメがあるかもな。”

と、クローディア公爵は、心の中で思った。


エルマート「王太子」との婚約の話など、彼は話半分に受け取っていた。


王室ならば、王室同士。

近隣の諸国に、歳の見合う姫がいないわけでもない。


婚約の話は、クローディア公爵家の怒りが王室に向かわないようにするためのリップサービスで、たとえ、エルマートがフィオリナをいたく気に入っているのが事実だとしても、最終的には第二妃程度に落ち着くのではないか、とクローディア公爵は踏んでいた。


さて、王とエルマートが退出し、会場はさらに盛り上がり、と言えば聞こえはいいが、収拾のつかない乱痴気パーティの様相を呈してきた。


列席者たちは、夫人たちも含め、一夜の相手を見定めるため、道化たちの身につけた形ばかりの布切れをはがすゲームに熱中し、そうでないものは酔い潰れ、素面のものは三々午後に分かれて、何やら悪巧みに花を咲かせつつ、会場を後にする。


見た目は脳筋の司令官、実際はもう少し頭の回る我らのクローディア公爵閣下は、まわりからそう思われているであろう役柄、つまり、王太子に突然婚約破棄され、娘は寝込んでしまうは、怒りをどこにぶつけたらわからなくなっているところへ、王主催のパーティに参加してみたら、剣聖相手に互角の勝負をしちゃってやんやの喝采でいいとこ見せたり、新しい王太子から婚約の打診があったり、自分の進言が受け入れられて大いに面目を施したり、で、なんだか大事そうな役ももらったぞ、いやあ、気分良くなちゃった、今夜は呑むぞーーー、の田舎者貴族を正確に演じていた。


バルゴール伯爵からは、あらためて領地寄贈の打診があった。

これはかなりしつこく、おそらくバルゴールはバルゴールなりに、悪徳貴族には悪徳貴族なりの流儀というか仁義があるようで、これだけの利益を貰いっぱなしでは彼の悪徳貴族道に叛くようだった。

領地を断ると、宝物、レアアイテム、はては美姫と名高い某国の公女まで差し出そうとした。


クローディア公爵は酔ったふりをしてやり過ごした。


ブラウ公爵は、なにか話の糸口をつかもうと、あれこれと話しかけてきたのだが、最終的にはフィオリナの美貌をかなり性的な意味で讃えるものになったので、正直、クローディア公爵は辟易した。


クーレル子爵は、飲みつぶれて、退席するまでずっと、そばにへばりついてあれこれ武勇伝を聞きたがった。

最終的には一度彼の父であるバルト侯爵の屋敷を訪ねるところまで約束されられた。


パーティ会場もだいぶ人がまばらになりかけ、そろそろお開きかと思われたとき。


「わたしの勇者さま!!」


クリュークに連れられたリヨンだった。

獣のペイントは落としていないものの、短いマントを羽織り、多少は肌を隠している。


「クリューク殿、リヨン殿」


胸に手を当てての会釈は同格の貴族にするものだった。


「これはご丁寧な挨拶、痛み入ります。」

「丁寧すぎだよ、勇者さま。」


リヨンが肘で軽く、クローディアの胸板をこづいた。

マントがはだけて胸がチラリとのぞく。


「ともに王から大役を承った身となれば。」


「あはは、堅いね、勇者さまは。」

「リヨンが柔らすぎるのだ。」

クリュークは、片手でリヨンの髪をくしゃくしゃと掻き回した。


「失礼ながら、これを賭けての先の一戦。誠に見事な試合にございました。」

「成り行き上のこと。あの男にはよい薬になったでしょう。」


「わたしたちは、僭越ながら、この国の将来を憂いておりました。」

クリュークの物腰は変わらない。おだやかな笑みも。

「かの将軍閣下が『剣聖』では、エルマート王子の代までこの国は持たぬ、と思っておりましたが、ひとはまだまだおりますな、閣下。

例えば、北の守護神、アルドリス=クローディア公爵。」

「わたしは剣聖に負けたのですよ。策を講じ、よい勝負にまでは持っていきましたが、負けは負けです。

リヨン殿は、わたしを勇者と呼んでくれますがそんな大層なものではない。

少々、くたびれた辺境の戦士にすぎません。」


「勝負事に、たら、れば、は禁物かもしれませんが、例えばこれが真剣をとっての勝負ならいかが?」


クローディア公爵は苦笑した。


「剣聖殿は、愛用の魔剣ブエンとヨウエンを両手剣で使うだろう。

どうだろう、三合も打ち合えるかどうか。速さに加え、剣戟は両手からとなります。

まして、剣聖殿の剣を破壊するなどは問題外でしょう。」

「それは、閣下が儀礼用の刃引き剣を使って、剣聖だけが魔剣を使うという設定ですね。

それなら、閣下も愛用の剣を使うことにいたしましょう。クローディア公爵家に伝わる『狼帝』ロアではいかがです?」

「あと、わたしの勇者さまがもうちょっと、ほんのちょっぴり、本気になってくれるとして、ね。」


リヨンはにっと笑った。

顔にも獣の隈取が色濃く描かれてはいるものの、最初の印象よりは幼なげで、整った、可愛らしい顔立ちに見えた。

歳はおそらくフィオリナといくつも違うまい。


その笑い方にも、フィオリナを思い起こさせるものがある。

酔いが一瞬に醒めていく。


そこに悪意はない。ないのだが。


「我らのことをもっとよく知っていただく機会はこれからもありましょう。」

優雅なる外交官、あるいは手強い交渉人の顔をもつ冒険者は、ゆったりと微笑んだ。

「差し当たってお願いしたいのは、閣下直属のパーティの編成です。」


「パーティです、と?」


「見届け人として、実際に『魔王宮』にはいっていただくことも多々あるかと存じます。迷宮に入るのに、パーティを組むのは必然かと。」


場合によっては、見届け人ごと葬るか。

そう思ったとき、クリュークの笑みが、不意に龍の顎門に変わった。

錯覚・・・錯覚には違いない、がこれはクリュークの覇気。

気の弱いものなら失神しかねない。たとえば、そう、あの剣聖殿などは。


丹田に力を込めて、睨み返す。


「ほうほう、これはこれは!」

クリュークは嬉しそうに手を叩いた。

「ここまで、出来る、お方とは。

いよいよもって敵対だけはしたくはないものです。」


「もちろんですとも。さて、夜も更けてきました。わたしはこれでお暇致します。」

「おやおや、うちのリヨンは独り寝でしょうか。親交を深める意味でも一夜をともになされては?」

リヨンは、上目遣いにクローディア公爵を見上げ、ふふっと笑った。邪気のカケラもない少女のように。


さすがの公爵ももうお腹がいっぱいだった。


「そんなことをしたら、娘に殺されます。」


冗談めかしてそれだけ言って足早に立ち去る。

王宮でもかなり奥まったところにある会場から、出口に抜けるところで、クローディア公爵家の侍女から、コートと剣を受け取る。


「おつかれのご様子ですが、お屋敷に帰られますか? 宮中に寝所の用意もあるようですが。

可愛いお連れさまはどうされます?」

「屋敷に戻る。馬車を三の門に回すよう伝令に伝えてくれ…っておい、フィオリナ」

「シッ、父上、わたしはご飯もノドを通らず、寝室に伏せっているのです。」


「何をしに来た。提案通りに、『魔王宮』への冒険者の投入を認めさせた。」


「まあ、何をしに来たと言われると、父上があのペイント女と同衾なさるようなら、ぶち殺そうか、と。」


「あれは、化け物だ。人の姿をした天災とはよく言ったものだ。」


足早に歩きながら、コートを羽織り、腰に剣をさす。

愛用の長剣の重みにやや人心地ついた気がするクローディア公爵であった。


「父上をして、そう言わせますか?」

「手の内は隠して試合ったつもりだったが、それも含めてお見通しらしい。

こちらは、クリュークという男も含め、器の縁すら見えん。

おまえはどう見た? 会場の中までは入れなかったようだが。」


フィオリナは、いかにも公爵家つきのメイドらしい慇懃な態度と表情をくずさないまま、鼻で笑う、という芸当をやってのけた。


「トップクラスの冒険者には違いないでしょう。


ペイント女の方は、どうもあのペイント自体に仕掛けがありそうです。

おそらく虎を模した戦いをするでしょうね。

あの種の虎の毛皮がかなりの難物で並の剣では、刃が通らない。

そして人には捉えられない高速の動きから骨まで抉る爪の一撃!

倒れたところを首筋に歯をたてて食いちぎる。

普通なら魔術的な刺青で慎重に付与すべき力です。


あれだけのものを体に書き込まれながら、理性を保っているのが一番の不思議です。」


「その服はどうした?」

「紛れもなくクローディア公爵家の侍女の制服です。わたし用に作らせた本物です。」

「おまえ用に作らせた時点で“本物”ではないだろう。」


「ま、それはそれとして」

似合ってるからいいじゃん?

と、公爵令嬢は唇を尖らせた。

「ギルドにゾアを待たせてあります。たしかに我が国に、『蝕乱天使』に匹敵する冒険者はいませんが、」

「戦いようはありそうだ、な。」


二人を乗せた馬車は夜霧の中に消える。

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