第83話 ヒマになった

 ジュード先輩が加入したことで、ひとまず今後、魔術師たちへ大結界の修復方法について教えていく運びとなった。

 カンナの方から説明を受けて、すぐに遠隔管理装置の構造を理解してくれたジュード先輩は、その後の仕事も早かった。各自のセンスで確認するのではなく明確な基準を設け、その上で修正内容をテンプレート化し、マニュアルさえあれば誰でも仕事ができる――そんな状態を作り上げた。

 正直、俺には出来ないことである。手際の良さに、心から感服するしかない。


 とはいえ、最初から全て任せていくのは難しいということで、しばらくはカンナとジュード先輩、それに俺が三交代という形で常に一人遠隔管理装置の確認につき、新人の行う仕事に不備があれば指摘、修正するという形をとった。

 今まで二交代で休みなく働いていたカンナは、「やっと仕事の鬼から解放されるっす……」と呟いていた。マジでごめん。


 そしてジュード先輩の作成したマニュアルの効果は顕著で、全く大結界に触れたこともない魔術師たちも、問題なく修正作業ができるようになった。

 特にアンドレ君など、「今までソルさんがやってきたこと、全く分かっていなかったですが……このマニュアルがあれば、分かります」と感動していたくらいだ。ちなみに、マニュアルに載っていない修正――例えば《白光》による広域一斉破壊などの対応については、引き続き俺やカンナが担当している。

 まぁ、そのあたりも今後教えていくべきだろうが――。


「……と、まぁそんな感じで、上手くいっています」


「本当に有能な男なのだな。ジュード君は」


「はい。本当に、連れてきてくださったことを感謝しています」


 俺は一応、上司であるルキアへとそう、現状を報告していた。

 というか、五十人から部下がいる状態であるため、遠隔管理装置にもここ最近は顔を出していない。むしろ新人たちがより多く勉強できるようにと、俺があまり顔を出すことは控えているのだ。

 ちなみに、元々は俺が「近い場所でできたらいいよな」くらいの気持ちで別邸の奥に作っていた遠隔管理装置の小部屋だが、「もっと通勤しやすい位置にしてほしい」という要望が多くみられたため、現在は別邸の入り口入ってすぐの場所に設置してある。

 そのおかげか、今のところ問題なく回っているようだ。


「ふむ。わたしとしては、レベルこそ低いが結界術の適性があるから、きみの一助くらいにはなると考えて連れてきただけだ。それほど有能な人物だとは思っていなかったよ」


「そうなんですか?」


「ああ。往々にしてこの世界には、わたしの目にも見えない才能の持ち主がいるということが分かったよ」


「はぁ……」


 まぁ、実際ルキアに、人を見る目はあると思う。

 アンドレ君も若いのに腕が確かな人間だし、カンナのことも一目で評価していた。何より先日の模擬戦で弓手を担当してくれたアベル君など、奴隷商に売られるところをルキアに救ってもらって、そこから弓の師匠をつけてくれたと言っていた。

 俺にはよく分からないが、本当に文字通り、人を見る目でも持っているのだろうか。


「しかし、それほど管理が充実しているとなると、きみの仕事があまりなさそうだね」


「……ええ。まぁ、実はそうなんです」


 ルキアの言葉に、俺は肩をすくめる。

 小型結界を作るために三徹ほどしたが、あれ以来俺はあまり仕事をしていない。遠隔管理装置の調整も終わっているし、維持管理修正は部下に任せている。指導やマニュアル作りはジュード先輩任せで、全体の統括はアンドレ君、そしてトラブル時の対応はカンナだ。

 最近は丘の上にある大結界の本体――あの場所に小型結界を併設することで、他者が入り込めないように細工したが、それも一日も経たずに終わった。

 現状、マジで俺の仕事ない。


「ふっ。きみの表情、仕事が欲しいと言っているように見えるよ」


「……いえ、世界が平和なのは実に結構なことです。そうであってほしいものですよ」


「まぁ、わたしの方も特にきみへ与える仕事がないのだがね。せいぜい、かの錬金術師と協働する形で、大結界の本体をより強固にしてもらえると助かるが」


「錬金術師グラスとは、ひとまず業務上の提携を結んでいます。妖精鏡フェアリーミラーが入荷され次第、本体の方を強化していく形です」


「だが、随分と時間がかかるのだな」


「ええ……」


 錬金術師グラス――リズとは一応、妖精鏡フェアリーミラーができたらすぐに納品してくれると約束を交わしている。

 だが彼女曰く、妖精鏡フェアリーミラーの製作は割と時間がかかるらしい。「別に急ぎで作る必要もないのだろう? 深淵がぼくを覗いているんだ」とか謎のことを言っていた。


「まぁ、きみが暇ならば結構なことだよ。わたしは、有能な人物を馬車馬のように働かせる趣味はないのでね」


「……正直、持て余していますよ。こんなにやることがないの、初めてです」


「ふむ。きみの人生における、ちょっとした休暇とでも考えればいいのではないか? 何なら、小旅行でも楽しめばいいものを」


「あまり外に出るタイプではないので……最近は専ら、読書ばかりです」


 まぁ、いい年したおっさんが一人で旅行というのも寂しいものだ。

 そしていつぞや、都市長に言われたことではないけれど、俺は引きこもり体質だ。自宅ラブである。

 わざわざ旅行に赴いて、疲れることもあるまい。


「ではソル君。今日の夕方から暇か?」


「……ええ、まぁ。暇です」


「良かろう。ならば、少し付き合え。わたしも、それまでに仕事を終わらせておく。時間になったら、こちらからメイドを派遣するから、ダリアに馬車を用意しておくよう伝えてくれ」


「はぁ……分かりました」


 ふむ。

 何やらよく分からないが、とりあえずルキアの用事に同行するのは吝かでない。

 そもそも暇を持て余しているのだから、多少どこかに出張するとか、そういうのに行くのはいいだろう。

 だが、一体どこに行くのか――。


「それで、どこに行かれるのですか?」


「ああ、街だよ。大して遠出はしない。宿泊の準備も必要ない」


「街の方、ですか?」


 わざわざ夕方から街に行く。

 その理由が分からず、俺は思わず首を捻った。


「ああ」


 しかし、そんな俺に対して、ルキアはにんまりと笑みを浮かべて。


「デートしよう」


「……はい?」

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