第76話 対峙

「くっ……遅かったか!」


 領都から、少し離れた丘。

 そこに至るまでは一本道しか存在せず、そこには常に侯爵家の私兵を置いて、通行を制限している場所だ。無理に押し通ろうとする者がいれば、私兵の判断において殺しても構わない、とも告げている。

 何故なら、そこは侯爵家が管理する私有地だ。

 丘の上にある蔵にはご禁制のものも多く置いてあるし、貴重品も多く収納している。そのため私兵は昼夜で交代する形をとり、常に誰も通っていないか目を光らせている。

 そして何より――そこには、大結界の本体がある。

 まさしく今、ノーマン領の生命線と言うべきそれが。


「……殺されてますね」


 シュレーマンが、苦々しくそう呟く。

 丘の入り口――その道で倒れている、ルキアの雇っている私兵たち。そこに屍として転がっている彼らは、この場の守護を任せていた者たちだ。

 何せこの丘は、侯爵家の秘密の場所だ。そのため私兵の中でも長く勤めている、それなりに信頼できる者にしか守護を任せることができない。

 そんな彼らが――無惨にも、殺されている。


「行くぞ、シュレーマン。彼らの弔いは、全てが終わってからだ」


「承知いたしました。行くぞ、てめぇら!」


「うす!!」


 ルキア、シュレーマンを先頭に、後を追うのは十数名の私兵だ。

 すぐに動ける者は、僅かにこれだけしかいなかった。私兵を一人だけ残し、集まった私兵たちをまとめてからやってくるように伝えているが、それでも時間はかかるだろう。

 だが、状況は逼迫している。

 既にこの先に敵が侵入していると考えたら、これだけの兵力であっても向かわなければならない。


「――っ!」


 そして、山道をひたすらに上った先――そこに見えるのは、輝く魔鉄鋼ミスリルと玻璃によって作られた大結界の本体。

 それと、まるで本体を囲むかのようにそこにいる、数多くの武装した兵士たち。


「ザッハーク侯っ!」


「おや……」


 そこにルキアは、見知った顔を見つける。

 侯爵家の当主であるルキアは、王都での夜会に出席したことも何度かある。そこには常に王国の有力貴族たちが集まり、顔合わせと情報交換を行うのが常だ。

 そこで何度か会ったことのある、ノーマン領からすれば隣の領地――ザッハーク領を治めていた大貴族。

 現ザッハーク侯爵家当主、ヴァーキア・ザッハーク――。


「これはこれは……ノーマン侯。ご機嫌はいかがですかな」


「わたしの治める領に無断で兵を侵入させ、わたしの兵を殺害し、私有地に勝手に入った輩の言うべきことではないな。ご機嫌? 実に最悪だとも」


「おや、そうですか。まぁ、別段あなたの機嫌が良かろうと悪かろうと、関係はありませんがね」


「答えろ。ここで何をしている」


 ザッハーク侯の周囲にいる兵士は、目算でも五十人程度。比べて、ルキアの連れている私兵は十数人。数の上では、明らかに劣る戦力差だ。

 しかし、ここはルキアにとって譲ることのできない場所。

 ゆえに語気を強く、ルキアはザッハーク侯を睨み付ける。


「これは異な事を。私は、陛下の勅命に応じてこの地に来ているだけのことです。私の行動は、全て国王陛下のお考えですとも」


「何だと……?」


「いやはや。よくもまぁ、これほど精巧な偽物を作ったものです。何度か封印都市の大結界を見たことがありますが、瓜二つではありませんか」


「それに触れるなっ!」


 ザッハーク侯が手を伸ばし、大結界に触れようとしたところで叫ぶ。

 ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡの維持管理は、今のところ全てソルに任せている。そして、ソル以外には相棒のカンナ以外、この本体には触れさせていない。

 この大結界は、ノーマン領の領民たちが安寧を得るために、絶対に必要なものだ。ゆえに、ルキアでさえ絶対に触れないようにしている。ソルからは特に何も言われていないが、下手に触れたり操作したりすることで、誤作動を起こす可能性だってあるのだから。

 ザッハーク侯はしかし、そんなルキアの激昂に対しても、にやりと笑みを浮かべる。


「私が国王陛下より直々に言い渡された勅命は、この地における大結界について調査することです。本当に《魔境》の魔物たち相手でも壊されることのない、安全なものであるのかを」


「……何だと?」


「当然でしょう。ノーマン領を超えた向こうは、王家の直轄地です。もしもこの大結界が破壊されでもすれば、《魔境》の魔物たちは王都に押し寄せることでしょう。陛下は、それを大変危惧されております」


「ならば、戻って伝えるといい。ノーマン領で新たに作り上げた大結界は、十分な強度を誇っている。維持管理を怠ることさえなければ、向こう千年は壊れることがないと」


「なるほど。ノーマン候はこの偽物に、随分と自信を持っておられるようだ」


「偽物ではない。それはラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡだ」


「ただ、国王陛下は大変憂えておられる」


 ルキアの言葉を無視して、ザッハーク侯は大仰に手を開いてみせた。

 芝居がかったその所作は、まるで人を小馬鹿にしているかのように。


「憂えているのだと? どういうことだ」


「ノーマン侯に、王国の生命線たる大結界を任せるのは分不相応。太古の昔より、大結界を管理してきたのは我らザッハーク家。国王陛下は、あるべきものが存在する場所は、相応しい者が管理することをお望みです」


「……その古代遺物アーティファクトの維持管理を怠り、破壊させた者が言うべきことではないな。わたしは文で警告したはずだ。封印都市の大結界は、崩壊する可能性があると」


 ザッハーク侯に対して、ルキアはそう告げる。

 事実、ルキアは何度もザッハーク侯に対して注意喚起の文を送った。ソルという一流の結界師を懐に迎え、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡを作り上げたルキアとて、封印都市の大結界が崩壊することを望んでいたわけではない。封印都市で大結界が作動し続け、平和が続くことこそが一番だったのだから。

 だというのに、まともに調査も管理もすることなく、崩壊させた張本人――それがザッハーク候だ。


「ふっ」


 しかし、そんなルキアの嫌みに対しても、ザッハーク侯は笑みを崩さない。


「偉大なるエルフの作りたもうた古代遺物アーティファクトといえ、形あるものが壊れるのは世の常。古代遺物アーティファクトといえ、稼働して数百年の骨董品には変わりありませんからね」


「なるほど。あくまで自分のせいではないと、そう言いたいのか。ザッハーク侯」


「ですが、人の身でも古代遺物アーティファクトを作ることができるかもしれないと、そう分かったことは僥倖です。陛下もお喜びになるでしょう」


「何……?」


 ザッハーク侯はそう言って、見下すようにルキアを見据えた。


「たかがノーマン領の田舎者で偽物を作ることができるならば、王都の精鋭魔術師たちならば本物を作ることができるでしょう。これよりこの偽物を解析し、その上で私どもが本物を作ります」


「……」


「ノーマン領の田舎者が作ったものを、陛下は信用しておられません。ここにいる王都の精鋭……結界術に長けた魔術師たちによって作ったものならば、陛下も安心することでしょう」


「ああ、そうか」


 ザッハーク候が手で示した三人――それぞれ、王都の魔術教会の印が入った外套を羽織った男たち。

 そんな彼らを見て、ルキアは鼻で笑った。


「その程度で精鋭か」


「……何を」


「王都の魔術師とやらは、随分程度が低いらしい」


 何故なら。

 真紅の瞳に映った彼らの情報――そこに書かれている才。


『水魔術レベル1』

『結界術レベル1』

『土魔術レベル2』


 それが。

 ルキアの最も信頼する『結界術レベル10』の男と、その相棒である『結界術レベル8』の女に比べれば、あまりにも低かったがゆえに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る