第60話 私兵団長の意見

「ダサいですね」


「……」


 カンナに言われたことを、そのままルキアの私兵団団長、オックス・シュレーマンにも言われてしまった。

 一応、ベルト部分に結界発生装置を取り付けた革鎧を、試しに着てもらおうと呼んだわけなのだが、開口一番それである。俺、そんなにもセンスないんだろうか。


「ああ、すんません。あっし、思ったことがそのまま口から出ちまうタイプで」


「……いいえ。忌憚のない意見をありがとうございます」


「ただ、見た目のダサさはさておき……前に結界を出して攻撃を防ぐ、ってことですか」


「一応、そのあたりの使用感も聞きたいところですが……」


 小型結界そのものをはめ込んだ革鎧のベルト部分だが、これの起動は大して難しくない。起動するのに多少の魔力は必要になるけれど、起動さえすればあとは《循環》の魔術式によって魔力が循環し、追加の魔力は必要ないのだ。

 だから突撃前に全員で結界を起動し、そのまま突撃という形になる。


「こいつは、前に何かあったら結界が出せなくなるんで?」


「そうですね。結界を展開するのは、あくまで光の照射になります。その照射を途中で阻んだ場合、本来光が届くべき場所まで届きません」


「んじゃ、このベルトの前には何も置けないってことですねぇ……ふーん」


 オックスがそう呟きながら、しげしげと小型結界を見る。

 それが一応、俺の作った大結界の大きな欠点の一つである。あくまで光を一方向に照射しているため、光が阻まれるとその部分の結界が展開されないのだ。

 一応、ザッハーク領とノーマン領の境界に設置した大結界――ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡについては、巨大な魔鉄鋼ミスリルの土台を四つ用意し、一部が重なるように工夫した上で、誰にも光の照射を邪魔されないように高台に設置しているのだ。

 鳥が光の前を横切っても、問題ないように工夫はしてある。


「ただ、あっしらは確かに革鎧を着ますが……実際の敵と対峙したとき、敵に向けるのって盾なんすわ」


「盾、ですか」


「ええ。密集陣形なら、むしろ盾の中に自分の体を隠すような感じです。ですから、革鎧の前に何も置くなって言われちまったら、あっしら突撃のとき裸で向かうようなもんになりますね」


「……」


 なるほど、確かにそれは考えていなかった。

 俺は結界さえ展開すれば、盾の必要性なんて全くないと考えていた。何せ、どんな攻撃だって結界で防ぐことができる。敵の部隊が大砲を撃ち込んできたとしても、俺の結界は傷一つつかない自信がある。

 だが、それは俺が作り手だからだ。俺が作ったものだから俺が信頼しているのであって、それを与えられた兵士たちにも完全に信用しろというのは難しいだろう。


「でしたら、この結界を盾につける形ならどうですか?」


「うーん……盾が重くなるのは困りますけどねぇ。盾は常に持ってなきゃいけないんで、できれば軽い素材の方がいいんすわ。でもこれ、結構重いでしょ」


「まぁ……そうですね」


 魔鉄鋼ミスリルの素材に、玻璃を十枚重ねにしているそれは、当然だが重い。多分、生まれたての赤子くらいの重さはあると思う。俺には子供がいないから、実際のところその重さは分からないけど。

 それを盾の先につけるとなれば、それだけ盾を構えるのに負担が増えるということだ。


「あとこの素材、すぐに壊れちまいそうですね。ちょっと激しく敵とぶつかったら、すぐに割れちまうと思います」


「……できれば、そういう機会はないと助かるんですけど」


「そういうわけにはいきませんよ。盾は身を守るもんですからね」


 うぅむ。

 仮に結界を使わず盾を使って突撃した場合、玻璃は突撃の勢いに耐えることができず壊れてしまうだろう。玻璃というのは強度こそあるけれど、少しの衝撃で割れやすいのだ。

 だから俺としては、敵とぶつかる前提とかで話をせず、常に結界を出し続けるくらいの運用をしてほしい。

 むしろ。

 結界さえしっかり展開すれば、盾など必要ない――その事実を、分かってもらいたい。


「……では、どうすればいいですか?」


「まぁ、盾につけることは前提として、もっと軽くないと困りますわ。あと、もっと割れにくい素材とかだと助かりますね」


「……」


 もっと軽く、そして耐久性を向上させる。

 その両方を兼ねる素材――それは、妖精鏡フェアリーミラーだ。

 玻璃よりも透明度が高く、柔軟性と強度に優れ、かつ軽量で割れにくい物質である。

 だがこれは現存しているものがルキアの大結界の欠片くらいしかなく、その製法も不明だ。さすがに、量産することは難しいと思う。

 もしも量産することができれば、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡも、かなり強化できるとは思うけれど――。


「……あ」


「どうしました?」


「ああ……いえ、何でもないです。でしたら……ひとまず持ち帰ります。できれば、俺としては盾を持たずに、この革鎧を装着して結界を展開しながら、突撃してもらえればと思うんですけど」


「そりゃ、無理な話ですよ。盾もなく突撃するなんて、敵に刺してくれって言ってるようなもんですから」


「……」


 オックスは恐らく、俺より年上だ。

 そして男というのは、年を取れば取るほど頭が固くなるものである。そして、こういう人間を説得する方法というのは、一つしかない。


 実際に、その効果を見せてやることだけだ。


「分かりました。でしたら、ちょっと聞きたいことがあるんですけども」


「どうしましたんで?」


「俺を筆頭とした、ノーマン邸に身を寄せている魔術師たちがいるのはご存じですよね?」


「ええ、知っていますよ」


 俺、カンナ、アンドレ君をはじめとした魔術師たちは、現在もノーマン邸に雇われている。

 もっとも別邸を貰っている俺や、本邸の客間で暮らしているカンナと違って、アンドレ君たちは通いだ。あくまで、ノーマン領に家を持つ身である。

 そして彼らは当然、魔術師であり戦闘のプロというわけではない。


「もし俺たち三十人と、そちらの私兵団三十人が戦ったら、どちらが勝つと思いますか?」


「そりゃ……」


 一瞬、オックスが言い淀む。

 さすがに魔術師三十人が揃ったら、攻撃魔術を放たれると考えているのだろう。遠距離から始めて攻撃魔術を放たれた場合、さすがに魔術師の集団には勝てないと思う。

 だから俺は、一つ条件を追加する。


「ただし、こちらの魔術師は攻撃魔術を一切使いません」


「……さすがに、そいつはあっしらをナメすぎちゃいません? 攻撃魔術を使うってんならまだしも、素人の魔術師集団が武装したところで敵じゃありませんよ」


「わかりました。ありがとうございます」


 言質はとった。

 だったら素人三十人が、この小型結界つき革鎧で武装して、叩きのめしてやろうじゃないか。

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