第59話 最強の部隊を作るために

「はー……ようやく、遠隔管理装置の設置終わったっすよ」


「おう、悪かったなカンナ」


 ルキアから衝撃の事実を聞かされて、七日。

 俺はラヴィアス式新型ノーマン大結界の遠隔管理装置――ほぼ完成していたそれの設置をカンナに任せて、別の案件に取りかかっていた。

 これはカンナの腕を信頼して、彼女ならば下手な仕事はしないだろうと考えてのものである。そして勿論、設置が終わった段階で俺が全体を確認し、ちゃんと接続できているかチェックも行うつもりだ。

 だが、そんなカンナは妙に不機嫌だった。


「あたし一人に任せて、先輩は何を遊んでんすか」


「……遊んでるって、そういう言い方ないだろ」


「だって最近あたしにばっかり任せて、先輩は現場に来ないじゃないすか」


「そりゃ、任せてるからだよ」


 任せるとはつまり、信頼して仕事をしてもらうということだ。

 これで俺が「カンナに任せた」とか言いながら現場に行くということは、彼女の仕事を信頼していないことと同じである。


「まぁ、ようやく仕事終わったんで、もういいっすけど……それで先輩は、何を遊んでんすか?」


「だから、遊んでねぇっての」


「革鎧の改造すか?」


「ああ」


 カンナが俺の手元を覗き込んで、そう尋ねてくる。

 俺の手元にあるのは、なめした革で作られた軽鎧だ。現在、ノーマン侯爵家で雇っている私兵団が使っている鎧と、全く同じものである。

 革鎧というとあまり強くない印象を抱くかもしれないが、これが一応正規装備なのだ。革というのは防刃性に優れ、かつ軽量で動きやすい素材である。下手に金属製の鎧などをつけると、逆に機動性が失われるのだ。そのため、私兵団や傭兵団などの身軽な部隊は、革鎧を装着するのが一般的となっている。


「やっぱり遊んでるじゃないすか」


「遊んでねぇっての。これも仕事だ」


「仕事って、先輩……革職人に転職するつもりっすか?」


「んなわけねぇだろ」


 カンナの見当違いの意見に、俺は溜息を吐くことしかできない。

 どうして二十年以上もやってきた結界関連の仕事から、何のノウハウもない革職人に転職できるんだよ。


「この前、オックスさんに会っただろ。ルキアさんの、私兵団の団長さんだ」


「ああ、あのナイスミドルすか。あたしああいう格好いいおじさま、好みなんすよねぇ」


「お前の好みは聞いてねぇ」


「まぁ、先輩みたいなそんなに格好よくないおじさんも、悪くはないっすよ」


「せめて褒めろ」


 まぁ、うん。自覚はある。俺はふつーのおっさんだ。腹が出ていないことだけが救いだが、自分でもおっさんになったなぁ、と思うのも毎日のことである。足だって臭いし。

 ではなく。

 これは先日、ノーマン領の私兵団の団長をしている男性、オックス・シュレーマンに話を聞いた上で、始めたことだ。


「これはあの人から預かった、予備の革鎧だ」


「それを改造してんすか?」


「ああ。まぁ、とはいえ大した改造ってわけじゃない。このベルトのところに、小型結界を入れるポケットを作っただけだ」


「ほへー」


 割と苦労したそれを見ながら、カンナがそう頷く。

 大結界の投射とは、つまり光の照射だ。魔鉄鋼ミスリルに刻まれた魔術式が循環して発動したものが、玻璃から光として放たれる。その放たれた光に乗せられた魔術式が、投射された側で大結界を構築する。

 だがこの光というのは、薄い布くらいなら透過してくれるものではあるが、さすがに分厚い皮までは透過してくれない。そのため、前方に投射できるように革に穴を開けて、光の障壁を生み出す必要があるのだ。

 だから、まるで革鎧のベルト部分に方位磁石コンパスでも置かれているかのような見た目になっている。


「なんか、この小型結界がぎゅいいいいんって回って変身しそうっすね」


「何に変身するんだよ」


 意味が分からん。


「だが……アンドレ君とも話してはいたんだが、俺の作れる結界は、どうしてもエルフのものに比べると欠陥品だ」


「そりゃ、エルフの古代遺物アーティファクトと比べたら何でもそうすよ」


「まぁ、それはそうなんだが……」


 はぁ、と小さく嘆息。

 俺が右手に持っているのは、ルキアから預かった古代遺物アーティファクトの欠片。そして、左手に持っているのは俺が作った小型結界である。

 この二つの大きな違いは、結界を照射することができる方向と、そして角度だ。


 俺の作った大結界は、板を一つ前面に作り出す――それが精一杯である。そのため、幾つもの壁を並べる形でラヴィアス式新型ノーマン大結界を構築した。

 だがエルフの古代遺物アーティファクトは、その作り出す結界の形が、半円なのだ。板ではなく、自身の前方を中心として弧を描いている形状である。さらに後方にも展開することができるため、四方全てを覆うことができるのだ。

 俺の作ったものは壁で、エルフの作ったものは球体だと考えてもらえると分かりやすい。


「どうにか、作ることはできないかと思っているんだが……」


「でも、結局のところ光の屈折度によっての変化っすよね? 玻璃を使う以上、その角度は弄れないっすよ。特に、強度のために十枚重ねにしている以上、光の方向性は一方にしか向かないっす」


「それなんだよな……」


「そこまで作ろうと思ったら、妖精鏡フェアリーミラーが必要になるっす」


「……」


 玻璃が分厚く、さらに枚数を重ねているため、どうしても光の方向を拡散できないのだ。そのため、エルフの技術が球体による強化だったことに対して、俺の作ったものは枚数を増やすことによる強化しかできなかった。

 全て、エルフの失われた素材――妖精鏡フェアリーミラーの有無だ。

 歪ませても強度を維持することのできる素材であり、多少の角度をつけても大結界が展開でき、かつ光の透過性も高く前方後方どちらにも展開可能。それを満たすような素材は、今のところ存在しないと言っていいだろう。


「まぁ、ないものねだりをしても仕方ないからな……だからとりあえず、自動的に前方に一枚壁を照射できる鎧を作ったら、前だけは安全になるだろ」


「あー……だからベルトのところにつけてんすか」


「そういうこと。この鎧をつけた兵士が一列に並んで突撃を仕掛けてきたら、どんな攻撃でも破ることのできない壁が迫ってくるようなものだ」


「……それは、確かに怖いっすね」


 勿論、そこは検証も必要だと思う。

 だが鎧に設置する小型結界は、《魔境》の魔物たちを抑え込むことができる代物だ。人間の攻撃などでは、傷一つもつかないだろう自信はある。

 この装備を標準化させたら、それこそルキアの兵士を倒す手段など、存在しなくなるだろう。


「でも先輩、ちょっと思ったことがあるんすけど」


「何だ?」


「ちょっと問題があると思うんすよ」


 カンナが、真剣な顔で俺を見てくる。

 彼女なりに、今のこの装備の欠陥に気付いたのだろうか。

 まぁ、確かに耐久性とかそういうのを考えると、改善点は多いと思うが――。


「ベルトのバックル部分が、小型結界になってるじゃないすか」


「ああ」


「すごくダセェっす」


「黙れ」

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