第80話 泥のように眠って
俺が目を覚ましたのは、仕事を終えて翌日のことだった。
「ふぁ……」
さすがに三日間で合計二時間という睡眠時間で仕事を行ってきたため、ダリアに用意してもらった寝酒を軽く飲んでから、泥のように眠ってしまった。
当然、寝酒を飲んだ後のことは全く覚えていない。だが、疲れていたことだしすぐに寝入ってしまったと思う。多分。きっと。
「おはようございます、ソル様」
「あ……ああ、おはようございます、ダリアさん」
「朝食になさいますか?」
「あ、はい……ちょっと、顔洗ってきます」
ふぁ、と軽く欠伸をしてから起き上がり、そのまま洗面所へ向かう。
ダリアは当然のように、俺の後ろに付き従ってくれた。そして俺が顔を洗い終えると共に、手に取りやすい位置へとタオルを差し出してくる完璧ぶりである。
ええと。
俺は確かに三日間の仕事で、僅か二時間しか睡眠をとっていなかった。
だが、ダリアはそんな俺に対して、欲しいと思ったときに濃いコーヒーを用意してくれて、片手でつまめる食事を用意してくれており、かつ来客への対応なども行ってくれていた。多分、俺と同じくらい寝ていないのではないだろうか。
疲れが残っている俺と違って、普段通りに見えるのは若さだろうか。
「お嬢様から、本日正午にお屋敷の方に来るようにとの仰せです」
「……ルキアさんが?」
「はい。お嬢様曰く、色々と片付いたとのことですが……詳しくは、ソル様が来てから話すとのことでした」
「はぁ……」
片付いたと言われても、俺にはよく分からない。
というか俺がやっていたことって、結局小型結界を作ることだけだったし。王都からやってきた兵士との戦争ともなれば、さすがに俺の出番なんてないだろう。
「ですので、午前中は特に何もございません。ごゆっくりなさってください」
「あー……そうですか」
「はい。カンナ様も、本日はお屋敷の方でのんびり過ごすとのことでした。アンドレ様も、他の魔術師たちも休まれるとのことです」
「分かりました」
ダリアの言葉に頷く。
カンナにも割と無理をさせてしまったし、今日明日くらいは休みという形でいいだろう。アンドレ君たちにも玻璃への魔術式を刻む作業に専念させていたから、休んでもらっても構わないと思う。
ああ、そうか。そのあたりを本来判断するのって、商会長(仮)の俺なのか。
なんか、その辺のことはアンドレ君に任せた方がいい気がしてきた。俺、結局のところ現場人間だし。
「うーん……それじゃ、午前中は時間ができましたね。何しようかな」
「はい。ですので、よろしければ一緒に……」
「あ、そうだ。丁度いいから、遠隔管理装置の確認をしておきます。カンナに任せっきりで、ほとんど見ていなかったんで」
「……」
ん?
ダリアが何か言おうとしてたのを、遮ってしまった。
俺、邪魔してしまっただろうか。
「……え、ダリアさん? どうしました?」
「いえ、特には。ソル様、お飲み物はどうなさいますか?」
「あ、はい。それじゃ、紅茶を……」
「承知いたしました。朝食を用意してまいりますので、少々お待ちください」
「あ、はい」
ダリアが普段通りに、カートを押しながら部屋を出て行く。
何か言いかけてた気がするんだけど、気のせいだろうか。
まぁ、遠隔管理装置もほとんどカンナ任せだったから、そろそろ確認しておくべきだと考えていた。丁度空き時間があるのなら、有効活用すべきだろう。
「……」
とはいえ。
折角ダリアが「ごゆっくりなさってください」と言ってくれたのに、結局仕事のことしか考えてないなぁ、俺。
「やぁ、よく来てくれたね。ソル君」
午後。
昼食を済ませてから、俺はダリアと共に本邸――ルキアの屋敷へとやってきた。
ちょっと怖かったのは、本邸の廊下を歩いているとダリアが「ふむ……」「おやおや……」「……これは教育の必要がありますね」などと呟いていたことだろうか。俺からすれば、とても綺麗に整えられている廊下だったのだけれど。
そして、ルキアは俺が来ると共に執務室の椅子を立ち上がり、手でソファを示してきた。
「どうも、ルキアさん」
「いきなり呼びつけてすまなかったね。少しばかり、経緯の説明をしておこうと思っていたんだよ」
「経緯の説明ですか?」
「ああ。この三日ほど、わたしはきみに大変な苦労を押しつけた。そのあたりの説明責任を果たすのも、上長の務めだろう?」
「はぁ……」
ルキアが、俺に向けて片目を瞑る。
つまり、今後どのように戦争が行われていくのかとか、そういう説明だろうか。そんな軍の説明されても、俺にはさっぱり分からないのだけれど。
あ。
もしかすると俺、小型結界のメンテナンスのために最前線に行けとか言われるのか?
「まず、戦争だが」
「は、はぁ……」
「回避できた。我々が、王都の兵を迎え撃つ必要はなくなった」
「えっ……」
思わず、俺は目を見開く。
戦争が起こると考えて俺、必死に小型結界作ってたんだけど。
「王都から進軍してきた兵はそのまま踵を返して、再び王都へと戻っていった。もう一度進軍してくることはないだろう。使者曰く、行軍訓練の一環としてノーマン領近くまでやってきただけのことであり、我が領に対しての侵略という意味はないそうだ」
「えっ……そう、なんですか?」
「とても見苦しい言い訳だがな。実際のところ、兵を進軍させて目眩ましにしてから、警戒の弱まった部分から侵入してきた兵があった。五十人ほどだな。この兵士たちが、大結界の本体を狙っていた」
「――っ!」
俺は、思わず立ち上がりそうになった。
大結界の本体は、ルキア曰く侯爵家の秘密の場所に置いてある。だが、光の屈折などによって大結界の影響が出ると考えて、野ざらしのままだ。
常に入り口を数人の私兵が監視しているという話だが、その数を超える兵が押し寄せたとなれば、大結界の本体が――。
「詳細は省くが……まぁ、わたしが気付いて、すぐに私兵と共に向かって、取り押さえた。大結界の本体は無事だよ」
「は、はぁ……それなら、良かったです」
「今後は、大結界の本体に対しても何らかの防御手段を考えた方がいいだろうね。もしわたしが気付かず、本体を動かされでもしたら……ノーマン領が、今度こそ《魔境》に呑まれていたかもしれない」
「……わかりました。簡易結界を施せるような仕掛けを、考えておきます」
「頼む。まぁ、そういった経緯で雇い入れた男がいる。入りたまえ」
「失礼します……」
そして、執務室の奥にある扉から、入ってくる男性。
年齢は俺より一回り上くらいだろう、白髪に白い髭の男――。
「きみほどではないが、結界術に優れた……」
「ジュード先輩!?」
「……ソル? えっ……何故、お前がここに?」
見覚えのあるその顔立ちは。
かつて封印都市フィサエルで俺と共に働いていた先輩――ジュード・ルウィンだった。
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