第61話 侯爵閣下への報告

「うむ、ダサいな」


「……」


 ルキアにまでそう言われてしまった。

 俺が小型結界を装着した革鎧、そんなにもセンスがないのだろうか。泣きたい。


「ああ、勘違いしないでくれ、ソル君。けなしたつもりだ」


「……貶したつもりなんですか」


「そうだな。ベルト部分に革を追加して小型結界を入れている様子だが、横から見ると妊婦に見えそうだ。それも真四角に腹が突き出ているわけだから、より意味が分からない。さらに前から見ると、腹の部分に穴が空いているように見える。少なくともわたしの知る限り、この革鎧を見て格好いいなどとほざく人間はいないだろうね」


「……」


 ルキアの言葉の、一つ一つが俺に突き刺さる。

 俺は正直これを作っている間、こんな風に装備がある革鎧って格好いいよなって思っていた。まさかカンナ、オックス、ルキアと多方面からボロクソに言われるとは。


「いや、しかしソル君らしいといえば、確かにらしいな。ああ、勿論これは、きみを貶しているわけではないよ」


「……そこまで言っておいて貶してないんですか」


「正直に言えば、わたしはきみの能力は非常に買っているし、優秀な人材だと考えてもいる。無論、婚約者としても高い評価をしているよ。だが、ことセンスという面については非常に厳しい評価をせざるを得ない」


「……」


「ひとまず、きみの服は今後、常にダリアに選んでもらいたまえ」


 今も、選んでもらっている。

 というか、朝になったら「本日のお召し物です」とダリアが渡してくるのを、毎日着ているだけだ。ノーマン領にやってきてから、自分の服を選んだ覚えがない。


「だが、きみらしいというのは別の話だ」


「……どういうことですか」


「例えば……そうだな。そこに剣があるだろう?」


 ルキアが、微笑みを浮かべながら部屋の端を指す。

 そこに飾られているのは、何の変哲もない長剣だ。装飾がついているわけでもなければ、高級そうな素材というわけでもない。恐らく、緊急時に使うための武器なのだろう。


「武器というのは、合理性だけを突き詰めたものだ。いかに敵を殺傷せしめるか、その能力を求めるためだけに形が整えられている。そこに無駄な装飾は必要ない」


「……」


「きみのこの革鎧も、実に合理的だ。自分の体に装着して、結界を作り出すことだけに特化している。デザインや装飾などは二の次で、ただ目的のためだけに合理的に作られたもの……そのあたりが、きみらしいと思っただけのことだよ」


「……」


 褒められているのか、貶されているのかいまいち分からない。

 だが確かに、ルキアの言うとおりではある。デザインとか格好良さ以前に、俺は使い勝手とか効率を求めるタイプだ。どれほど格好いい鎧や盾があったところで、そこに防御力を伴っていなければ何の意味もないだろうし。

 だからこの革鎧も、合理性だけを追求したもの――ルキアのその認識は、間違っていない。


「だが……話を聞く限り、わたしは実に残念に思うよ。まさかシュレーマンが、それほど頭の固い人間だとは思わなかったね」


 はぁ、と小さくルキアが溜息を吐く。

 一応、俺と私兵団団長――オックス・シュレーマンとの会話については、先に報告済みだ。

 俺の作った改良型革鎧――小型結界を備えた革鎧を全員が装着することで、前方に結界を照射し、あらゆる攻撃を防ぐ最強の盾になるそれを、オックスから否定されたことを。

 


「シュレーマン団長には、もっと軽い素材であるならば、盾につけてもいいとは言われましたが」


「盾など無意味だと、何故分からないのだろうね。彼は、剣や槍で大結界を壊せると思っているのだろうか」


「……それは、分かりませんが」


「わたしの方から釘を刺しても構わないが……まぁ、既に話は纏まっている様子だから、わたしからは特に何も言うまいよ。そして、魔術師三十人と私兵団三十人の模擬戦についてだが、こちらも許可しよう」


「ありがとうございます」


 ルキアの快い返事に、俺は頭を下げる。

 オックスをはじめとした私兵団は全員、ルキアが雇っている人材だ。そんな彼らと、雇い主であるルキアの許可もなく戦うわけにはいかない――そう思って、事前に報告しておいた。

 報告、連絡、相談は、社会人として何より大切なものなんだよ。


「しかし、頭の痛いことばかりだな。ただでさえ無能の上司に悩まされているというのに、信頼していた私兵団長の頭が固いとは」


「ああ……そういえば、王家とは結局どうなったんですか?」


「うん? 今のところ、使者はまだ来ていないよ。領地の返還については既に断りの返事をした。おとといきやがれ、とね。わたしの予想ではもうそろそろ、譲歩した案を持った使者が来るものだと思っているよ」


「……譲歩した案、ですか?」


「ああ」


 ルキアが嘆息交じりに、そう頷く。

 王家からの要求は、ノーマン領の管理権を王家に返還せよ、という内容だった。この要求を呑んだ場合、今後ルキアが治める領地はなくなることとなる。そんな一方的な要求、呑めるはずがないだろう。

 だが、そこに対する譲歩というと――。


「恐らく次は、『ノーマン領を二分し、半分の管理権を返還せよ』といったところだろうね。最初に全てを返還せよと要求していたことに比べれば、大きく譲歩しているだろう?」


「……それは」


「交渉ごとというのは、最終的な着地点をまず定めておいて、その上で呑めそうにない要求から始めるものなのだよ。最初に大きく出て、徐々に要求を小さくしていく。その結果本来の着地点にある要求が、最初に比べて小さくなっていると錯覚するのさ。こちらは譲歩しているのだから、そちらも譲歩しろ、という形でね」


「……?」


 よく分からない。


「まぁ……そうだね。ソル君が、王都にあるスラムの少年から物乞いを受けたとしよう」


「はぁ……」


「まずきみは、少年に言われる。金貨をください」


「……いや、無理でしょ」


 そんなの、何言ってんだってなるはずだ。

 金貨とか、一般家庭では見ることもない貨幣である。俺は一応ルキアからそこそこ貰っているけれど、それでも何の対価もなく与えるようなものではない。


「では次に、少年が言ってきた。銀貨をください」


「いや、それは……」


「駄目ですか、でしたら銅貨でいいです。一枚だけでいいです。ください。さて、どうする?」


「うっ……」


「そういうことだよ」


 なるほど。

 確かに、なんとなく分かった。

 そう言われると、銅貨一枚なら別にいいか、となる気がする。

 そんな話の、物凄くスケールが大きくなった話が、ルキアの言うところの交渉というやつか。


「くく……ソル君、きみは素直だね」


「……貶してますか?」


「きみの優しさは実に素晴らしいものだが、実際に同じ現場に出会ったら、銅貨の一枚も渡してはいけないよ。次の瞬間、きみは金を持っていると見做され、連中に襲われる羽目になるからね」


「……」


 肝に銘じておこう。

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