第57話 理不尽な要求に対して

「……」


 ルキアの言葉に、答えることができない。

 俺はそもそも、あまり法に詳しくない。というか、ほとんど知らないと言っていい。先程言われた『災害・国難時特別法』についても、初めて聞いたことではある。

 だが、そんな俺でも分かる――ふざけた命令だ。

 そもそも《魔境》を災害、国難という定義に当てはめるのであれば、封印都市は王家の直轄地でなければおかしい話である。それを完全に貴族に――この場合はザッハーク侯爵に任せ、結果的に崩壊しているのだから。

 そして、そんな絶対的に信頼していた大結界が崩壊した途端に、掌を返すように「王家は《魔境》を災害と認定するためノーマン領を返上せよ」と言われても、確かにルキアの言うように「おととい来やがれ」と返すことしかできまい。


「まぁ、掻い摘まんで話すと、そういう理由だ。一応ながら、筋は通っている。無理筋を無理な理屈で通しているだけだが……それでも、公文書に記しても問題のない程度にはね」


「……王家は……ノーマン領を明け渡せと、そう言っているのですか」


「そういうことになる。それも既にソル君がラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡによって、防いでくれている《魔境》の脅威を理由にだ。ノーマン侯にばかり任せていては、再び大結界が崩壊する可能性もあるとのことだよ。実にふざけた話だ」


「……」


 ルキアの落ち着いた声音からも、その怒りが伝わってくる。

 あまりにも理不尽で、あまりにも滅茶苦茶だ。王家からの使者だからお褒めの言葉とかじゃないかと想像していたけれど、実際にはルキアの権力を強奪しに来ただけだった。

 それに加えて、『再び大結界が崩壊する可能性もある』という言葉――それが納得いかない。

 大結界が壊れたのは、明らかに人災だ。維持管理の必要性を全く理解しなかった愚かな都市長と、ルキアの忠告を受け入れなかったその上司が招いた災厄である。

 それを理解した上で、新たな大結界を構築するという形で対策し、世界の危機を救ったのがルキアなのだ。

 その功も、何も理解せず――。


「……俺は、もう二度と大結界を崩壊させません。維持管理を、継続し続けます」


「うむ。わたしも、そのつもりだ。封印都市の悲劇は、二度と起こすべきでない」


「維持管理さえ継続すれば、大結界は永続的に起動し続けます。勿論、本家の大結界とは異なる部品を使っているのもあるので、今後も観察は必要になりますが……それでも、封印都市のように崩壊することはありません」


「わたしもそれを信じている。だが、向こうが言うには『人間がエルフの古代遺物アーティファクトを作ることなどできない。新しい大結界は、いつ壊れるか分からない不安定なもの』だそうだ。ゆえに王家で管理をすることによって、どのような事態になっても対処できるようにするとのことだよ。何をどう対処するのか、わたしには分からないが」


「うっ……」


「残念ながら現状、大結界に対して『絶対に安全』という太鼓判を押すことはできない。そして絶対に安全でないならば、それは次の災厄を招く可能性もある……まったく、よく出来た戯言だ」


 ふざけるな――そう、俺の心にも怒りが灯る。

 俺と仲間たちが、必死になって作った大結界だ。穴が空くほど何度も何度も確認して、少しでも不備があればすぐに交換して、どうにか起動させたのだ。

 俺たちが大結界を作るのが、もう少しでも遅ければ、雲魔龍クラウドドラゴンの『白光』によってノーマン領が蹂躙されていたかもしれない。そのくらい、ギリギリのタイミングだった。


 だからこそ。

 何度も何度も、そうして問題を解決していったからこそ。

 俺はあの大結界を――ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡを、信頼している。

 それを、何も知らない輩が、『いつ壊れるか分からない不安定なもの』などと――!


「ふ……まぁ、少し安心したよ。ソル君がそこまで怒ってくれて」


「えっ……」


「きみが、ラヴィアス式新型ノーマン大結界マークⅡを信頼しているのだと、よく分かる。一流の『結界師』であるきみが信頼しているのならば、それは信頼に足るものだ。うむ……しかし、やはり無駄に長い名だな。舌を噛みそうになる」


 名付けたのあんただよ。


「とにかく、ノーマン侯として今回の要求は、完全に突っぱねるつもりだ。王家がどれほど言ってきたところで、我が領は現状、国難を押さえ込んでいる状態だからね。『災害・国難時特別法』の適用には当てはまらない」


「……それは、大丈夫なのですか?」


「大丈夫ではないよ。王家の使者が持ってきた要求の、完全な拒否だからね。向こうが無理筋を通すならば、国家反逆罪が成立してもおかしくない」


 ごくり、と俺は思わず唾を飲み込む。

 王家が「領地を返上せよ」という要求を行い、貴族が「返上しない」と返した――端的に言うと、現状はそういう形だ。

 これは、単純に貴族家が――ノーマン侯爵家が、王家に逆らったとも言える。確かに、反逆罪が成立する条件は満たしているだろう。

 ひどく理不尽な要求で、こちらに正当性があるとしても、敵は王家なのだから。


「でしたら……その、ルキアさん」


「ああ」


「もしかして……王家と戦争とか、そういう風に……?」


「おやおや」


 ルキアが腕を組み、微笑を浮かべる。


「ソル君。戦争というのは、交渉の最終手段だ。そもそも交渉というのは、最初から何もかも上手くいくものではないのだよ」


「へ?」


「わたしが王家からの要求を断ったとして、それに対して王家が兵を挙げた……この場合、ノーマン領の領民たちはどう考えると思う? わたしたちは新たな大結界を構築し、この地を救った英雄だ。だというのに王家によって、一方的に反逆者と認定される……それは、統治の正当性に反することになる」


「……」


 よく分からない。

 だが、とりあえず真剣に話を聞く。


「まぁ、戦争なんてそう簡単に起こりえないものだということだよ。そもそも現状、王家がノーマン領に攻め込んでくる大義名分がない。いくら暴君だったとしても、理由もなく領地を没収してくるような真似はできないよ。それをやった瞬間に、全ての貴族からの信を失うからね」


「あ、そ、そうですか……」


「だが、万一の可能性は確かにある。もしも……それでも攻め込んでくるならば、わたしは王家とも全力で戦う覚悟だ」


「えっ……」


 思わず、眉を寄せる。

 ノーマン領には、ほとんど兵士はいない。せいぜい、大結界を発動したときにいた私兵くらいのものだ。

 それに比べて、王家の動員できる兵士の数は、それこそ桁が違う――。


「ソル君。きみも、覚悟は決めておけ」


「覚悟、ですか……?」


「ああ」


 ふっ、とルキアは笑みを浮かべ。


「わたしが王家に逆らうということは、つまり独立だ。この地を、一つの国として成立させることになるだろう。ノーマン領から、ノーマン国に名が変わるだけのことだが」


 思わず、背筋に寒いものが走る。

 ルキアがもしも、王国から独立し、この地に新たな王国を築いた場合――。


「その場合、わたしは女王。きみは王配だ」

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