第62話 懐事情と決意

「こんにちは、ヨハンさん」


「おう、兄ちゃん。しばらくぶりだな」


 グリッドマン工房。

 新しく『小型結界設置ポケットつき革鎧』の作成を始めてから、グリッドマン工房へと、小型結界の根幹となる魔鉄鋼ミスリルの製作を頼み、一月。

 工房主であるヨハンは、最初は割ととっつきにくかった部分も多い男だったが、こうして何度も足を運んでいるうちに割と仲良くなった。最初はダリアを伴って来ていたけれど、俺が身一つで来るようになってから、色々話してくれるようになった感じだ。

 やっぱりヨハンも男であるわけだし、美人を侍らせてやってくる奴とは仲良くなれないよな、と思って一人で来たのが、どうやら正しかったらしい。

 勿論、ここに来るまではダリアと一緒であるため、馬車で待ってもらっている状態だ。


「連絡いただき、ありがとうございます。魔鉄鋼ミスリルの枠ができたとか」


「ああ。つっても、約束通り三つだけだがな。月に三つが、今のところウチの限界だ」


「はい。ありがとうございます」


 ヨハンの前に並べられているのは、俺が指定した通りの構造をした、魔鉄鋼ミスリルの加工品だ。ルキアの持っていた大結界の欠片と、全く同じサイズで作ってもらっている。少なくとも素人目には、そこに並んでいる三個は全部同じサイズに思えた。

 これを小型結界として機能させるために、アンドレ君をはじめとした魔術師たちによって新しい玻璃の板を作ってもらっているため、持ち帰ったらすぐに加工できるだろう。


「とりあえず、三個分の加工費については侯爵家に請求させてもらうぜ。全部作ったのはワシの弟子だが、完成品の寸法についてはワシが全部確認してる。微調整もした。問題はねぇ」


「わかりました。ありがとうございます」


 頭を下げ、俺は並べられている三つの魔鉄鋼ミスリルを受け取る。

 この請求は一応ノーマン侯であるルキアの元に行くが、そのまま俺の商会から出していく形となる。まぁ、初期投資という形だ。

 ルキアもあまり懐が温かいという状態でもないらしいから、節約していかなければならない。この小型結界については、あくまで商会から出る金という形にしておくべきだろう。


「つーか、兄ちゃんよ」


「はい」


「受けたのはワシだが、本当に三つで今のところ終わりか?」


「……ええ」


 そして残念なことに、俺の手元にある三つ――これが、今のところ作れる限界だ。

 というのも、魔鉄鋼ミスリルが思っていた以上に高かったのが理由である。

 一応、初期投資として俺のポケットマネーである金貨四十枚を使ってもいいと考えていた。別にこれから使うつもりもないし、できるだけルキアに頼らないようにと。

 だが、あくまで小型結界三つ分という極めて少ない魔鉄鋼ミスリル――それだけで、軽く金貨三十枚が吹き飛んだ。さらにグリッドマン工房への加工費として、一つあたり金貨一枚である。

 正直、金額を聞いただけで絶望した。

 同時に、あれだけ巨大な大結界――ラヴィアス式新型ノーマン大結界を作るのに、ルキアはどれだけの金貨を掛けたのだろうかと、戦慄もしてしまった。


「ま、ワシからこれ以上営業はしねぇが、今後また必要になったら言ってくんな。若ぇのに経験も積ませてやりてぇからよ」


「はい。そのときはよろしくお願いします」


 ヨハンに頭を下げ、頷く。

 そのときが来るかどうかは分からないけれど、この縁は繋いでおく方がいいだろう。













「ルキアの私兵団と模擬戦をすることになった」


「どういうことなんすか、先輩」


「何があったんですか?」


 グリッドマン工房から屋敷へと戻ってきて、俺は本邸の方に常駐しているカンナ、アンドレ君へとそう告げた。

 俺は一応、掻い摘まんで彼らに説明する。小型結界について団長のオックス・シュレーマンが軽んじていること、そして彼らに小型結界の効力を理解させるためには、一度実戦で見せてやる他ないと判断したことを。


「……まぁ、そういうわけだ。一応、三十人対三十人という形で戦いをして、そこで小型結界の出せる結界で壁を作って、向こうの攻撃を全部防ごうと思っていたんだよ」


「はぁ……」


「そんな約束してたの、あたし聞いてないすよ」


「準備が整ってから言おうと思っていたんだよ。特に、小型結界がまだ手元にない状態だったからな」


 アンドレ君、カンナがそれぞれ眉を寄せる。

 本当ならシュレーマン団長と模擬戦の話が出た後、すぐに言うべきだったかもしれない。だが、アンドレ君あたりが「だったら戦術の勉強しておきます」とか言い出しそうだったから、やめておいたのだ。

 あくまで俺たちは、素人集団という形で模擬戦を行うわけだから、下手に知識とか入れるわけにいかないのである。


「えーと……侯爵閣下の私兵団三十人と、あたしら三十人での戦いってことすか?」


「そうなる。ただし、攻撃魔術は禁止だ」


「でも、こちらは小型結界を使ってよい、と」


「そういうことだな」


「……楽勝じゃないすか」


「ですね」


「ああ」


 カンナの言葉にアンドレ君、俺と頷く。

 ぶっちゃけ言えば、楽勝だ。俺たちは戦闘のプロというわけではないが、小型結界の照射による結界を使ってもいいわけである。これは、純粋に何の攻撃も通らない壁を出して戦うのと同じだ。

《魔境》の魔物たちがどれほど攻撃しても壊すことのできない大結界を、たかが三十人の人間で破壊できるわけがない。


「まぁ……予算の関係上、作ることができた小型結界の枠は、三つだ。これに今から魔術式を刻んで、玻璃を設置して、革鎧に仕込んで戦うことになる」


「あのダサい奴すか」


「言うな。傷つくから」


 また言われて、ちょっとへこむ。

 ただでさえルキアにまで「ダサいな」と言われてしまったから、傷ついてるのに。


「しかし、三つですか。でしたら、結界は三つしか照射することができないということですね」


「そうなる。本当は三十個作って全員が設置して、壁が迫ってくるぅぅ、みたいなことをやりたかったんだが」


「まぁ、三つでも十分範囲は広いっすよ。それこそ敵が来るとこに結界を向ければ、向こうは何もできないす」


「ああ。だからひとまず、小型結界を持つのは俺、カンナ、アンドレ君の三人にしようと思う。その上で、残り二十七人は適当に魔術師の中から選ぶ形だな」


 まだ具体的な日程は決めていないが、少なくとも小型結界が完成してからになる。

 そのあたりは、またルキアを交えてシュレーマン団長と話す必要があるけれど――。


「あれ、でも先輩」


「ん?」


「小型結界、作って貰ったのは三つっすよね。だったら、四つあるじゃないすか。ほら、先輩の持ってるやつ」


「……」


 カンナが俺の懐を指して、そう告げる。

 そこに入っているのは、かつてルキアから託された大結界の一部――エルフの作った古代遺物アーティファクトの一部だ。

 確かにこれも、小型結界の一つではある。しかも、俺が作るより遥かに性能がいい。

 だが――。


「いや、これは使わない」


「……マジすか」


「彼らに認めてもらうのは、俺が作った小型結界だ。エルフの作ったものじゃない」


 失われた技術、妖精鏡フェアリーミラー

 俺が刻むよりも遥かに正確に、無駄なく配備された魔術式。

 一方向への照射ではなく、四方に照射することができる謎の技術。


 これは、使わない。

 代わりに、俺の作った小型結界だけで、彼らを圧倒してみせる――。

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