第77話 それぞれの対策
「ふん。相変わらず、口だけは達者ですね。ノーマン侯」
不機嫌を隠そうともせず、ルキアに向けてそう言ってくるザッハーク侯。
ルキアからすれば、極めて事実を述べただけのことだ。何せその瞳に映る彼らの才能は、ソルやカンナと比べて遥かに劣るのだから。
結界術の才能を持っている者でさえ、僅かに一名。しかもそのレベルも1しかない。ルキアからすれば、精鋭(笑)だ。
「まぁ、いいでしょう。言いたいことは言わせてあげます。きみたち、早く解析を進めなさい。さっさと解析を終わらせて、王都に帰りますよ」
「わたしが、貴様らを黙って逃がすと思うか?」
「では、聞きたいものですね。そちらの兵士は十数名。比べ、こちらは五十名を連れています。たったそれだけの数で、我々を阻むことができると?」
「……」
ザッハーク侯の言うとおり、戦力差があることは事実だ。
こちらがシュレーマンの率いる猛者たちであるとはいえ、数の差は如何ともし難い。
「わたしたちを追って、他の私兵もやってくる。時間が経てば、そちらの数の利はなくなるぞ」
「おお、それは恐ろしい。では早々に解析を済ませ、退散させてもらうこととしましょう」
「……」
ザッハーク侯を囲む兵士たちが、それぞれ剣の柄に手を掛ける。
それと共に、シュレーマンをはじめとした私兵たちも、腰の剣に手を掛けた。
数の不利がありながら、ルキアの私兵に逃げようという気持ちは一つもない。それだけルキアを信頼し、忠誠を誓ってくれているのだ。
いざとなれば――命を捨ててでもルキアだけは守り切るという、鉄の意志がそこにある。
「閣下!」
そこで、先程ザッハーク侯が示した精鋭(笑)の一人が、そう声を上げた。
ルキアの目に映る才能は、『結界術レベル1』。三人の中では、唯一結界術の素養を持つ人物ではある男だ。
年齢としては五十半ばといったところか。その年齢でレベル1ならば、今後の成長も見込めないだろう。
「どうしましたか」
「も、申し訳ありません……! 解析が、非常に難しく……!」
「……何ですと?」
「は、はい……! こちらの図面の通り、玻璃の方には魔術式が刻まれているのですが……!」
男が持っているのは、一枚の紙。
そこに描かれているのは、ルキアも見たことのある内容だ。玻璃の板――大結界にはめ込むためのそれに、魔術師たちが一斉に魔術式を刻むにあたって、ソルの作ったものである。
どこからそれを手に入れたのかは分からないが、魔術師とて金で転ぶことも多々ある。そんな腐った人間が、その図面を横流しにしたのだろう。
「
「その図面さえあれば、数分もあれば解析できると言っていたでしょう」
「それが……本来の魔術式がどこにも見当たらず、相関している作用も複雑で、しかも多重にプロテクトがかかっている状態です……!」
「む……」
「これを解析するには、王都まで持っていった上で、研究チーム総掛かりで行う必要があります!」
ザッハーク侯が、男の報告に眉を寄せる。
そして同時に、ルキアは心の中だけでソルへと賛辞を送った。
実に素晴らしい。レベル1とはいえ、結界術の専門家であることは間違いない――そんな相手に、解析が難しいと言わせるだけのものを作り上げたのだから。
「まったく……使えない連中ですね」
「も、申し訳ありません……!」
「では、構いません。その大結界の、端を切断して持ち帰ることにしましょう。誰か、
「やめろっ!」
思わず、ルキアは声を上げる。
かつてルキアが封印都市から手に入れた、大結界の欠片――それは、都市長が大結界の一部を破壊して渡してきたものだ。
あのときと同じく、ザッハーク侯は大結界の一部だけを切り取ろうとしている。ソル曰く、「大結界に穴が空いたもんだから、修復するのにめちゃくちゃ手間と時間がかかりましたよ」とのことだった。
一部を切断することによって、何が生じるのか――それが、ルキアには分からない。
「不可能です、閣下!」
しかし、先程の男が首を振って、ザッハーク侯の言葉を否定した。
「何……?」
「
「何だと……!」
「下手をすれば、攻撃をした者を含めて、周囲一帯が吹き飛ぶ危険があります! 閣下!」
「……」
ぎりっ、とザッハーク侯が歯を軋ませる音が響いた。
そしてルキアは同時に、ソルへと喝采を送りたい気持ちを堪えていた。
封印都市に存在していた大結界は、都市長が勝手に傷つけて結界に穴を開けてしまう、そんな代物だった。恐らく、同じ轍を踏まないよう、外部からの破壊への対策を作ったのだろう。
侯爵家秘密の場所にあるから、と慢心することなく。
「ちっ……」
ザッハーク侯は苛立ちを隠そうともせずに、大きく溜息を吐く。
そして、胡乱な眼差しでルキアを睨み付けた。
「仕方ありませんね。ならば、もういいでしょう」
「閣下……?」
「平和的に解決したかったところですが、もう構いません。丁度ここに、僅かな手勢でやってきた邪魔な小娘がいます。こいつの首を持ち帰り、ノーマン侯爵家の血脈を断つとしましょう」
「ほう……」
ザッハーク侯の言葉と共に、五十人の兵士が剣を抜いた。
シュレーマンも同じく剣を抜き、ルキアの前に立とうと動く――しかし、ルキアはそんな彼の動きを、手で制した。
「残念だが、そうは問屋が卸さんよ」
「おやおや。随分と強気なことだ」
「当然だろう。わたしがこの場所に大結界の本体を置いていることには、理由がある。ここに至るまでは一本道しかなく、そして背後は崖だ。つまり……この道さえ封鎖すれば、決して逃がしはしない」
「何を……」
「わたしが、何の準備もなくここに来たと思ったか。痴れ者が」
ルキアは己の懐から、鈍色に光る
それは現在、ソルに量産させている一つ――小型結界だ。
ルキアがソルの状況を視察していた際、既に完成したと言っていた山の中から、本人の許可を取って持ってきたものである。
「それは……!」
「これは、小型結界だ。わたしのように、専門家でない者が発動しても――」
ルキアは、小型結界へと魔力を流す。
発動に必要な魔力は極めて少量。そこからは《循環》の魔術式によって動き、自動的に魔力を補完する。ゆえに、ほとんど魔力を持っていない者でも簡単に使うことができる仕様だ。
ルキアのが発動しても、極めて容易に。
目の前に――透明の壁を、築くことができる。
「なっ……!」
「――このように、簡単に結界を作り出せる代物だ。この強度は、大結界と全く同じだよ」
ルキアは勝利を確信した上で、笑みと共に告げた。
「たった五十人の兵士で、大結界を壊せるものならば見てみたいものだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます