第23話 勧誘
「いや、いきなり、何なんすか先輩……?」
「言葉通りだ。俺は今ノーマン領とザッハーク領の間に、大結界を構築する準備をしてる。もう、八割方作業も終わってる段階だ」
「……それ、本気で言ってんすか?」
カンナが、疑念に眉を寄せる。
それも当然だ。大結界は、封印都市フィサエルに対してエルフが齎した
それを今、俺がここで作っている――その言葉を、そう簡単に信じることはできまい。
特に、俺と共に大結界に関わっていたカンナならば、尚更。
「じゃあ……先輩は、
「ああ。理論上は、不可能じゃない。現に今、作業はほとんど終わってる」
「っていっても、
「
「……そこまで進んでんすか」
それは、エルフの遺した
だから、今回の大結界については、玻璃の板を代用している。
「魔術式は、先輩が全部刻んでんすか?」
「
「なるほどぉ……それじゃ、尚更っすけど」
にっ、とカンナが笑みを浮かべる。
それはどことなく、寂しそうに。
「カンナ、必要すか? 先輩だけで魔術式刻めて、あたしの出番とかなくないすか? だって、もう八割方完成してんすよね? んじゃ、残りあたしに何ができるんすか」
「……」
「さっきも言ったっすけど、あたし日雇いで酒場のバイトしてたんすよ。っていっても、氷作りっすけどね。毎日十軒くらい回ると、割と儲かるんすよ、アレ」
「バイトって氷作りだったのか」
酒場で働いているとか言ってたから、接客でもしているのかと思った。主にいかがわしい意味での。
だが確かに、酒場や飲食店での氷作りは、魔術師の割と儲かる日雇いとして有名なものではある。その分魔力の消費も毎日激しいから、やりたがらない魔術師も多いのだが。
「だから、あたしに同情してそんなこと言わなくてもいいっすよ。いい職場を見つけたから、あたしにもおこぼれくれるつもりっすか?」
「あのな、カンナ……別に、そういうつもりはないぞ」
「でも、ほとんど完成してんじゃないすか。だったら、あたしが入ったところで……」
「最終調整に必要なんだよ」
真剣な眼差しで、俺はカンナを見る。
俺がカンナを誘ったのは、決して同情とかではない。同じ職場で働いていたよしみとか、そういう意味は全くない。
カンナはこの場において、俺以外で唯一、大結界を弄ったことのある魔術師だ。
だから本来の大結界の動きだったり、魔術式の違和感だったり、そういったことを発見できる。俺はそのために、カンナを引き抜くつもりだったのだ。
「……最終調整、すか?」
「ああ。実際に大結界が起動したとき、形而上の大結界と形而下の大結界、両方の動作を確認する必要がある。形而上って言い方分かりにくいか? まぁ、つまるところ大結界の投影状態と、その状態における大結界の発生装置の状態を同時に確認しなきゃいけないんだよ」
「あー……」
「俺一人でやると、どうしても時間差ができるんだ。だから、形而下での状態をカンナに確認してもらって、俺が同時に形而上の状態を確認したい。その上で情報を共有して、それぞれの調整をする」
「なるほど。ようやく意味が分かったっす」
カンナがそう、僅かに笑みを浮かべる。
逆にダリアの方は、そんな俺たちの会話を聞きながら、意味が分からないとばかりに眉を寄せていた。まぁ、これは大結界に関わっていた俺たちだからこそ分かることだ。
簡単に言うと、大結界の『発生させる元』と『発生させた先』の状態に齟齬がないかを確認するということだ。
例えば一部の大結界が『元』ではちゃんと機動していながら、『先』では全く反映されていないなど、そんな事態もあり得る。逆に『元』では機動していないにも関わらず、何らかの影響で『先』の状態が変化しているという場合もある。
これを俺一人で行う場合、実際に大結界の『先』を確認して、そこから戻って『元』を確認しなければならない。そうなるとどうしても時間差が発生するため、時間経過による変化を否定できないのだ。
だからこその、カンナ。
カンナならば、『元』の状態を確認するだけで、そこに魔術式の不和を感じ取ることができるだろう。
ちなみにカンナが来るまで、アンドレ君にでも短期集中で教えてやってもらおうと思っていた。まさにカンナの来訪は、俺にとっても渡りに船だったのだ。
「あー……まぁ、そこまで言われちゃうと、あたしも断れないっすねぇ」
「頼む。住むところがないなら、俺の家に来い」
「えっ!? せ、先輩の家っすか!?」
「ああ。あまり居心地は良くないかもしれないが、住むところはある。それに、色々と都合がいい」
カンナも俺と同じ仕事をしていたのだ。
贅沢な屋敷というのは、少なからず忌避感があるかもしれない。
それに、現状の職場は俺の家だ。カンナにも部屋を一つ与えればいい話だし、通勤の必要もない。今日のように、門番と諍いになることもないだろう。
「どうだ? カンナ」
「……まぁ、そっすね。あたしとしては、まぁ、先輩がそこまで求めてくれるのなら、吝かではないっすけどぉ」
ぽりぽりと少し朱に染めた頬を掻きながら、カンナが言ってくる。
そして、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「んじゃ、先輩の家にお世話になるっす。今後、よろしくっす!」
「ああ。よろしく頼む!」
俺がそう、立ち上がって右手を差し出そうとした。
その、次の瞬間。
「ふむ。どうやらソル君は、とても愉快な話をしているようだ。実に面白い」
「え……」
「ああ、続けてくれて構わないよ。おや……しかしソル君、きみの家は侯爵家の敷地の中にあるだろう? そんな家に新たな住人が増えるという話なのに、わたしに対して何の相談もないというのは、些か疑問に思うのだけれど」
何故か、そこに。
扇子で口元を隠し、僅かに眉を寄せている侯爵家当主――ルキア・フォン・ノーマンがいた。
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