第5話 夜会 クローディア公爵閣下の暗躍
楽団は新たな曲(やはり耳障りでクローディア公爵にはどこが良いのかさっぱりわからなかった)を奏ではじめ、道化の格好をした給仕たちが、会場の一隅で、滑稽な(かつ卑猥な)ショーをはじめた。
だが、それを鑑賞する者は少なく、人々はてんでに集まりを作り、笑い、飲み、食べ、夜会を楽しんでいた。
集まりの輪の最大のものは言うまでもなく、グランダ王とエルマート「王太子」を囲むもの。
次はコーレル将軍。
先のブラウ公爵もその中にいた。
意外にも、クローディア公爵を囲む列席者の輪はその次くらいには大きかったのである。
その中には、例の解説好きの青年貴族、クーレル子爵も混じっていた。
彼がとつとつと語るところによれば、数年前、王都に凱旋した白狼騎士団を観てから、クローディア公爵の大ファンになったそうで、近づきになる機会を模索しながらも、どこの派閥にも属さず、孤高を貫く武人(それなりに社交的に振る舞ってきたつもりの公爵にはこの評価はいささかショックで合った)であるクローディア公爵の名を今回の夜会の招待客名簿で見つけ、会の世話役であった父のバルト侯爵が風邪を拗らせて寝込んだのをいいことに、名代として参加を強引にねじ込んだ、という事らしい。
「武芸にはお詳しいのか?」
と尋ねてみたのは、クーレル子爵が、およそ武ばったこととは無縁のひょろりとした体格だったためだ。
「お恥ずかしながら、生来体が弱く、剣術、武術の類は父より禁じられております。」
それでも好きが昂じて、屋敷に名のある剣客、剣術家、冒険者を招いては、武勇談をきいたり、型を見せてもらったり。
あるいは、王都のあちこちで開催される試合の見物、ときには騎士団の稽古を見学させてもらったりと、彼なりの武術研究に余念がなかったらしい。
「それも立派な修行の一つですぞ。」
クローディア公爵がまんざら世辞でもなく、そう言うと、クーレル子爵は感激のあまりに涙ぐんだ。
それからも入れ替わり、立ち替わり、かろうじて面識ありといえる程度の相手から次々と話しかけられ…
いずれも愛想良く、クローディア公爵がこの派閥に参加したことを喜び、心から歓迎してくれている…ように思える。
「今後ともよしなに!公爵閣下! お嬢様とエルマート王太子のご婚約が整えば、当然、筆頭公爵へとのお話しもありましょう。
そのときには、このバルゴールもおよばずながら、お口添えをさせていただきますぞ。」
ここでバルゴール伯爵は声をひそめ、
「お聞き及びかとも思いますが、コーレル閣下は、いろいろと問題のあるお方でして…
この夜会でも、毎度毎度、目をつけた踊り子や芸人をまっさきに寝所に招き入れ、しかも壊れるまで痛ぶり尽くさねば、気が済まぬ癖をお持ちなのです。
おかげで支払う額もうなぎ上り。
しかもその癖がときに、自らの教え子や貴族の子弟にまでおよび。
私やバルト侯爵が何度、金子をつみ、頭を下げたことか。」
バルゴール伯爵は、両手で、クローディア公爵の手を握りしめた。
「閣下が今後も夜会にお越しいただけたなら、もうあの男に好き勝手にさせないですみます。
なにとぞ、ともに陛下を盛り立ててくだされ。」
「もちろんですとも!
そういえば王都の財政に詳しい伯にぜひご相談したい件がありまして」
「と、申されますと? 何かお力になれることがあれば…」
「殿下の活躍の場となる『魔王宮』のことですよ。
『ダルタロスの惨事』以来、五十余年封印された迷宮です。
果たして、どのような宝物、貴重な素材を宿す魔物、アイテムの類が湧いているかと思うと」
「ふむ、ふむふむ」
バルゴール伯爵が似合わない髭をねじり上げながら、つぶやいた。
宝物やら、レアアイテム、珍重される素材といった言葉は、確実に彼の心を突き刺したのだ。
「しかしながら、今回の魔王宮探索は、エルマート王太子の晴れの舞台となる大事なイベント。
そこに公爵閣下の息のかかったパーティを参加させるというのも、いささかその、公私混同のきらいが…」
「いえいえ、そうではありません。
むしろ、王都にある全てのギルド、すべて冒険者に探索を認めてはいかがかと。」
「そ、それは」
バルゴール伯爵は目を見開いた。
「護衛、探索、採集と冒険者の仕事はいろいろですが、最大の収入源は迷宮探索です。
ここ数年、残念ながら国内の迷宮から採れる資源は、減る一方。頻繁に冒険者が入り込み、あまりにも速やかに魔物を駆除してしまうため、いわゆる『迷宮枯れ』が起こっているのです。」
「うむ…おっしゃることはわかりますが…」
「『魔王宮』から得られる利益は、ギルドを一気に潤すでしょう。
冒険者の成り手も増えれば、貧困民の救済にもなる。
なにより、税収が増える。」
バルゴール伯爵の目が血走りはじめた。
でっぷりと腹が突き出た短躯、両橋をピンと跳ね上げた口髭、テカテカとひかる頭頂部といったこれぞ歌劇に登場する悪徳貴族といった容姿のバルゴール伯爵は、王都の徴税管理官という、それこそ、私腹を肥やそうと思えばこれ以上ない地位におり、実際の行動も見かけを裏切ってはいなかった。
「徴税長官としての伯の手際は、わたくしも充分に存じ上げてはおりますが、いずれにしてもからからに乾いたタオルとたっぷりと水を含んだタオルではどちらが絞りやすいかと言うと…」
「クローディア閣下!」
バルゴール伯爵は、再びクローディア公爵の両手を握りしめた。
目は感激のあまり潤んでいた。
「素晴らしい! 見事な慧眼です。
もし、このことが陛下に認められたら…
いや金では礼をしきれない。
領地はいかがです?
以前、担保に取り上げた荘園があるのです。王都からもほど近く、風光明媚で、広大な果樹園はかなりの安定した利益を出しております。
まあ、屋敷の方は、今も前領主が住んでおりますが、これはすぐにでもただき出して…」
クローディア公爵は丁重にお断りした。
そうやって来るのものを拒まず、愛想笑いを振りまいていたところに、なんとコーレル将軍が現れたのだった。
先の勢いとは別人のように打って変わり、心なしか顔色もよくないように見えた。
「公爵…さ、先程はすまなかった。
せっかくこの夜会に列席された閣下に対して、その、腕試しとはいえ、あのように仕掛けたのは、無礼であった。
その…怪我などはなかっただろうか。」
「ご心配には及びませんぞ。娘から贈られた肩当ては修理せねばなりますまいが」
クローディア公爵は、無惨に傷の入った肩当てをぽんと叩いて見せた。
「フィオリナ嬢から閣下への贈りもの…そ、それはすまない。
もし可能ならば、弁償させてもらうが。」
「わたくしも将軍閣下の剣を折っております。
試合上のこと、そこはお互い様と承知しております。」
「う、うむ」
「それに我が国の誇る『剣聖』との試合、武に生きるものとして、この上なき名誉。
閣下の神速の突きを受けるたびにわたくしは寿命が縮まる思いでした。
ーーーーー
あと三合も打ち合えば、わたくしは死に至っておりましたでしょう
…老衰で。」
この冗談をコーレル将軍閣下は気に入ったようだった。
強ばった顔に笑みがもれ、ついてはこんな事を言い出した。
「此度の試合は引き分けといたそう。公爵の実戦で鍛え上げた豪剣も見事なものであった。」
「それはあまりにも畏れ多い。
ルールを決めさせていただいたのはわたくしで将軍はそのルールの中でも勝ちを決められた。」
「いや、その…わたしは勝利はいらんのだ…というか、困る…」
「困る?と言うのは?
そもそも、道化の少女を巡っての御前試合。
今になって勝利はいらない、と言い出されてはかの道化も困るのでは?」
「それが、その」
コーレル将軍の視線が宙を彷徨った。
「あれは…いや、その」
「これより、陛下よりのお言葉を賜る!」
ブウラ公爵が壇上から例の耳障りな声でそう叫んだ。
コーレル将軍は、会話を中断できてホッとしたように、クローディア公爵を促して壇上を振り返った。
王は上機嫌だった。
たしかにこの「夜会派」は王の気心の知れた腹心なのだ。法律より、道義より、国そのものより、彼の意向を優先し、彼の機嫌をとってくれる。
「王」ならば真っ先に遠ざけてもらいたい面々なのだがな…と、クローディア公爵は笑顔の仮面の下で苦々しく思った。
「忠義なる臣下たちよ。
すでに、発表したように、来月一の日をもってかの『魔王宮』の封印を解く。
そして、我が二人の息子たちが、王太子の座をかけて魔王宮への探索を開始する。
今日は、諸君にエルマートとともに魔王宮に挑むパーティを紹介しておきたい。」
列席者たちはざわめいた。
すでにそのパーティが西方域屈指のパーティ「蝕乱天使」であることは、発表されていたが、そこまでのレベルの冒険者という者はほとんど、伝説や劇中の登場人物のようなものだった。
中には、関係のあるギルドや冒険者から情報を集めようとした者もいたのだが
曰く
これまでに百と三つのダンジョンを踏破している。
曰く
一人一人が古龍に匹敵する実力をもっている。
曰く
彼らに敵対した四つのギルド、三つの騎士団が壊滅した。
曰く
…
確かな情報はなにもなかった。
冒険者たちはランクが上の者ほど、口が堅く、ときに怯えた様子さえ見せた。
いったいどのような「怪物」が現れるのだろうか。
列席者たちは恐れ慄いた。
ある者はオーガを凌ぐ巨体の戦士を想像した。
ケルビン渓谷に巣食った悪龍ヴァルビオンの首を一刀両断するには、そのくらいの体躯と屠龍剣と呼ばれる身長ほどの長さのある大剣が必要だろう。
ある者はすでに肉体を朽ち果てさせてもなお、現世に魂を留める大魔導士か、と考えた。
バルトの荒野で、数万に膨れ上がった屍人の群れを率いたネクロマンサーを、死霊騎士を召喚して打ち破ぶるには、生身の人間の魂ではもたない(死霊騎士クラスのアンデッドを召喚し、使役する、というのはそう言うこと)からだ。
あるいは神獣を従えた召喚士か。
これは、いくつかの戦場で目撃証言があった。
九つの尾を持つ金色の獣が、口にガラスの筒を咥えて、魔獣の群れを蹴散らしていた、と。
そしてその筒の中には人間の脳髄と、眼球だけが浮かんでいた、と。
人々の期待は裏切られた。
王の呼びかけに答えて壇上に現れた(ふつうに歩いて)男性は、とりあえず夜会にふさわしいスーツ(カラーの高いランドバルト風の仕立て)をきちんと着こなし、顔立ちは凛々しく、柔和な笑みさえ浮かべていた。
それは風貌はどこかの貴族、またはその物腰は熟練した外交官を思わせた。
男は、王とエルマート王子に丁寧に一礼すると、列席者たちに向き直り、甘やかな声で名乗った。
「この度、グランダ陛下より、『魔王宮』攻略の大任を仰せ付かりました。
ランドバルドの冒険者、ローゼン=グリュークと申します。」
クリュークは微笑みながら、皆を見渡した。
「一部、誤解をいただいているかもしれませんが、わたしの所属するパーティ『蝕乱天使』は、この国の言い方ではクランに近いものです。
目的に応じてその都度、相応しいメンバーを選出し、パーティを結成いたします。
わたくし、ローゼン=クリュークはリーダーであると同時に、コーディネーターでもあるのです。
来月の魔王宮攻略に相応しいパーティメンバーはすでに、選出を済ませ、王都に向かっております。
エルマート殿下をリーダーに頂くそのパーティの名は『栄光の盾』。」
おおっ…と、全員がどよめいた。
栄光の盾。
それは一千年の昔、魔王を迷宮の底深くに封じ、世界に平和をもたらし、さらにはこの国の礎ともなった伝説の勇者パーティの名称ではなかったか。
「余が許可したのだ。
エルマートには新しい時代を切り開く勇者となってもらいたいのだ。」
「そして、今回わたくし自身も『栄光の盾』に参加いたします。」
盛大な拍手と歓声が、降り注いだが、列席者たちの目の奥には、さすがに疑問符が浮かんでいる。
今回の迷宮探索は、所詮、エルマート王子を王太子にする、その箔付けのために行うもののはずだ。
それは、正統な王太子であり、つい先日の婚約破棄騒動を除けば、大した失点もないハルト王子を退け、エルマート王子を後継者に指名すると言う、いわば、王のわがまま、依怙贔屓からでたものであり、それならば、『魔王宮』の攻略において、エルマートがハルトを上回ればそれで大義名分が成立するのであり、それ以上のことは全く必要ないはずで…。
「我が『栄光の盾』は、あの第六層を越え、迷宮最深層を踏破する!」
目を輝かせたエルマート王子が、ローゼンの手を取り、そう宣言すると、拍手喝采の替わりに重い沈黙が会場をつつんだ。
そもそも突破不可能と言われた第六層に挑んだからこそ、あの惨劇がおきたのではないか。
そこに再び挑む?
勝算はあるのか?
いや、よしんばそこを潜り抜けたとしても、最深部にはあれが。
あれがいるのだぞ。
「素晴らしい!」
一瞬の沈黙は、クローディア公爵の大音声でぶち壊された。
戦場で大軍を叱咤した声は、魔導による増幅など必要なく会場の隅々まで届いた。
「新しい時代を切り開く英傑たるエルマート殿下に相応しい偉業となることでしょう。
わたくしもこれで、いくつかギルドへの伝手も優秀な冒険者の知己もおります。
全力をもって『栄光の盾』をサポートさせていただきますぞ!」
「い、いやクローディア、これは両王子の競い合いであって、そのサポートなどというものは…」
さすがに面食らったように王は言いかけた。
が。
「陛下、私からもお願い申し上げます!」
バルゴール伯爵が、叫んだ。
徴税長官の地位にあり、夜会の重鎮でもある。
「よい。申してみよ。」
「ありがたきお言葉。」
バルゴール伯爵は懐から、書類を取り出すと王に手渡した。
「ここにございますように、ここ数年、冒険者ギルドからの上納金は減少の一途をたどっております。
原因は新たな迷宮が発見されず、既存の迷宮も探索し尽くされたためと考えられます。
『魔王宮』は封印されてから五十年以上。
中は貴重なアイテム、素材の宝庫となっておりましょう。そこに冒険者どもを投入することで得られる税収は」
バルゴール伯爵の手元に次の書類が魔法のように現れた。
「う、うむ、これは」
「さらにギルドからの報告よれば、近年の冒険者どもが食いつめて廃業し、盗賊野党のたぐい身を落とす。これが王都近郊の治安にまで悪影響が出ております。
冒険者が食える商売になれば、この問題も解消でき、いわば一石二鳥、いや、エルマート王太子殿下の成し遂げる偉業の前では太陽の前の蝋燭の灯火にしか過ぎませんが。」
「し、しかし、それで迷宮攻略に支障がでることはないのか?」
王は明らかに心を動かしていたが、この提案自体が思いもよらぬものだっただけに、決断がつきにくいようだった。
「エルマート殿下、クリューク殿のお話から察するに」
クローディア公爵は、やや声のトーンを落としながら言った。
「両殿下の競い合いは、ひたすら魔王宮の最深部を目指すものとなる様子。
ならば、それ以外の雑務。
浅い階層でのマッピング、補給、安全地帯の確保などやれる事は山の様にございます。
まさか、『栄光の盾』に些細なアイテム、いくらの価値もない宝箱などはいまさら必要ございますまい。
しかし冒険者どもにとってはそれで充分な報酬となります。」
「それによる税収の増額は、先の通り。
いよいよこれで湖畔の離宮の完成にも目処がたちますな。
いや、まことにめでたい。」
「そ、それはよい、が、その」
王の視線が、自信なげに彷徨った。
「クリュークはいかに考える?」
「恐れながら、白狼騎士団を率いるクローディア公爵閣下とお見受けします。その武名は、ランドバルド皇国にも轟いております。」
クリュークは、クローディア公爵に優雅に一礼した。
「確かに、『栄光の盾』は、出来るだけ消耗なしに、最短で階層主の撃破を目指す方針です。
そのために魔王宮内に、安全地帯を確保、そこで補給も行えれば、大いに攻略の助けにはなるでしょう。
正直浅い階層でのドロップアイテムや魔物の素材などは打ち捨てることも考えておりました。
閣下のご提案、誠に慧眼と存じます。しかしーーーー」
クリュークの瞳がクローディアを探るように見据えた。
「迷宮探索とは、常に死と隣り合わせ。
まして半世紀にわたって封印されてきた魔王宮。
すでに、徘徊する魔物どもはおろか、回廊や部屋の位置まで変わり果てているでしょう。
熟練の冒険者にさえ、この上なき危険な場所。
あまたの冒険者が迷宮内で屍を晒し、また行方しれずになるものも数知れぬ。
その死地に、御国の冒険者を投入する、覚悟はお有りなのだろうか。」
「んー〜ーーん、クックック、いいんではない?
冒険者なんてそんなもんでしょぉ、だんちょ?」
聞き覚えのある少女の声が天井から降ってきた。
見上げたクローディアの目の前で、シャンデリアに片足をかけぶら下がったあの道化の少女が笑う。
「名乗ってませんでしたね、わたしの勇者さま。
『蝕乱天使』または『栄光の盾』の戦士。カンバスのリヨン。」
そのまま飛び降りた先は、クローディア公爵が動かなければ、彼の腕の中だっただろう。実際にはクローディア公爵が一歩引いてしまったため、リヨンはくるりと回転して両手両足をついて床に降り立った。
「もう」リヨンは膨れっ面でクローディア公爵を睨んだ。「つれないんだ、わたしの勇者さまは!」
「先にも申し上げたが、そなたをめぐっての試合の勝者は、コーレル閣下だ。」
「ざあんねん。剣聖さまはわたしの正体を知った途端に怯えちゃって。
人を壊すのはわたしも大好きだから、一晩かけてゆっくり壊してあげようかって言ったら、泣いてしまって。」
リヨンは、つまんないな、と呟いて、壇上のクリュークを見上げた。
「たくさんの冒険者を入れるのは、わたしも賛成。スライムやら小鬼やらコウモリやらゲジゲジなんかは、掃除しておいてくれると助かるんだ。」
クリュークは、考え込むように顎に手を当てた。
「そういたしますと、懸念されるのはただひとつ、
冒険者たちが両殿下それぞれの派閥に別れて、迷宮内で足の引っ張り合いを始めること、でしょうか。
これは正面きった戦闘ばかりではなく、偽の情報を流す、罠を故意に解除せずに残す、などの些細な嫌がらせも含みます。
どうでしょう。
わたくしに冒険者を統括する権限を与えていただけませんでしょうか。」
「と、言うと」
「ギルドを統括するグランドマスターの任をお命じください。」
「ぐ、グランドマスター」
耳なれぬ言葉に、王の視線は列席者の間を彷徨った。
「その地域のギルドを統括する職務です、陛下。
我が国では、かの惨劇以来、五十年その地位は空席となっております。
それに代わるものとして、有力なギルドのマスター八名による通称『八極会』が王都のギルドを統率しております。」
つらつらとバルゴール伯爵が奏上するのをきいて、クローディア公爵は彼を少し見直した。
小悪党でも有能な人物はいるのか、と。
「『蝕乱天使』がグランドマスターの地位についてくれるのなら、どのギルド、どの冒険者も納得するでしょう。」
納得しない者がどうなるかは明白だし、な。
とクローディア公爵は心の中でつぶやいた。
「よいだろう! クリューク殿をグランドマスターに任ずる。細かな打ち合わせはバルゴールと行うよう」
クリュークは深々と礼をした。
「ご英断に感謝いたします。寛大なるお心に免じてもう一つ、わたくしからの提案をお聞きいただけますでしょうか?」
「まだ、何かあるのか?」
「魔王宮への対策としては、これ以上のものはございません。
むしろ、これは陛下の深い御心を感じ取れない愚民ども、口さがない諸外国への対策です。」
クリュークは大きく手を広げて天を仰いだ。
芝居がかった仕草だが、格別の美男である彼がそうすると、鳳が羽根を広げたように見え、何人かの貴婦人たちから感嘆のため息が漏れた。
「正当たる後継者エルマート王子は学績優秀にて武芸にも優れ、ともに戦う我々は、西域最高峰の冒険者。
王都の冒険者たちの支援もいただき、さらにわたくし、ローゼン=クリュークがギルドのグランドマスターとして彼らを統括する。
…
完璧です。完全すぎる布陣です。
それだけに、あまりに、エルマート王子が有利すぎるとやっかむものもいるやも知れません。
これでは、最初から結果の分かった出来レースだ。あまりにも、もう一人のなんとか王子が不憫だと。」
「勝利に向かって最善を尽くしたまでだ。なにが悪いのだ。クリューク殿。」
ブラウ公爵がいらいらと言った。
「公正なる見届け人を置いてはいかがでしょう?
民草に人気があり、諸外国にも名声高く、公明正大な人物。」
「妙案だ! クリューク殿」バルゴール伯爵が叫んだ。「さすれば、ぜひ私から陛下に推薦したい人物がおりますぞ。」
「奇遇です。わたくしもこの方なら、と思う人物がいるのです。」
二人の視線が同時に、クローディア公爵を捕らえた。
「いかがでしょうか、陛下。
クローディア公爵ならば、地位、人格ともに申し分なく、また北の守りの要として王都への滞在期間も少ないため、特定の派閥に属することなく、どの党派、団体からも距離を持ち、公正な判断が可能な人物か、と。
そのような稀有な人材が『たまたま』今回の夜会に出席されていたのはまさに僥倖と呼ぶしかありますまい。」
「い、いや」
エルマート王子が意義をはさんだのは、彼がまだいささか純粋であったからだろう。
「クローディア公爵は時期が至れば、わたしの義父となるお方。
兄上とわたしを公正な立場から見てもらうにはいささか問題が」
「うむうむ、エルマート王太子殿下は思慮深くいらっしゃる。」
バルゴール伯爵はにこにこと笑いながら、言った。
「しかしながら、そのお話は王家として正式に婚約の申し入れをしたわけではなく、まして婚約が結ばれたわけでもない。
将来、そのようなことが起こり得るかもしれない、というだけで公爵閣下の公正性が疑われるものでもありますまい。」
「ふむ、確かに妙案だな。」
とりあえず、私服を肥やすことで満足できる小悪党にはこれ以上、理想的な君主はいないだろう。
「クローディア公、いかがかな?
いや、エルマートとフィオリナ嬢の婚約が先延ばしになってしまうのが気がかりだが、王家としてそれなりの埋め合わせはいたそう。
我が国の未来のため、この大役を請け負ってはくれまいか。」
「陛下に恐れながら申し上げますが、わたくしは、公明正大と申し上げるには、エルマート殿下の兄上には少々含むところがないではないのですが」
クローディア公爵が笑いながらそう言うと、王も笑いで返した。
「エルマートの立太子式が終わったら、ハルトの身柄は公爵に預けよう。
焼くなり煮るなり好きに処すがいい。」
そんなことになったら、クローディア公爵は本当に困るのだが、無論、ならない。
魔王宮への冒険者投入がすんなり受け入れられたときに、クローディア公爵は、彼らがハルトを魔王宮内で抹殺しようとしていることを確信していた。
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