第64話 閑話:支える者たちの評価
「ちわすー。先輩、邪魔しとくっすよー?」
ソル・ラヴィアスがルキアに対して、完成した小型結界をお披露目していた頃。
丁度同じく、カンナ・リーフェンはソルの別邸を訪れていた。残念ながらタイミングの悪いことに、ソルは留守だったけれど。
仕方なくカンナは入り口にいたメイド――ダリアではないもう一人、ナタリーという名前だ――に一応来訪したことを伝え、中で待たせてもらうという形にした。一応、本邸の客間で寝泊まりしているカンナからすれば、一度本邸に戻ってから再びやってくるのも、割と面倒な距離ではあるのだ。無駄にこの屋敷、敷地が広いし。
まぁ、とはいえ。
別邸の端の部屋には、先日カンナが調整を済ませたもの――遠隔管理装置がある。そのため、カンナにとってこの別邸は遠隔で大結界を操作するための職場でもあるのだ。さらにソルとカンナしか出来ない作業も多々あるため、割とこの別邸に来ることも多い。
そのため、カンナからすれば勝手知ったる人の家、という感じだ。
「はー……この様子じゃ、まだ遠隔管理装置の方は見てなさそうすねぇ。そろそろ大結界を設置してから時間も経ってるし、
よいしょ、と家主のいない部屋のソファに座って、カンナは大きく溜息を吐く。
ダリアでもいればお茶を出してくれたのかもしれないが、基本的にダリアはソルが外出する場合、その供をしているのだ。そしてナタリーは掃除、洗濯、湯沸かしの方を担当しているため、お茶くみをしないのだとか。
まぁナタリーはナタリーで忙しいだろうし、カンナは勝手に部屋の中の水差しをとった。まさしく勝手知ったる人の家である。
「ん?」
適当なカップを手に取り、水を注ごうとしたカンナの目に、見慣れたものが映る。
それは水差しの横に不用心に置いてあった、かつて封印都市フィサエルに存在した大結界の欠片――ルキアが金貨で購入したという小型結界だった。
「……先輩、不用心すねぇ。いくら自分の部屋だっていっても、置きっぱにするとか」
はぁ、と小さく嘆息。
この小型結界を入手した経緯は、カンナもまた聞いた。都市長ジークが大結界の一部を勝手に取り、それをルキアに高値で売りつけたのだとか。
一年前――カンナは既に解雇されていたけれど、そのときの混乱は耳にしている。一部の大結界が動作不良を起こし、大結界付近に居を構えていた住人が何人か、気分不良を訴えたのだとか。
もしカンナがその時点で在籍していた場合、恐らく数日は家に帰ることができなかっただろう。
「……」
カンナは、改めてそんな大結界の欠片を見る。
ソルはこれを、ルキアから譲り受けたという話だが――。
「失礼します……ああ、カンナさん。こんにちは」
「あれ? アンドレ君すか。どうしたんすか?」
そこで、唐突に入ってきた男――アンドレ・カノーツの姿に、カンナは眉を上げる。
元々は市井の魔術師だった男だが、今は魔術師の取りまとめ役とか、そういう仕事をしてくれているアンドレ君だ。そもそも雇用主であるソルにはカリスマの欠片もなく、部下を率いてどうこうするより自分一人で色々やってしまう職人気質であるため、アンドレ君も色々と苦労しているらしい。
ある意味、カンナもアンドレ君と同じく、ソルに苦労させられている同類ではあるのだが――。
「ちょっと相談事があって来たんですけど、留守みたいで。でもわざわざ戻るのも面倒だったので、中で待たせてもらうことにしたんです」
「そうすか。あたしも似たようなもんすよ」
「そうでしたか。でしたら、カンナさんの用件が終わってから伝えますね」
「了解っす」
カンナも一応、かつて大結界を管理していた一人だ。
だがアンドレ君には先に、「分かんないことは先輩に聞いてください。あたしだと、中途半端な答えしか出せないと思うっす」と伝えてある。ある意味職務放棄ではあるけれど、実際にソルの方が遥かに優れているのだから。
ふと、そこでアンドレ君がカンナの手元を見ながら、片方の眉を上げた。
「あれ……それ、小型結界ですか?」
「そっすよ。でも、先輩の作ったものじゃなくて、フィサエルにあったオリジナルの欠片っす」
「ああ……何度かちらっと見たことはありますけど、しっかり解析したことはないですね」
「見るすか?」
「あ、いいんですか?」
「いいんじゃないすかね。減るもんじゃないし」
カンナは小型結界を、そのままアンドレ君に手渡す。
魔術師たる者、知らないことに対する知識欲というのは非常に強いのだ。そして今まで、この小型結界は基本的にソルが持っていたものであるため、アンドレ君が解析したことは一度もないだろう。
アンドレ君がどこかきらきらした眼差しで、目に魔力を込める。
それと共に――激しく、目を見開いた。
「えっ……!」
「アンドレ君は、それ分かるっすか?」
「こ、これ……!」
「ま、分かんないすよね。あたしも正直、分かるのは一部っす。残りは、ほとんどブラックボックスみたいなもんすよ」
アンドレ君が解析しているそれは、魔術式の羅列だ。
しかし、普段使っているそれとは、全く異なるもの――それが、目の前に浮かんでいることだろう。
「……何も、分かりません。これは、一体……」
「エルフの魔術式っすよ」
驚愕に肩を震わせているアンドレ君に、カンナはそう告げる。
そもそも大結界とは、エルフの作った
そこに刻まれている魔術式は、エルフの扱っていたものである。そしてそれは人間の使っている魔術式とはまた異なる進化を経たものであり、現在でも解読しきることは難しいとされるものだ。
「……これが、エルフの魔術式、ですか? こんなにも、複雑で立体的な魔術式を刻むことが!?」
「エルフは、多次元領域における魔術式の並行作動ができたみたいすよ。現状、人間の技術じゃ逆立ちしても不可能すね」
「えっ……で、でも……」
アンドレ君の疑問は、よく分かる。
ろくに解読もできない、その技術の内容すらろくに分からない、エルフの刻んだ魔術式。針の穴に糸を通すような緻密さで、魔術式が縦横無尽に描かれている代物だ。
かつて大結界を管理していたカンナでも、理解できるのは極めて一部、よく修正しなければならない部分だけである。
「でも……ソルさんは、いつも言っていますよ。俺はエルフの作った大結界を、ただ再現しただけだって……」
「再現できるのが化け物なんすよ。魔術式を全部洗い出して、どう作用するか一つ一つ確認して、その上で最適な魔術式の刻み方を作り出したのは先輩なんす。ぶっちゃけ、先輩じゃなかったらノーマン領の大結界は作れてないっすよ」
カンナは、大きく溜息を吐く。
自信なく「俺はただ再現しただけで、凄いのはエルフだ」とか言っているソルではあるけれど、実際の彼は途轍もない技術者なのだ。
「ソルさんは……本当に、凄い人だったんですね」
「そっすよ。うだつの上がらない中年だし女慣れしてないし、そのくせ人が胸当てたら全力で反応するムッツリで、清潔感もないし足も臭いおっさんすけど、何気に凄いんすよ」
「さすがに言い過ぎじゃないですか!?」
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