第63話 小型結界、完成
小型結界が完成したのは、グリッドマン工房から
元々、大結界がいつ損傷しても問題ないように、玻璃の板は多めに作っていた。
いかんせん玻璃は衝撃に弱く、馬車で運ぶ振動で割れてしまう可能性も高かったから、予備として寝かせていたものが百枚以上もある。そのため今回、小型結界を作るにあたって、そちらの在庫から流用したのだ。
そして、既に魔術式を刻んだ玻璃の板があるなら、その後の作業は簡単だ。
枠が百六十もある大結界を作ったことに比べれば、僅か一つの枠に魔術式を刻む作業なんて、一日もかからずに終わる。隣接した魔術式との齟齬も考える必要なく、単体で効果を発揮することのできる式で良いため、そこまで精度を気にしなくてもいいのだ。
もっとも、カンナは「それを簡単って言えるのは先輩だけっすよ」とジト目で見てきたけれど。そんなに難しくないのに。
「それでこちらが、完成した小型結界です」
「ふむ。なるほど……随分と重いな」
ノーマン邸、ルキアの執務室。
俺は完成したばかりの三つの小型結界、そして小型結界を設置する革鎧を持って、そこを訪れていた。
勿論これは、一応ながらルキアの私兵団と模擬戦を行う運びとなったため、事前にルキアが「装備はわたしにも確認させてくれ」と言ってきたからである。
私兵とは、貴族が領内の安全を確保するために雇っている兵士である。そのため、そこに負傷者や死者などが発生した場合、ルキアの責任となってしまうのだ。俺も最初からルキアの私兵を殺すつもりなどないけれど、念のため確認をしてもらっている。
「あの大結界も重かったが、なるほど。一つ一つがこれというならば、あれが重いのも分かるという話だ」
「……馬車に乗せるの、割と苦労しましたからね」
「しかも、下ろすときにはわたしとソル君しかいないという条件だ。馬車から降ろしたらそのまま設置できるよう、からくりを考えたきみに脱帽だよ」
ふふっ、とルキアが笑みを浮かべる。
かつて山の上――侯爵家の私有地であり、誰も入ることができないそこに、俺は大結界を設置した。入り口には常に侯爵家の手の者が控え、余程近しい者でなければ場所すら教えられないという秘密の場所だ。
そこに入ることができたのは俺とルキアの二人だけであり、馬車をルキア自らが操作して運んだほどの筋金入りだ。俺もそのうち、馬車の運転の仕方を教わるべきかもしれない。いつまでもダリアに馬車を出してもらうのも、ちょっと申し訳なく思えてくるし。
まぁ、そんなわけで大結界の根幹となる枠組み――赤子くらいの重さはあるそれを百六十も連ねている、おそろしく重いそれを馬車から降ろすのに、俺とルキアしかいない状況だったわけだ。普通に考えれば、下ろせるわけがない。
だから仕方なく、俺は荷馬車の底を改良した。四つ並べた
正直、この仕掛けもかなり突貫工事だったから、上手くいってくれて本当に良かった。
「しかし、
「……正直、驚きました。あれほど高いとは」
「そうだろう。何せラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡの枠組みを発注して、父の代から貯め続けていた侯爵家の資産はほぼ底を突いた。恥ずかしながら、玻璃の板に関しては借金をしたほどだよ。もっとも、そのあたりは随分と寄付が集まってくれたから、完済できたがね」
「寄付……ですか?」
「寄付という名の徴収だよ。特に、ザッハーク領からノーマン領に逃げてきた避難民からは、私財を全て没収した。代わりに衣食住を保証してやる、という名目でね。自分の財産をしっかり持っている者にまで庇護を与えるほど、わたしは優しくないのだよ」
「……」
「ああ、特にトラブルなどは起こっていないよ。起こりようもない。何せ彼らには、きっちり奴隷紋を刻んでいるのだからね」
ルキアが、不敵な笑みを浮かべる。
以前からそうだけれど、本当にルキアという女性は底が見えない。俺のような底辺にいた無職を評価してくれるような優しさを持ちながら、時には冷酷に見えるような真似だって平気でする――だというのに、そこに嫌悪を感じないのは人間性のせいだろうか。
まぁ、俺自身ががルキアに拾ってもらった身であるから、というのが最大の理由かもしれない。
「それで、この小型結界はどう使うのかな?」
「はい。まず本体へ魔力を流すと、目の前に結界が現れます。このように……」
小型結界を一つ手に取り、俺はルキアと逆方――入り口の方へ向ける。
そして軽く手に触れ、そこに刻まれた魔術式へと僅かな魔力を流す。同時に小型結界が光を放ち、前方へと半透明の壁が出現した。
これは、ノーマン領と旧ザッハーク領、
「正面のみ、こうして《結界》を発生させることができます。こちらは新型の大結界と全く同じ魔術式を使っていますので、効果はお墨付きです」
「ふむ」
「仮に、
たった三つしか存在しない小型結界――だが、俺はそこに圧倒的な自信を持っている。
この三枚の壁は、決して誰にも破壊することのできない、不落の要塞なのだ。たった三十人の人間がどれほど攻撃してきたところで、この《結界》には罅を入れることすらできまい。
そんな俺の言葉に対して、ルキアが鷹揚に頷く。
「うむ、素晴らしい。発動そのものも素早く、この一枚が大結界の一部と全く同じ硬度……確かに、人間に壊すことはできないだろうね」
「はい。ですが、殺傷能力はありません。あくまで全ての攻撃を防ぐ、壁としての役割です」
「ふむ……」
攻撃魔術は使わない――そう、シュレーマン団長とは約束した。
あくまでこの模擬戦は、俺の作った小型結界の強さを示す場なのだ。彼らに、最強の装備だと信じてもらうための。
「ところでソル君。これは素朴な疑問なのだが」
「はい」
「完全に敵の攻撃を防ぐ《結界》を展開する……それは、非常に強いと思う。何せ、どんな攻撃も通用しない。どれほど攻めても落とせない、鋼鉄の壁を相手にしているようなものだろう」
「ええ」
ルキアの言葉に、俺は頷く。
そう、俺は絶対の自信を持って――。
「だが、どうやって勝つんだい?」
「……」
「壊せない壁が中央にある状況では、睨み合って終わるのではないかな?」
「……」
やべぇ。
考えてなかった。
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