第31話 封印都市の現状-絶望-
「な……な……!」
封印都市フィサエル都市長ジークは、目の前で起こっていることが理解できなかった。
古代のエルフが作った、永遠にそこに存在しているはずの大結界。それが、跡形もなく消滅していたのだから。
それと共に、まるで地響きのように聞こえてくる魔物の叫び声。
窓硝子を震わせるようなその響きは、まるで地獄がこの世に具現化したかのような――。
「と、都市長っ! だ、大結界がっ!」
「な、何、なんだ、これは……っ!」
「都市長っ! こ、このままではっ、市民がっ!!」
フランクの叫び声も、ジークの耳には届かない。
ただ信じられない光景に、開いた口が塞がらない。同時に、体に震えが走る。
絶対に問題ない、永遠に封印都市に存在し続けるはずの大結界が。
壊れた――。
「都市長っ! くっ……だ、誰か! 誰かいないか! 都市放送の準備を!」
「……」
フランクが部屋を出て行っても、ジークは動かない。
ただ、かつて大結界があった場所――そこから、漆黒の瘴気と共に進軍する魔物たちを見ながら、震えることしかできなかった。
恐れ戦き、逃げ惑う市民たち。そんな市民たちを
これを、地獄と呼ばずして何と呼ぼう。
「あ、あ……」
ジークは、頭を抱える。
今まで、ジークは上手くやってきた。前都市長に気に入られるようにすり寄り、ライバルを蹴落とし、副都市長という座を手に入れた。その後、前都市長の死をきっかけに、都市長の市民投票が行われ、最多票で都市長として任じられた。
都市長となってからも、今度はザッハーク侯爵閣下に気に入られるためにすり寄り、点数を重ねていった。部下の功績は自分の功績で、自分の失敗は部下の失敗――それを繰り返して、自分の評価を上げることに邁進してきた。
「何故、だ……」
そんなジークが大結界の維持管理部を解体したのは、理由があってのことだ。
まず、ジークが副都市長に就任した時点で、維持管理部は縮小した。前都市長から反対はあったが、予算の関係上仕方ないとごり押して、縮小を続けたのだ。
十年前には五人いた部署を、二人まで縮小した。
だが、どれほど人員を削っても、大結界は問題なく稼働している。ならば最初から、五人もの人数はいらなかったということだろう。そこで最後の一人になるまで縮小し、三年が経ったが、やはり大結界には何の問題もなかった。
つまり最初から、大結界の維持管理部など必要なかった――ジークは、そう判断した。
だから、最後の一人――都市庁でも『引きこもりのおっさん』と名高かったソルを、解雇した。
それで、何の問題もないはずだったのだ。
何事もなく、これからも大結界は存在し続けるし、ジークは都市長として高い評価を受け続けるはずだったのだ。
だというのに。
大結界が破壊された――それは、どう考えてもジークの責任問題となる。
「まさか、あいつが……?」
フランク曰く、ノーマン領にいるというソル・ラヴィアス。
確かに一年前、大結界に穴が空いたという報告と共に、その穴を塞いでみせたのはソルだった。
維持管理部で引きこもっていた男とはいえ、少なからず大結界には通じていた男だ。そんな彼が今、ノーマン領で雇われている、その理由。
まさか――。
「あの男が、何か罠を仕掛けたというのか……っ!?」
ソルが、解雇された逆恨みに、大結界を弄ったのではないか。
その結果、本来ならば永遠に稼働するはずの大結界が、こうして壊れてしまったのではないか。いいや、そうに違いない。
全て、あいつのせいだ――ジークは、歯軋りと共に眉を寄せる。
「おいっ! 誰か馬車を用意しろ!」
「と、都市長っ!? い、今はそんな場合では!」
「いいから用意しろっ!」
近くにいた職員へと、ジークは怒鳴りつける。
《魔境》の魔物たちは、じわじわと瘴気と共に都市の中へと侵入してきている。少なくとも、ここでじっとしていれば、いつかは魔物がやってくるだろう。そして、ジークに魔物と戦うスキルは何もない。
この全てはソル・ラヴィアスのせいだ。だから、ソル・ラヴィアスが責任を取らなければならない。ソル・ラヴィアスに大結界の修繕をさせなければならない。ソル・ラヴィアスが全て悪いのだから――。
そんな破綻した理論を頭に、ジークは都市庁から逃げ出す。
「都市長っ!」
「もういい! 放っておけ! 市民の皆さん! 落ち着いてください! まず皆さん、避難場所へ……」
職員の言葉も、都市放送で市民に向けて声明を告げているフランクの言葉も、全て無視だ。
ジークは都市庁を飛び出して、最も近くにあった馬車――その御者台に飛び乗った。
こんな場所で死んでなるものか。
こんなところで失態を犯してなるものか。
誰かが「泥棒っ!」と後ろで叫んでいる声も無視して、ジークは馬車を走らせる。
「あいつが、あいつがっ! あいつが、悪いんだっ……!」
腰が痛くなる安物の馬車に辟易しながら、街道をひた走る。
同じように、封印都市から逃げ出している馬車も幾つか見える。そんな馬車同士が街道の上で接触して、背後で事故を起こしていた。
しかし、ジークにそんなことは関係ない。
とにかくノーマン領まで行く。そして、ソル・ラヴィアスを見つけ出す。
あいつが、大結界を修復さえすれば。
封印都市をまた元の姿にさえ戻せば、全て解決する。
「私が、失敗するわけがないっ……!」
ジークはそう、妄執にも似た叫びを上げながら。
馬に鞭を入れて、ノーマン領までひたすら街道を走らせた。
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