第58話 俺にできること
「はぁ……」
俺はルキアのいる本宅から、本来の俺の家である別邸まで戻ってきた。
正直、とんでもない話を聞いてしまった、というのが俺の率直な感想である。
「どうすればいいんだろうな……」
ルキアは、「一応、この話はきみたちの胸に留めておいてくれ。今のところ、わたしは信頼できる者にしか告げるつもりはない」と言っていた。
その数少ない『信頼できる者』の中に俺を入れてくれたことは嬉しいが、同時にとんでもない秘密を抱えてしまったのだ。少なくともこの話は、カンナやアンドレ君といった俺の仲間にも伝えることはできないだろう。
まぁ、あいつらに伝えたから何になるのかという話ではあるのだが――。
「……」
ソファにもたれ掛かって、大きく溜息を吐く。
時間的には、そろそろ夕食だ。割といつもこの時間まで作業を続けているから、いつもダリアに夕食を持ってきてもらうのだが。
今日は俺が外出ということもあったし、毎日毎日働きづめもちょっとどうかなという話だったので、カンナにも休みだと伝えてあるのだ。伝えた瞬間、カンナが「ひゃっほぉぉぉぉ!!」と叫んでいた。一応、規定の休みは与えてるつもりなんだけど。
「……俺に、できることは」
なんとなく、考える。
俺は一応、商会長という立場だ。ぶっちゃけ名前だけで権力も何も伴っていないけれど、一応そういう立場である。
だから今後、少しでもノーマン領の税収に貢献するために、新しい商品なんかの開発を行うつもりだった。そして、その先行となるのがアンドレ君とも話し合った、小型結界である。顧客を見つけて、その顧客に対して売りつけ、利益から税を納めていく――そんな俺の計画だったわけだ。
だが、ここに来て思う。
もし俺が小型結界を上手いこと作り、それを売り出すことに成功したとする。
そして他の地に――例えば王都にいる魔術師が手に入れたとしよう。当然、彼らは小型結界の解析を行うに決まっている。何せ、エルフの
そして彼らが、今のところ俺に発見できていない何らかの欠陥などを発見し、外部から破壊することのできる方法を見つけてしまった場合――ノーマン領に設置してある大結界にも、干渉するかもしれない。何せ、その基本構造は変わらないのだから。
小型結界を売り出すということは、つまり俺の持つ技術を全て流出させることと同じである。
「……」
だが、かといって俺には大結界関連以外の知識もないし、情報もない。
魔術師としては、正直ポンコツだと言っていいだろう。初歩の攻撃魔術しか習得していないし、その魔術式も覚えていないし。アンドレ君あたりに、初歩の魔術について講義を受けた方がいいかもしれない。
仮に戦争になったとしても、俺にできることは自分の周りに《結界》を張って、自分に来る矢とかを防ぐことだけ――。
「……あれ?」
そこで、ふと思い出した。
俺が初めてルキアと出会った日、彼女の乗っていた馬車を襲っていた盗賊たち。
俺はあの日、何かの攻撃魔術を編もうとして魔術式が思い出せず、仕方なく自分の覚えていた魔術式――《結界》を、瞬時に発動した。
あの魔術は、極めて小さな場所に対して、一時的に《結界》を作り出すものだ。一時的に魔力を固体化させることにより、大結界の一部である
あの《結界》を構築した後、盗賊たちは俺に攻撃を仕掛けることもできず、そのまま逃げ去った。あのときは正直、必死すぎてそれ以上考えなかったけれど。
あれを見たからこそ、ルキアは俺を評価してくれた。
俺が大結界という
《魔境》の恐ろしい魔物たちからの攻撃を、数百年にわたって守り続けてきた大結界を――。
「――っ!」
はっ、と体を起こす。
小型結界とはつまり、大結界の一部――蜂の巣状に広がったその一箇所を、そのまま再現するものだ。発動には魔力を使用するが、その後は《循環》の魔術式さえ上手く作用してくれたら、ほぼ永続的に発動し続けるだろう。
これを、ノーマン領に勤める全ての私兵が持ったら、どうなるか。
持ち運ぶのではなく、鎧などに装着する形にして、常に《結界》を発動している状態であれば――。
「……やばい」
俺は小型結界に対して、『窮地に陥ったときに使える防御手段』という認識を持っていた。どんな攻撃も通さない結界を作り出し、敵の攻撃が止まるまで耐えられる代物だと。
だが、この『どんな攻撃も通さない』という性質は、つまり壁だ。
ノーマン領の兵士たちが横並びになり、全員が《結界》を発動して、そのまま突撃してきたとき――その壁を破ることができる者は、誰もいないのではなかろうか。
「失礼します、ソル様。夕食までもう少し……」
「……」
「……ソル様? どうかなされましたか?」
俺は、大結界に関しては専門家だと言っていい。
自分が作った大結界の、その強度には自信がある。《魔境》にいる
勿論、蜂の巣状に設置しているわけではないから、小型結界の強度はそれより落ちるだろうが、人間に《白光》ほどの攻撃ができるかと言われると否だ。恐らく大結界を作ったとき、集めた人数――二百人の魔術師が力を合わせても、あれほどの魔術は発動できない。
それが白兵戦となれば、尚更だ。一人の兵士に攻撃することのできる人数なんて、せいぜい前から二人といったところだろう。後ろから雪崩のような勢いで来たとしても、人間の出せる威力なんてたかが知れている。
つまり。
俺が小型結界を開発し、それをノーマン領にいる私兵全てに持たせれば。
そこに生まれるのは――絶対に揺るがない防御力を持った、最強の軍隊。
「……よし!」
「えっ……ソル様?」
「ダリアさん!」
「は、はい!?」
ぐっ、と俺は差し出されていた、ダリアの手を握る。
え、えっ、とダリアが手元、そして俺の顔を見て、僅かに頬を染めていた。
いつの間にダリアが来たのか、さっぱり気付いていなかったけれど――それは、今のところ関係ない。
俺にできること――それが、ようやく見つかったのだ。
「ノーマン領の私兵の、指揮官は誰か分かりますか!?」
「へ……?」
ルキアは、戦争は交渉における最後の手段だと言っていた。
しかしそれは、あくまで『力で押さえつけて言うことをきかせる』ことだ。相手よりも自分の方が強いことが、その前提条件である。
だから、ここで俺が。
ルキアの私兵を最強にすれば、仮に戦争になっても負けることはない――。
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