第3話 夜会 クローディア公爵閣下の苦悩

夜会は、王に近しき者のみを集めた小規模なものだった。


列席は、最高位の貴族とその夫人、あるいは重臣たち、その両方を兼ねたもの。



道化の格好をした給仕たちが飛んだり、跳ねたりしながら、酒や軽食を配って歩く。


道化たちが、男も女も半裸に近い格好なのは、内輪のパーティにしてもあまりに下品に、クローディア公爵には感じられた。



見慣れぬ楽器が奏でる異国の楽曲は、耳障りで、クローディア公爵は、外交用の仮面が外れないように、しっかりと握りしめるのが精一杯だった。


「これはこれは、クローディア公爵閣下!」


腹の中にその異国の楽器でも飲み込んでいるかのようなキンキンする声で話しかけてきたのは、ブラウ公爵。


「陛下が主催の夜会には、始めてのご出席ですな。


お互い領地も近いことですし、これからはぜひ、よしなに。」



縁を当てる代わりに、顔の前でグラスをくるり揺らすのが、当世の流行りらしい。

同じ仕草で返しながら、


「こちらこそ、よろしくお願いします、閣下。」


「聞きましたぞ、例の婚約破棄騒動。御災難でしたなぁ。


今どき、あんな流行りの歌劇のようなマネをしでかすヤカラが…おっと、一応はまだ王太子殿下ですからな。

あまり率直なものいいは。」


ははは。


クローディア公爵は乾いた笑いでごまかした。


「ときに、御令嬢のお加減はいかがですか。ずっと床に臥せったまま、お食事も喉を通らないと聞いておりますぞ。」


「ご心配をおかけいたします。


今回の件は、例えるなら、首根っこを掴まれて床に叩きつけられた挙句に、壊れた床の修理代まで請求されたようなもの。


わがまま、いっぱいに育った娘なので、心身とも酷く傷ついております。


卒業式への出席は諦めて、一時、田舎に帰して療養させようかとも考えております。」


それは、ご心痛でしょう。


なにしろ、フィオリナ嬢は、エルマート王太子がご執心(ブラウ公爵ははっきりとそう言った)ぜひ妃にと、望まれたともっぱらの評判。


ーそこからは、延々と、フィオリナの容姿についての賛美が流れるように続いた。


髪や顔立ち、肌艶はまだしも、胸や尻の曲線、腰のくびれまで、事細かく形容し始めたときは、この男、フィオリナを自分の愛人にでも所望しているのか、とクローディア公爵が、少々、胸がわるくなってきたところで、


「おう、これはこれはクローディア閣下。」


会話に割り込んできたのは、ドドーリア伯爵にして、近衛師団長のコーレル将軍だった。

「剣聖」の異名をもつ双剣の使い手で、フィオリナやハルトが通っている学院の剣技における最高師範も兼ねていた。


「コーレル将軍。」


爵位は、クローディア公爵の方が、上ではあるが、この会では新参者ではある。

丁寧に礼を返したが、すでにコーレルの目は道化に扮した少女が飛び跳ねるように会場を移動しながら、飲み物を配る様子を追いかけている。


くるくると回ったり、倒立したり、とんぼを切ったりしながらも盆に乗ったグラスの酒を一滴もこぼさない体術は、クローディア公爵から見ても、見事だと唸らせられるものだが、格好がまずい。


他の道化たちは、半裸とはいいつつ、部分部分を隠す布切れくらいは身につけていたが、この少女は、アイガル種の虎の毛並みを模したペイントを直接肌にしているだけで、つまりは全裸に近い。

もっとも顔にも虎に見立てた化粧をほどこしているため、素顔はわからなかったが、かなり扇情的な見せ物だった。


「陛下のパーティは毎回、いろいろと趣向を凝らしておられます。」


ブラウ公爵が、鼻息を荒くして少女を目で追いかけるコーレル将軍をからかうように言った。


「あの者たちは、お望みならのちほど寝所に招くことも出来るのですよ。

クローディア公爵閣下は、今日はお一人でのご参加のようですし、よろしければ、わたくしが口利きいたしましょう。」


「それは困る!ブラウ公! 

あれは・・・わしが先に目をつけたのだ。」


「将軍は、そのーーー寝所でも将軍で有られるので」

ブラウ公爵はにやにやと笑いながら、言った。

「密やかな愉しみごとをまるで、新兵に訓練をつけるように行われるので・・・

よく、お相手を壊してしまわれるのですよ。」


新兵だから壊してよいというものではないだろう。


クローディア公爵は、コーレル将軍についての噂を思い出していた。

学院での彼の評判は芳しいものではなく。


時に自らが、「お気に入り」の生徒を呼び出して稽古をつけるのだが、それがほとんどリンチに近く、「厳しい稽古」では言い訳のつかない怪我を負う生徒もいて、何度か、陛下のお声がかりで揉み消したーーというものだ。


それは、揉み消すのに王家の威光が必要だったものが何度もあった、とい意味で、例えば犠牲者が下級貴族や平民の子弟なら、泣き寝入りをさせられているものがさらに多く存在する、ということに他ならない。


将軍にして最高師範殿の「お気に入り」には共通項がいくつかあって。


まず、男女は問わず。


顔立ちは美しく愛らしく、そして体つきは、中性的なほっそりとした体型を好むというものだった。


たとえば、顔立ちこそは化粧でわからないが、彼が今、執心している道化の少女などはその典型であろう。

それで言うと、うちのフィオリナもその対象か…


いや、ハルト殿下、もか。


内心、憮然としつつも、なんとか平静を装ったクローディア公爵であるが


「ならば、クローディア公、ここはひとつ、あの愛らしき道化をかけてひと勝負というのはいかがかな?」


大声でとんでもないことを言い出した、コーレル将軍に、慌てて、


「いや、わたしは、屋敷で伏せる娘が気がかりゆえ、そのお話しは辞退仕りたく・・・」


「これはこれは」

コーレル将軍の声が一段と大きくなった。

「武門で名高いクローディア公爵が、戦わずして尻尾を巻かれると?

クローディア公爵家といえば、我が国の北の護り要、勇猛をもって知られる直属の白狼騎士団を有し、自らも剣をとっては、辺境に敵なしと謳われたその御仁が、一合も交えずして背中を見せるとは!!」


会場の注目を集めたところで、将軍はすらりと腰の剣を抜き、芝居がかった口調で


いかに!!


と叫んだ。


「いや、将軍はいささか美酒を召し上がりすぎのご様子。

酒の上とは言え、陛下御臨席の夜会にて、刃傷沙汰を起こせば、お咎めは必至・・・」


「よい。よいぞ。」


驚いたことに壇上から声をかけたのは、グランダ王、その人だった。


「夜会の余興だ。

腰に履いているのは、刃引きの儀礼剣。

よほどあたりどころが悪くなければ、死にはせん。


我が国の誇る剣聖と北の地の守護神。


存分に剣を振るうが良い。」


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