第30話 封印都市の現状-崩壊-

 ザッハーク領、封印都市フィサエル。

 今日も今日とて、都市長ジーク・タラントンはやたらとやってくる報告に、頭を抱えていた。


「まったく……このような与太話が、市民の間で流行しているのかね?」


「は、はぁ……」


 ジークの前に置かれている報告書。

 それはここ最近起こっている、市民の間に流行している謎の体調不良だ。気分が悪くなる者や倒れる者、老人の中には寝たきりになっている者もいるという話である。そして、治療院の治療師が患者を確認したが、流行病などの兆候もみられていないそうだ。

 その一連の騒動を、一部の者が「大結界から《魔境》の瘴気が漏れているのではないか」と騒ぎ立てている――端的に言えば、そういう内容だ。

 睨み付けるジークの視線に対して、ハンカチで額の汗を拭いながら、副都市長であるフランク・リーザエルが震えているのが分かる。


「いいか、私は既に市民に声明を出した。大結界に異常は何もない」


「ですが……報告書にもあるように、大結界に近い位置に暮らしている市民が、多くそのような症状を訴えておりまして……」


「偶然だ。事実、大結界に近い者ばかりではないだろう。市の入り口近くに住んでいる者も、同様の症状を訴えている。何かの病が流行していると考えるべきだ」


「し、しかし都市長、一度細かく、大結界を確認するべきではないかと……」


「私が確認している。それに何の問題がある」


 ジークはそう、フランクに対して、強く告げる。

 実際にこの症状が市民に出始めてから、ジークは大結界を確認した。太古の昔より《魔境》とフィサエルを隔てている大結界は、普段と変わらず《魔境》の魔物たちを押しとどめていた。ジークが確認した限り、大結界には何の異常もなかったのだ。

 ふん、と鼻息荒くジークは、報告書を叩きつける。


「全く……私に再び確認しろと言うのか。都市長である私に、余計な仕事を増やすその意味が分かっているのだろうな?」


「も、申し訳ありません……」


「ふん。今は無能な治療師どもが、流行病の兆候を見つけられていないだけだ。お前がどうしてもと言うから、今から確認に向かう。だが、私の手を煩わせたことは覚えておけ」


「は、はっ……!」


 フランクが、ジークに向けて頭を下げてくる。

 とはいえ、ジークはさほど忙しいわけではない。都市長として、基本的には下に命令するだけの毎日だ。面倒な仕事は下の者に丸投げし、結果が良ければジークの功績として侯爵に報告する。

 ただし結果が悪ければ、部下に責任をなすりつける――それこそジークが、ザッハーク侯爵から大いに信頼されている理由の一つだ。良いことだけを自分の手柄とし、悪いことは全て部下の責任とする彼の報告は、その報告だけ聞けば有能な人物に思えるものである。

 もっとも、そのせいでジークが都市長に就任してから、既に副都市長は四人目だ。今までの三人は、責任を取って辞職しているのである。


 重い腰を上げて、ジークは軽く伸びをする。

 面倒極まりないが、ひとまず大結界でも見に行くか――と。


「あ、あの、都市長……」


「む? まだ何かあるかね?」


「その……大結界なのですが」


「それは今から確認すると言っただろう」


「や、やはり……一度、専門の者に見てもらうべきではないのかと……」


「……専門の者?」


 フランクの言葉に、ジークは眉を寄せる。

 それはまるで、ジークの確認が信用できないと、そう言っているような――。


「い、いえ、その……も、勿論、都市長もしっかりご確認をされているとは思います。ですが、その……今まで、専門的に見てきたわけではないですし……」


「ほう。つまり、誰に大結界を見てもらうべきだと思うんだね、君は」


「え、ええ……ソル・ラヴィアスに……」


「……本気でそれを言っているのかな? フランク君」


 苛立ちを隠そうともせずに、ジークはそう告げる。

 ソル・ラヴィアスといえば先々月、ジークが自ら解雇を告げた男だ。大結界の維持管理部という、何の役にも立たない部署で一人、小部屋に引き籠もっていただけのろくでなしだ。

 だからこそ、ジークは都市長に就任すると共に、大結界の維持管理部を限界まで縮小し、その上で先々月、ようやく解体したのだ。


「そ、そちらの報告書にもありますように……先月から、体調不良者が増加しています。こちらの症状なのですが……一年ほど前に、大結界の一部が破壊されたときに、大結界の近くにいた住民たちの訴えていた症状と、酷似しています」


「だがあのときは、硝子が割れるような音が聞こえただろう。現在、大結界からそのような音はしていない」


「その……ソル・ラヴィアスは確かに、業務態度に対しては問題があったかもしれませんが、あのとき大結界を塞いだのは、間違いなく彼です。このことを考えると、一度ソルを呼び戻し、大結界を確認してもらうべきなのではと……」


「つまり、フランク君。君は私の確認では信じられないと言っているのだね?」


「い、いえ、そういうわけでは……!」


 ジークの言葉に、狼狽えるフランク。

 しかしジークからしても、確かにその言葉は一理ある。ジークは決して大結界に精通しているわけではないし、以前に確認したのも外側を見て「まぁ特に何事もないな」と判断したくらいだ。

 一応ながら維持管理部として働いており、一年前には大結界を修復したこともあるし、一度確認だけしてもらうのも良いかもしれない。

 だが、それができない理由がある。


「残念だが、私は彼が今どこにいるのか知らん。もう都市の職員ではないからな」


「……」


「維持管理部を解体した以上、あんな穀潰しに与える部署は何もない。都市庁の下働きを推薦してやったが、固辞して出て行ったよ」


 ふん、と鼻息荒くジークは、窓から外を見る。

 高い位置にある都市長室からは、フィサエル全体を見下ろすことができる。当然フィサエルは今日も盛況であり、人通りも多い。

 そして、遠目に大結界とその向こう――《魔境》の姿も見える。


「まぁ、君がそこまで言うなら、一応フィサエルの中を調べてやろう」


「その……わ、私が手に入れた情報によると、ソルは今、ノーマン領に仕えているという噂が流れていまして……」


「……ノーマン領だと?」


「は、はい。ルキア・フォン・ノーマン侯爵閣下に、個人的に雇われたと……」


「まったく、あちらの侯爵閣下は物好きだな。ただの引きこもりのおっさんを、個人的に雇うなど」


 くくっ、とジークは今日も変わらず、《魔境》と封印都市を隔てる大結界を見て笑みを浮かべる。


「まぁ、いい。ならば、ノーマン侯爵閣下に使いを出せ。もう一度雇うわけではないが、一時的に戻ってこいと。ああそうだ、下働きとして雇ってやる約束はまだ有効だと伝えておけ。こういうとき、近くにいた方がいいだろう」


「…………は」


 フランクが、不満そうにそう頷く。

 そして、再びジークは大結界を見て。


 世界に

    亀裂が走る

         音がした


「――っ!?」


「都市長っ!?」


 それはまるで、硝子が割れるような音。

 それも一年ほど前に、一部だけが割れたときの音と異なり、まるで全てが弾けるような。


 次の瞬間、ジークの目に映った光景は。

 それまで何の問題もなかった大結界――それが消えているという、前代未聞の事態だった。

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