第4話 夜会 クローディア公爵閣下の決闘

パーティの席上で、突然決闘が始まればどうなるか。

意外なことに、着飾った貴族たちの面々、さらには礼夫人たちにいたるまで「ひいた」ものは誰一人としていないようだった。


この夜会とやら。


ふだんからよほど、血生臭い「余興」が行われているようだ。


「さあ、陛下のお許しも出たようだ。クローディア公爵!

いかに!」


なるほど。

クローディア公爵は理解した。


夜会の面々は、地位は高いものの、直接に動かせる武力を持つものはほとんどいない。


ならば、王都において、動かせる兵を持ち、ときに自らが刃を振るうことの出来るコーレル将軍は、この一派における唯一無二の「武」の要なのだ。


そこへ、武名も高いクローディア公爵が、新参者として乗り込んできた。

爵位も高く、事が進めば、王家の外戚となるかもしれない。


コーレル将軍としては、自分の地位が脅かされると感じたのだろう。


「ふむ…


王命とあらば、是非もなし。」


おおっと、列席者たちがざわめいた。


クローディア公爵は、にやりと笑って左手の手のひらを上に向けた。

わずかに魔力を集中すると、ロウソクの炎ほどの火球が浮かび上がる。


「刃引きの剣でえんえん殴り合うも興醒め。

されど、一撃の勝負では、剣技に勝る剣聖どのを相手には、あまりに分が悪い。


ここは、我が白狼騎士団伝統の決闘方を提案したい。


片手に火球の魔法を保持したまま、剣を振う。


集中力が途切れれば、火球は霧散してその者の敗北が決定。


かと言って、火球の保持に集中し過ぎれば、相手の攻撃をいいように食らってしまい、これも敗北。


両者のバランスを取りながら戦うのは至難の技ですが、剣聖どのはいかに?」


「なめて貰っては困るな、公爵。」


同じく片手に火球を生み出し、空に保持したまま、コーレル将軍は剣を構えた。


観客たちが、期待と緊張にざわめく。


「こ、これはクローディア公爵!見事な戦略眼!」

「なに? クレール子爵!どう言う事だ?」

「考えてもみよ。コーレル将軍の得意は双剣。火球を維持するために片手は塞がり、当然双剣は使えぬ。

クローディア公爵はこの決闘法を採用する事で十に一つの勝機を十に三つまで引き上げたのだ!」


どこには解説酎というのはいるものだ。


半ばあきれながら、クローディア公爵は剣を抜く。


次の瞬間に襲いかかったコーレル将軍の剣筋は、クローディア公爵の、右目、喉、心臓を正確に貫いた。


もちろん。


クローディア公爵が動かなかったら、の話であるが。


さすがに速いな。


首を傾けて、頭部に放たれた連撃をかわし、心臓へのそれを自らの剣で弾く。


だが、コーレル将軍の攻撃はそれで止まらなかった。


喉へ。


角度を変えながらの三連突き


これは飛び下がってかわしたが、同じ速度で前に出たコーレル将軍が、心臓めがけて体重の乗った刺突を放つ。

これはかわせぬ。


弾いたコーレル将軍の剣は、そのまま、反転して、左手に揺らぐ火球をおそった。


おそらく、これが本命だったのだろう。


速い、と感じた続けざまの突きよりもさらに一段速い。


体をひねって、火球を守りながら、体勢を入れ替えようとするが、コーレル将軍がそれを許さない。


さらに踏み込みながら、下方から突き上げるような一撃。


弾く。


左右へステップしながら、フェイントを交えた突き。


突き。かわす。


突き。弾く。


刃引きの剣はその場の通り、剣の練習や武具の持ち込みが基本許されない儀式用に、刃の部分を潰して切れ味を悪くした剣である。


ならば。


突き技については、その危険度はほとんど真剣とかわらないのだ。


コーレル将軍のステップはさらに速く。


さらに複雑になる。


手数はさらに多く。


剣を弾いた勢いで、なんとか体勢を崩そうと試みるが、効果がない。

クローディア公爵は舌を巻いていた。


「剣聖」とは、加虐趣味を拗らせた変質者の異名ではなかったらしい。


ブラウ将軍の繰り出す神速の突きに、合わせ一歩前に出たクローディア公爵はそのまま、肩口から体当たりした。

体格で大きく勝るクローディア公爵の一撃に、コーレル将軍の体が後方に吹き飛んだ。


フィオリナが出掛けにコーディネートしてくれた肩当てに、大きな傷が付いている。


もう、わずか指半分、突きが内側にはいっていたら、肩口から胸元まで大きく抉られていたはずだった。


将軍すぐさま立ち上がり、憤怒の表情を浮かべる。


「なりふり構わぬ田舎兵法が。」


「否定はしないが」


クローディア公爵は、笑って、左手の火球を軽く投げ上げた。


天井近くまであがった小さな火球は揺らぎなが漂うが、魔力と意思の供給を断たれたそれが、消えるまでの時間はほんの数秒。


わずかに、コーレル将軍が火球に気をとられた刹那。


「うおおおおっっ」


両手で剣を握り直したクローディア公爵は、突進、気合一閃、大上段からのそれを振り下ろす。


真っ向。


真正面。


フェイントもなければ技術もない。ひたすら重く、速いだけの斬撃。


それだけに避けにくい。

刃は殺してあるにせよ、当たれば骨は砕ける。


「んぬく!」


コーレル将軍の剣がそれをかろうじて防いだ。

だが、片手剣と両手剣。


斬撃の勢いを逃すため、コーレル将軍は片膝をつく。そこへ。


二撃、三撃、四撃。


続けざまに振り下ろされる渾身の力を込めた斬撃は、並の剣士では、剣を弾き飛ばされるか、手が痺れ、剣を取り落としたかもしれない。


だが、コーレル将軍は苦痛に顔を歪めながらも、耐えた。


ルールは火球が消えてしまえば、負け。


クローディア公爵の手を離れた火球はゆらゆらと漂いながら、わずかな種火となって落ちてくる。


五撃めも耐える。


クローディア公爵が半歩身を引いて、落ちてきた火球を保持するために左手を差し伸べたそのとき。


コーレル将軍の突きが、クローディア公爵の喉もとに走った。


反撃を予想していなかったはずない。

現にクローディア公爵は、剣をかかげ、顔をガードするように正面に掲げていたのだ。


その、守りをすり抜けた毒蛇の一撃は、公爵の喉元、爪の先程の間隔を残してピタリと止まった。


クローディア公爵の火球はーーーーー

差し伸べた左手を避けるようにフラフラと揺れーーーー


そして消えた。


「見事!」

グランダ王が高らかに

「勝者は、コーレル…」


パキ


歓声をあげようと、した観客たちが凍りついた。


首元に突き付けられたコーレル将軍の剣は、根元から折れ。


刀身が乾いた音を立てて床に転がった。


柄だけを握りしめ呆然と立ちすくむ、コーレル将軍をクローディア公爵は、悠然と見下ろす。

いや、決闘は、コーレル将軍の勝ちに間違いない。


しかし、これではまるで勝ったのはクローディア公爵であるかのようで、あって。


「うむむむ! これはさすがクローディア公爵! 噂通り、いや噂以上の戦巧者ぶり。」

「なに! どう言うことだ! 説明してくれ、クレール子爵!」

「剣技では、剣聖たる将軍閣下が、上を行く。


また、クローディア公爵の儀礼剣は、もともと両手持ちで扱う幅広の大剣。


独自の歩法から、素早い突きを得意とするブラウ将軍の細身の剣には、最初から速さでは叶わぬ。


ならば、クローディア公爵が狙ったのは、武器の破壊。


もともと欠点でもある剣の重さを活かし、ワザと剣に剣を叩きつけた。


重さがイコール武器の頑丈さとなる儀礼用の剣なればこそのやり口。


思いもよらぬ決闘を、しかも剣聖から吹きかけられ、とっさにここまでを計算したクローディア公爵。

北の護り手たる武門の名家に相応しい見事な戦いぶりと言えましょう。」


ほうっと、その解説に感嘆の声があがる。


クローディア公爵は、心の中で苦笑した。

今回の解説は・・・・まあまあ、合っている。


「父上!

わたしは、このような見事な試合を見たのは初めてです!」


叫んだのは、エルマート殿下だった。

列席者の誰よりも目を輝かせ、頬を紅潮させている。


顔立ちは整っていたし、背がすらりと高い分、ハルト王太子よりも見栄えは良いかもしれない。

学業も良く、貴族界隈からのウケもよい。好青年ではあるのだろう。


それでも、学生の身で、このような夜会に列席すること自体がどうなのだろう、とクローディア公爵などは思ってしまうのであるが。


「コーレル先生の華麗にして俊敏な攻めの剣。

未来の義父であるクローディア公の豪快にして重厚な護りの剣。


今後わたしは、両者をともに師と仰ぎ、一層の精進を重ねたいと思います。」


「うむ、よい覚悟だ、エルマートよ。


コーレル、クローディア。


見事な試合であった。


両名とも、我が国の武を担う双翼として、これからも余を支えてくれ。」


グランダ王は、高く盃をかかげた。


道化の給仕たちが忙しく列席者の間を駆け回り、空になりかけたグラスに新しい酒を注ぐ。


「わたしの勇者さま?」


クローディア公爵の目に前に、ふいにグラスがつきられた。


グラスを差し出したのは、この一戦のそもそも原因となったあの道化の少女だった。


体をくねらせ、あいた方の手で胸を覆い、上目遣いでクローディア公爵を見つめる。


浮かべた笑みの中に、ちろりと舌がのぞいた。


「勝者は将軍閣下だが。」


「公爵さまは、わたしのために戦ってくれました。

だから、わたしの勇者は、公爵さま。」


「そ、」

ゴクリとクローディア公爵の、喉がなったのは、少女の体に欲望を覚えたからではない。

「それは光栄だが、実際は売られた喧嘩を買っただけだ。

感謝されるほどのことではない。」


「でも、わたしがあの男に壊されちゃうのを止めてくれました。」


クローディア公爵にグラスを渡すと、少女は、片足で立ったまま、くるくると体を回した。


自分の体の隅々までを見せつけるかのように。



「それは、また、あ、と、で。

ほらー、乾杯がはじまります。」


今後こそ、列席者たちから、歓声があがった。


グラスを持ったエルマート王子が前に進み出た。


「二人の英雄に敬意を!

我が父、グランダ陛下に栄光を!」


「エルマート王太子に栄光を!」

ブラン公爵が叫んだ!


乾杯!!


人々は、口々にグランダ王とエルマート「王太子」を讃え、グラスは次々と飲み干された。

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