第24話 侯爵閣下の面接
静かに佇んでいるルキア。
そんな彼女の姿に対して、俺は焦りを隠すことができなかった。
確かに、ルキアの言う通りだ。
俺は新たな大結界の構築にあたってのプロジェクトを任されているとはいえ、あくまでルキアの雇われに過ぎない。そして俺に与えられた屋敷は侯爵家の敷地内にあるし、ルキアの許可もなく入れるわけにはいかない。
そんなことは、分かっていたはずなのに。
カンナという新たな戦力を見つけて、先走ってしまった。
どうにか、カンナの有用性をここで説明して、その上で雇用するつもりだったということを伝えなければ――。
「あ、その、えぇと……」
「えーと? 侯爵家のお嬢様っすか?」
だというのに。
何故、そこでわざわざ踏まなくていい地雷を踏むのだろう。
ぴくり、とルキアの眉が動くのが分かる。そして同じく、カンナを見るダリアの目が信じられないとばかりに見開いているのも。
「……ふむ。わたしは若く見られて嬉しいと思うべきか、それとも子供だと舐められていると判断すべきか、どちらか迷うところだね」
「へ?」
「名乗らせてもらおう。わたしはルキア・フォン・ノーマン。当代ノーマン侯爵家当主だ」
「……」
「あと先に言っておくが、わたしは二十二歳だ。もうお嬢さんと呼ばれる年ではないよ」
扇子で口元を隠したまま、カンナにそう告げるルキア。
そして同じく、カンナの顔から血の気が引いていくのが分かる。何せ、ノーマン侯といえば王国でも五指に入る大貴族だ。その当主に対して不遜な言葉を告げたのだから、その反応も然りである。
ルキアはまだしも、他の貴族ならば不敬だ、と首を斬られてもおかしくない案件――。
「し、しし、失礼しましたっす!!」
「ふむ」
「あ、あたしは、カンナ・リーフェンと申しますっす!」
「別段慌てなくても構わない。言葉が変になっているよ」
くくっ、と笑い声を漏らすルキア。
その真紅の眼差しが、じっとカンナを見据える。きっと今、カンナは処刑台に立たされている囚人の気分だろう。
既に椅子から降りて、地面に額をつけて土下座をしている早業は、とても真似できそうにない。真似するつもりもないけれど。
「そ、その、ルキアさん」
「うむ、ソル君。まずはきみから話を聞くことにしようか」
「は、はい。その……先走ってしまったことは申し訳なく思いますが、俺はこいつを……カンナ・リーフェンを、雇い入れようと思っています」
「うむ、いいだろう。きみのプロジェクトに必要な人材であるならば、何の問題もないとも」
どのようにカンナが役に立つのか、どのような役割になるのか、そのあたりを全部準備してからルキアに話しかけたのだが。
思いのほか、あっさりと許可された。
「しかし、問題はどのような雇用関係とするかだ。きみが個人的に雇い入れると言うならば、わたしに反対する理由はない。きみが個人的に住む場所を用意し、きみが個人的に報酬を用意すると言うならば、それは正しくきみの勝手だ」
「うっ……」
「だがそうではなく、あくまでプロジェクトの一員として雇い入れたいのであれば、その雇用主はわたしになる。無論、わたしとしてはきみのプロジェクトに必要な人材なのだから、投資を惜しむつもりなどない。そして何より、優秀な人材だということは分かる」
「そ、そうなんすか……?」
ルキアが一体、カンナの何を見て優秀な人材だと理解したのかは分からない。
だが、とりあえずルキアがそのように評価してくれているのならば、こちらとしては幸いだ。俺としても、カンナは最終調整のために必要な人材なのだから。
しかしルキアは口元を扇子で隠したままで、大仰に肩をすくめた。
「しかし、わたしにも少なからず懸念はあるのだよ」
「はい……?」
「若い男女が同じ屋根の下で暮らすというのは、些か問題があるのではないだろうか?」
「……俺、別に若くないですけど」
言っとくが、俺は四十だ。
カンナはまだぎりぎり二十代だから、若い女子と言って言えなくもない。だが、俺は明らかに年のいったおっさんである。
まぁ、その辺のおっさんに比べれば、腹が出ていないだけましかもしれないが。
あと、男女が同じ屋根の下って言う割に、ダリア住み込みなんだけど。毎日湯浴みされてんだけど俺。
「カンナ君といったね?」
「は、はいっ!」
「きみには、侯爵家の客間を用意しよう。残念だが別邸は今、ソル君に与えているのだよ。侯爵家に住むのが嫌だと言うならば、近くの宿を手配するが」
「い、いえっ! 光栄の至りっす!」
「では、これで解決だ。カンナ君、今後の活躍を期待する」
そうカンナに告げて、くるり、とルキアが背を向ける。
そのついでとばかりに「ダリア、少しこちらに来たまえ」と告げて、それと共にダリアが離れていった。そして、残されたのは俺とカンナだけである。
ルキア、ダリアが離れていくのを見送って――。
「はぁ……ま、まじで、寿命が縮むと思ったっす……」
「お前なぁ……いくら何でも、いきなり『お嬢さん』呼ばわりはねぇだろ」
「だって、めっちゃ幼いじゃないすか……あたし、不敬で首斬られてもおかしくなかったっすよ……」
「まぁ、ルキアさんに限って、それはないと思うけどな」
カンナの不安に対して、そう断言する。
ルキアは基本的に、能力のある者を正当に評価する。その方法が何かは分からないけれど、ルキアは恐らくカンナの能力を見抜いたのだ。俺ほどではないにしても、大結界に精通している技能を。
しかしそんな俺の言葉に対しても、カンナが脱力したようにテーブルにうつ伏せる。
「絶対、怒ってたっすよぉ……今後、侯爵家の客間で暮らせっていうのも、監視の意味っすよね絶対……」
「いや、違うと思う」
「じゃあ、何なんすか……?」
「……まぁ、それは俺にも分からないんだが」
多分だけど、怒ってはいないと思う。
何せ、ルキアがくるりと背を向けた瞬間に、扇子で隠していた口元が見えたのだ。
その口元は、ひどく可笑しいものを見ているかのように、にやついていた。
ただ。
「つーか、カンナと同じ屋根の下って、今更なんだけどなぁ」
「ま、そっすよねぇ。何回泊まり込みで一緒したか分かんないっすもんねぇ」
「もう俺、お前に女感じねぇもん」
「奇遇っすね。あたしもっすよ」
男女が同じ屋根の下で云々、ってルキアは言っていたけど。
大結界の管理していた頃、同じ部屋で泊まり込みとか週に何度もあったんだけど。
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