第82話 新たな仲間
「……そういうわけで、新しく『ラヴィアス結界商会』に加入することになった、ジュードさんだ」
「ジュード・ルウィンだ」
「アンドレ・カノーツといいます。よろしくお願いします」
「ジュード先輩じゃないすか。お久しぶりっす」
ルキアの本邸を離れて、俺は別邸へと商会幹部を呼び寄せていた。
とはいえ、幹部といっても二人だけだ。
一人は、もう彼がいないと仕事が回ってくれない超重要幹部アンドレ君。そしてもう一人は、俺以外で唯一大結界を弄れるカンナである。
「よろしく頼む。元々は、ソルとカンナの先輩という立ち位置ではあったが、ここでは新参者だ。分からないことは多いと思うが、色々教えてくれると嬉しい」
「こちらこそ、よろしくっす。ジュード先輩来てくれたんなら、百人力っすよ」
「ソルさんとカンナさんの先輩なら、僕の方が学ばせてもらうことが多いと思います。よろしくお願いします」
カンナ、アンドレ君と和やかに挨拶を交わすジュード先輩。
まぁ、元々ジュード先輩は人当たりも良く、穏やかな人物だ。独善的な人間が多い魔術師たちの中では、非常に異端な性格だと思う。
こんな性格だから、俺やカンナもずっと慕っていた先輩なんだけどな。
「それで、ソル。仕事を詳しく教えてもらいたいが……ああ、それともソル商会長、と呼んだ方がいいかな?」
「……やめてくださいよ、ジュード先輩」
「ははは、冗談だよ。だが、私ももうお前の先輩というわけではない。私のことはジュードで構わないぞ」
「善処します……」
ジュード先輩が冗談めかして言ってくるが、正直呼べる気はしない。
俺、ルキアみたいに人の上に立って当たり前って性格じゃないんだよな。ジュード先輩は仕事上でも先輩だったし、年齢も上だし。
「いやー、ジュード先輩来てくれたんなら、あたしの仕事が減ってくれるっすよ。ほんと助かるっす」
「ほう。そんなに忙しいのか?」
「だって、最近遠隔管理装置での修正維持管理、全部あたしの仕事っすもん」
「全部って、そういう言い方はないだろ。俺だって見てるわ」
思わず、カンナに向けてそう言う。
実際のところ、俺以外で大結界マークⅡを診ることができるのはカンナだけだ。だから基本的に、日中はカンナに任せている部分は多い。
でもその代わり、夜は俺が確認している。だから最低限寝る時間以外は、ほとんど大結界の遠隔管理装置の前にいる毎日だ。
だから最近、寝酒も全く飲んでいない。
「ふむ。そんなに人がいないのか?」
「いやー……人がいないってわけじゃないすよ」
「はい。ソルさんの部下は、今のところ五十人います。ただ……今はほとんど振る仕事もなくて、開店休業中みたいなものですけど」
アンドレ君が、溜息交じりにそう報告してくる。
非常に遺憾ながら事実だ。先日、小型結界を作るために頑張ってもらった魔術師五十人――彼らが、一応雇っている従業員だ。
だが、彼らに任せられる仕事は玻璃に魔術式を刻む仕事くらいで、大結界についての知識は全くない。だから正直、何をさせていいか迷っていたのだ。
ふむ、とジュード先輩が片眉を上げた。
「五十人もいて、カンナばかりが大結界を管理しているのか?」
「そっすよ。だって、教える暇ないっすもん」
「ふむ……ソル。さすがにそれは怠慢が過ぎるぞ」
「……返す言葉もないです」
厳しいジュード先輩の言葉に、俺は何も言えない。
正直、時間はあった。雇っている魔術師たちに、大結界について教える機会は、何度もあったはずだ。
だがそもそも俺が、「人に任せるより自分がやった方が早いから自分でやる」という性格なのだ。良く言えば職人気質であり、悪く言えば自己中である。
最近は、ちょっと弟子とか後進とかそういう人物を育成すべきかとも考えたが――。
「なるほどな。ならばむしろ、私のノウハウが生きてくるかもしれん」
「へ? ノウハウですか?」
「アンドレ君……だったかな? いや、アンドレ先輩か。すまない」
「ああ、いえ。僕のことはアンドレで構いませんよ。ソルさんの先輩でしたら、僕の先輩みたいなものですから」
「では、お言葉に甘えてアンドレ君と。ノウハウというか……まぁ、私は元々フィサエルの大結界維持管理部で、教育担当をしていたんだよ」
「そうだったんですか!?」
アンドレ君が、驚きに目を見開く。
そして、俺とカンナはうんうん頷くだけだ。
ルキアにも説明した通りではあるが、維持管理のマニュアルを作ったのはジュード先輩だ。その上で新人が仕事をするときには常に見守ってくれて、質問に対して嫌な顔一つせずに答えてくれる人だった。
本人曰く、当時新人が入っては「分からない」と言って辞めていくのを、どうにか阻止したかったらしい。
「五十人もいるなら、彼らそれぞれに技術は教えてやれると思う。フィサエルの大結界とソルの作った大結界はまた違うから、マニュアルの方は作り直しになるが……」
「あ、ええと、大抵のやり方なら俺分かりますんで、手伝います」
「いや……ソルは割と、感覚派だからな。魔術式の損傷に対してどの程度の修正を加えるか、感覚でやっている部分があるだろう? まぁ、それが才能といえば才能なんだが、それは他の者に真似のできないことなんだよ。指導を行う際には、明確な基準が必要になる」
「……うっ」
痛いところを突かれた。
確かにジュード先輩の言うように、俺は割と感覚でやっている。経験上、どの程度の修正を加えればいいか分かるという感じではあるけれど。
だが、そういうのは数値化できないものだ。ジュード先輩の言うところの、『明確な基準』というものは一切ない。
「だから、ソル。新人指導については私に任せてくれ」
「ジュード先輩……」
「勿論、勝手な行動はしないさ。マニュアルを作ったら、ソルにまず確認してもらう。その上で問題点があれば、指摘してくれて構わない」
「……分かりました。ありがとうございます」
ふふっ、とジュード先輩が笑みを浮かべる。
そして、少し照れくさそうに頭を掻いた。
「いや、礼を言うのはこっちだよ」
「えっ……」
「もう、大結界に関わることはないと思っていたが……こうしてまた、違う形ではあっても、お前たちと一緒に働けるんだ。私にとって、これ以上に嬉しいことはない」
「ジュード先輩……」
にかっ、と快活な笑みを浮かべて。
ジュード先輩が、俺の背中を叩いてきた。
「よぉし、これから、一緒に頑張っていこう!」
「う、うす!」
まるで、あの頃。
俺が、新人だった頃に指導してくれた、あのときみたいに。
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